140話
翌朝、ギルドの扉を開けると、そこにはまた新しい「穏やかな一日」が待っていた。
僕はいつものように掲示板の前に立ち、誰からも見向きもされていない、隅っこで丸まっている依頼札をそっと剥がした。
『西の放牧地、柵の補修と羊の毛並みチェック』
「今日はこれにするよ、受付さん」
「おはようございます、リルドさん。……ふふ、羊さんたちですね。リルドさんが行くと、あの子たち、いつもより大人しくなると農家さんが喜んでいましたよ。受理しました、気をつけて」
僕は受理印をもらうと、木槌と麻紐を袋に詰め、のんびりと街の西側へ移動を開始した。
放牧地に到着し、さっそく仕事開始だ。
「視野拡大」で広大な柵のどこにガタが来ているかを見極め、「聴覚向上」で羊たちの鳴き声から、体調の良し悪しを聞き分ける。
特別な力を使って一瞬で柵を直すことはしない。僕は自分の手で杭を打ち込み、緩んだ縄を結び直していく。地道な作業だけれど、自分の手が加わることで世界が少しずつ整っていく感覚が、僕は好きだ。
「(……よし、これで狼が来ても安心だね。おいで、次は君の番だよ)」
一頭一頭、羊の毛に指を差し込み、皮膚の状態を確認していく。ふわふわとした羊毛の温もりが、僕の心まで解かしてくれるようだった。
作業を終え、夕陽が牧草地を黄金色に染める頃、僕は帰り道についた。
お土産に持たされた搾りたてのミルクを抱え、のんびりとお散歩気分で歩く。道端には秋の気配を感じさせる小さな花が咲き、心地よい風が通り抜けていく。
ギルドに戻り、いつものカウンターで報告を済ませる。
「ただいま、受付さん。柵の補修、全部終わったよ。羊たちもみんな元気だった」
「おかえりなさい! お疲れ様です、リルドさん。……あ、なんだかリルドさんから、お日様と羊のいい匂いがしますね」
報酬の銅貨を数枚受け取り、僕は満足感と共に小さく伸びをした。
「さて、僕も今夜は、いただいたミルクを温めて、羊たちのふわふわな感触を思い出しながらゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、動物たちの温もりを身に纏いながら、穏やかに更けていく。




