137話
翌朝、ギルドの扉を潜ると、そこには少し物々しい雰囲気が漂っていた。
僕は掲示板の前に立ち、多くの冒険者が敬遠して残されていた一枚の依頼書を手に取った。
『北の廃鉱山、洞窟内の崩落調査と安全確認』
「今日はこれにするよ、受付さん」
「おはようございます、リルドさん。……えっ、洞窟ですか? 視界も悪いですし、魔獣の気配もあるって報告が来ていますよ。本当に一人で行くんですか?」
「あはは、大丈夫。暗いところは慣れているし、少しお散歩のコースを変えるだけだよ」
僕は受理印をもらうと、最低限の野営道具と、丈夫な弦を数本袋に忍ばせて、洞窟へと移動を開始した。
洞窟に到着し、仕事開始だ。
「視野拡大」で暗闇に目を凝らし、岩盤の微かな歪みを見つける。「聴覚向上」を研ぎ澄ませて、地底を流れる水の音や、岩が軋む微かな音を拾い上げていく。
僕は自分の五感と、持参した松明の火だけを頼りに、一歩ずつ慎重に奥へと進んだ。
「(……ここは少し脆くなっているね。補強が必要かな)」
調査を終え、帰り道についた時のことだ。
洞窟の入り口付近で、激しい戦闘音と怒号が聞こえてきた。
「くそっ! なんでこんなところにバースベア(爆炎熊)がいやがるんだ!」
数人の若手冒険者たちが、全身から高熱を放つ巨大な熊に追い詰められていた。バースベアはその名の通り、興奮すると体毛を爆発させて周囲を焼き尽くす厄介な魔獣だ。
「(……このままだと、彼らが危ないね)」
僕は表に飛び出すことはせず、物陰に身を隠した。
そこら辺に落ちていたしなりの良い木の枝を一本拾い上げ、袋から取り出した弦を素早く括り付けた。即興で作った粗末な弓。そこに、同じく落ちていた真っ直ぐな小枝を番える。
僕は静かに集中した。かつて培った魔力操作の技術で、小枝の先端に極小の火の魔術を収束させる。
「(いけ、……『バーストピック』)」
放たれた小枝は、鋭い音を立ててバースベアの鼻先を掠め、背後の岩壁で小さな爆発を起こした。直接倒すためではない。その爆発の衝撃と光で、魔獣の意識を強制的に逸らす。
「今だ! 逃げろ!」
冒険者たちが呆気に取られている間に声をかけると、彼らは我に返って一目散に洞窟の外へ脱出していった。バースベアが混乱している隙に、僕も気配を消して別のルートから静かに現場を後にした。
夕暮れ時、僕はいつものように穏やかな顔でギルドに報告に戻った。
「ただいま、受付さん。洞窟の調査、終わったよ。少し崩落の危険がある場所に印をつけておいたから、後で確認をお願いね」
「おかえりなさい! お疲れ様です……。あ、さっき若手の子たちが『謎の火の矢に助けられた』って大騒ぎで帰ってきましたけど、リルドさんは何か見ませんでしたか?」
「あはは、さあ。洞窟は暗いから、見間違いじゃないかな」
報酬の銅貨を受け取ると、僕は満足感と共に背伸びをした。
「さて、僕も今夜は、洞窟の冷たい風を思い出しながら、温かいシチューでも食べてゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、影から誰かを助けつつも、やっぱり穏やかに更けていく。




