136話
翌朝、ギルドの扉を開けると、そこにはまた新しい一日の空気が満ちていた。
僕は真っ直ぐ掲示板の元へ向かい、数ある依頼の中から一枚の素朴な紙を剥がした。
『西の果樹園、鳥除けの鳴子の修理と設置』
「今日はこれにするよ、受付さん」
「おはようございます、リルドさん。ああ、あそこの果樹園ですね。もうすぐ収穫時期なので、鳥たちに食べられないか農家さんが心配していたんです。手先の器用なリルドさんなら安心ですね。受理しました」
僕は受理印をもらうと、街の喧騒を背に、のんびりと西の郊外へ移動を開始した。
歩くたびに、風に乗って甘い果実の香りが漂ってくる。果樹園に到着すると、店主のおじいさんが困り顔で迎えてくれた。
「おやおや、随分と紐が切れてしまっているね」
さっそく仕事開始だ。
僕は「視野拡大」で木々の間に張り巡らされた糸の弛みをチェックし、「聴覚向上」で風が吹いた時にどこが一番良い音を鳴らすかを探る。
願って新品の装置を出すことはしない。僕は持参した丈夫な麻紐を使い、一つ一つの鳴子を丁寧に結び直していく。全能の力を使わずとも、指先が覚えている確かな結び目が、一番の信頼になるんだ。
「(……うん、この角度なら、少しの風でもカランと良い音が響くはずだよ)」
全ての木に鳴子を設置し終え、試しに一本の紐を引くと、「カラカラッ」と小気味よい音が園内に響き渡った。おじいさんは「これで安心して夜も眠れる」と、獲れたての小さな林檎を一つ持たせてくれた。
帰り道、真っ赤な林檎を一つかじりながら、茜色に染まる畦道を歩く。
シャリッという小気味よい音と、口いっぱいに広がる甘酸っぱさ。自分の手で整えた仕事の後の、このささやかな幸せが僕は大好きだ。
ギルドに戻り、夕闇が降り始めたカウンターで報告を済ませる。
「ただいま、受付さん。鳴子の修理、全部終わったよ。これで鳥たちも、果実を分けてもらうのを少し我慢してくれるはずだよ」
「おかえりなさい! お疲れ様です。……ふふ、リルドさん、なんだか林檎のいい香りがしますね」
報酬の銅貨を受け取り、僕は心地よい疲れと共に背筋を伸ばした。
「さて、僕も今夜は、風に揺れる鳴子の音を思い出しながら、温かい紅茶でも淹れてゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、実りの季節の足音を聞きながら、穏やかに更けていく。




