145話
翌朝、昨日の薪割りの疲れも心地よい余韻に変わり、僕は軽やかな足取りでギルドへと向かった。
ギルドで掲示板を見ると、荒事の依頼の隙間に、研究者からの代行と思われる少し変わった依頼札を見つけた。
「今日はこれにしようかな」
依頼書『スライムの生態研究』。
特定の生息地にいるスライムが何を食べて、どんな動きをしているかを観察し、記録するだけの静かな仕事だ。
「おはよう、受付さん。この観察依頼、僕が行ってもいいかな?」
「おはようございます、リルドさん。まあ、珍しい。忍耐力のいる仕事ですけど、リルドさんならじっくり見てきてくれそうですね。いってらっしゃい!」
受理印をもらうと、僕はノートと筆記用具を鞄に詰め、依頼書の場所へいくために、街の近くにある湿り気のある森へと移動を開始した。
現場に到着し、仕事開始だ。
「視野拡大」で茂みの奥に潜む半透明な体を見つけ、「聴覚向上」でスライムが移動する際の「ぷるん」という微かな音を拾う。特別な力で引き寄せることはせず、僕は気配を消して、彼らが落ち葉を飲み込み、ゆっくりと分解していく様子を静かに観察し、ノートに書き留めていく。
「(……なるほど、湿った場所では動きがより滑らかになるんだね。面白いな)」
数時間の観察を終え、夕暮れ時。満足感と共に帰り道の山道を歩いていると、突然、曲がり角で巨大な影と鉢合わせした。
そこにいたのは、重厚な鎧を纏い、腰に武骨な大剣を下げたオークの剣士だった。
戦いになるかと思いきや、彼は僕の姿を見た瞬間、持っていた獲物を落としそうなほど目を見開いた。
「おお……なんと……なんと美しい男子だ……」
オークの剣士は、その大きな顔を林檎のように真っ赤にすると、僕を凝視したまま固まってしまった。
「……えっ? 僕が? ……あはは、そんなに真っ赤になってどうしたの? 熱でもあるのかい?」
僕が不思議に思って首を傾げると、彼は「グフッ」と短い吐息を漏らし、慌てて顔を覆いながら森の奥へと走り去っていった。
「(……なんだったんだろう。オークの人も、夏の暑さにやられてるのかな?)」
少し不思議な気持ちのまま、僕はギルドに報告するためにカウンターへと向かった。
「ただいま、受付さん。スライムの観察記録、しっかりまとめてきたよ」
「おかえりなさい、リルドさん! お疲れ様です……あら、また顔が少し赤いですよ? 外が暑かったんですか?」
「ううん、帰り道に会ったオークの人に、なんだか変な褒められ方をしちゃって……ちょっと照れるというか、びっくりしちゃったよ」
僕が苦笑いしながら話すと、後ろで聞いていた冒険者たちが「またかよ!」「オークまで虜にするのか……」とため息をついているのが聞こえた。
報酬の銅貨を受け取り、僕は心地よい風を感じながらギルドを後にした。
「さて、僕も今夜は、スライムの不思議な生態を思い出しながら、プルプルしたゼリーでも作ってゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、種族を超えた思わぬ出会いに戸惑いつつも、穏やかに更けていく。




