155話
翌朝、ギルドの扉を開けると、昨日の山での騒動が早くも尾ひれをつけて広がっていた。
ギルドでは昨日Cランク冒険者が「謎の美少女剣士」らしき人物にボコボコにされた噂が流れていた。
「目にも止まらぬ速さの回し蹴りだったらしいぜ!」「怒った顔すら神々しかったって、あいつ鼻血出しながら語ってたぞ」
その横を通りかかった僕に、顔馴染みの冒険者が「おいリルド、山でそんな子見なかったか?」と聞いてきたけれど、僕は引きつりそうな笑顔を浮かべて答えた。
「へえ? そうなんだね。僕は石を拾うのに必死で、そんな強い人は見てないよ」
僕は内心でため息をつきながら、掲示板から依頼書『街道の魔力石の交換』と『ドワーフに鉱石の納品』を剥がし、受付に持っていく。
「おはよう、受付さん。今日は街の維持と、ドワーフさんのところへ行ってくるよ」
「おはようございます、リルドさん。力仕事と使い走りのセットですね。よろしくお願いします!」
街道沿いの外灯に埋め込まれた魔力石を一つずつ新しいものに交換し、重い鉱石の袋をドワーフの工房へ届ける。
「おお、リルドか。いつも丁寧な運びっぷりだ。助かるぜ!」
頑固なドワーフの親方にそう言ってもらえるのは、意外と悪い気はしない。
全ての仕事を終え、帰り道をのんびり歩いていると、一人のDランク冒険者がリルドを発見して声をかけてきた。
「よう、リルド! ちょうど一休みしようと思ってたんだ。途中の茶店でゆっくりしないか?」
「あはは、いいよ。ちょうど喉が渇いてたんだ」
僕たちは街道沿いの茶店に入り、冷たい麦茶を注文した。
互いに名前を言って交流を図ると、その冒険者はふと懐かしそうな目で僕を見た。
「リルド、実はお前のこと前から知ってるんだ。昔はよくお前、討伐依頼をやっていたよな」
僕は少し驚き、グラスを置いて答えた。
「まあ、数年は前まではね。今はこういう、静かな仕事の方が肌に合ってるんだよ」
冒険者は僕の細い手首を見て、少し寂しそうに、でも納得したように笑った。
「まあ、誰にでも昔よりも今ってやつはいるからな……それがいいのかもな。お前が笑って仕事してるのを見ると、こっちも肩の力が抜けるよ」
その言葉に、僕は少しだけ胸が温かくなった。過去の僕を知って、今の僕を肯定してくれる。それはとても贅沢なことだ。
茶店を出て、僕は夕暮れ時にギルドに報告するためにカウンターへ戻った。
「ただいま、受付さん。魔力石の交換も、納品も完璧だよ」
「おかえりなさい! お疲れ様です、リルドさん。なんだか……今日はいつもより一段と穏やかな顔をしていますね」
「あはは、素敵な友人といいお話ができたからかな」
報酬の銅貨を袋にしまい、僕は街に灯り始めた魔力石の明かりを見上げた。
「さて、僕も今夜は、昔のことと今のことをゆっくり考えながら、甘いお菓子でも食べて休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、知る人ぞ知る過去を胸にしまい、優しい今を噛み締めながら更けていく。




