153話
夕闇が街を包み込む頃、家に帰りリルドは昔を思い出していた。
窓の外で静かに揺れる木の葉を見つめながら、意識は数年前の、まだ「Fランク」という隠れ蓑を纏う前の自分へと飛んでいく。
【回想:数年前のギルド】
今よりも少しだけ鋭い目つきをしていた僕は、掲示板の中央に貼られた、血のように赤いドラゴンテイル討伐の依頼書を手に受付に持っていく。
周囲の冒険者たちが息を呑む中、当時の受付嬢は明るく僕に声をかけた。
「リルドさん、ドラゴンテイル討伐ですね。いってらっしゃーい」
「あぁ……行ってくる」
僕は静かに頷き、重厚な大剣を背負い直して街を出た。
依頼書の場所付近に到着すると、そこは既に地獄のような様相だった。周囲にはランダーウルフが数頭、エルダーゴブリンも居た。僕は愛用のグレートソードを手に持ち、魔力を刃に叩き込む。
「風圧殺! 蒼閃剣!」
一閃。圧縮された風の刃が周囲の魔物たちを塵へと変えた。その直後、大地が激しく揺れ、地中から巨大な質量が躍り出る。
ドラゴンテイルが登場した。
山のような巨体。鋼よりも硬い鱗。咆哮一つで空気が震える。
「うおおお!」
「出てきたな!」
僕は即座に意識を加速させる。「(魔術回路、剣術闘士、魔術剣士オールオンライン)」
体内の魔術回路が青白く発光し、筋力と反応速度が限界を突破する。ドラゴンテイルの猛攻に苦戦はしたが、僕は空を舞い、炎と風の複合魔術を纏わせた大剣をその眉間へと叩き込んだ。
凄まじい衝撃波と共に、巨龍が地に伏せる。討伐成功だ。
返り血を拭い、満身創痍の状態でギルドに報告すると、ギルド中は静まり返り、やがて割れんばかりの歓声に包まれた。あの日が、僕が「伝説」の一部として語られ始めるきっかけだったのかもしれない。
【回想終わり】
「(……あはは、あの頃はまだ若かったなぁ)」
回想終わり。
僕は静かに目を開け、今の自分の細い手を見つめた。あの頃の重い大剣はもう置いてきたけれど、培った技術は今もこの体に、静かに眠っている。
外では、今日も若い冒険者たちが『時の剣士』の物語に花を咲かせている。モチーフになった本人が、今ではドブさらいや薬草採取で筋肉痛になっているなんて、誰も夢にも思わないだろう。
「さて、僕も今夜は、少しだけ熱くなった昔の血を静めるために、冷たいハーブティーでも飲んでゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、英雄の記憶をそっと枕元に置いて、穏やかに更けていく。




