142話
鳥のさえずりで目を覚まし、僕はいつものようにゆっくりと身支度を整えた。窓から差し込む柔らかな光を浴びながら、今日という一日を丁寧に始める。
ギルドの扉を開けると、朝の活気ある匂いが鼻をくすぐった。僕は掲示板の前へ歩み寄り、迷うことなく一枚の依頼札を手に取る。
「今日はこれにするよ、受付さん」
「おはようございます、リルドさん! 『薬草と発酵石の採集』ですね。発酵石は湿った岩場にしかないから足元が滑りやすいですよ、気をつけてくださいね」
受付さんから受理印をもらうと、僕は採集用の籠を背負い、目的地である森の深部へと移動を開始した。
依頼書の場所に到着し、仕事開始だ。
「視野拡大」を使い、湿り気を帯びた岩影に隠れるように光る発酵石を見つけ出す。さらに「嗅覚向上」を研ぎ澄ませて、特定の薬草が放つ微かな青い香りを辿っていく。
特別な力を使って一瞬で籠を一杯にすることはない。僕は指先に伝わる土の感触を楽しみながら、一株ずつ、石の一つずつを、感謝を込めて丁寧に拾い上げていった。
「(……よし、これで全部だね。良いものが採れたよ)」
籠を背負い直し、木漏れ日の中をのんびりと帰り道についた時、森の主の一頭であるウルフと出会った。
ウルフは僕を見つけると、警戒するどころか尻尾を振り、親愛の情を込めて僕の頬をぺろぺろと舐めてきた。
「あはは、くすぐったいよ」
僕は笑いながら、そのふかふかな首元を優しく撫でてあげる。ウルフは気持ちよさそうに目を細め、僕の手のひらに頭を預けてきた。
ふと視線を感じて顔を上げると、少し離れた場所で魔獣を警戒していた冒険者たちが、武器を構えたまま呆然と立ち尽くしていた。けれど、僕とウルフが戯れるあまりに穏やかな光景に、彼らも自然と毒気を抜かれたようで、最後には「……なんだ、あいつ」と苦笑いしながら、ほっこりとした表情で僕らを見守っていた。
夕暮れ時、僕はギルドに戻り、いつものカウンターで報告を済ませた。
「ただいま、受付さん。薬草も発酵石も、質の良いものがたくさん採れたよ」
「おかえりなさい、リルドさん! ……あ、さっき戻ってきた冒険者たちが言っていましたよ。森で『狼の聖者』みたいな人を見たって。それ、やっぱりリルドさんのことですよね?」
「あはは、ただの仲良しなお友達だよ」
報酬の銅貨を受け取り、僕は心地よい疲れと共に背伸びをした。
「さて、僕も今夜は、ウルフの温もりを思い出しながら、温かいスープを飲んでゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、森の友人と心を通わせながら、穏やかに更けていく。




