135話
翌朝、ギルドの扉を潜ると、祭りの喧騒も今は昔、いつもの穏やかな日常がそこにあった。
僕は真っ直ぐに掲示板へ向かう。そこには、誰にも見向きもされずに端っこで丸まっていた、一枚の地味な依頼書があった。
『郊外の古い石橋の苔掃除とひび割れ点検』
「今日はこれにするよ、受付さん」
「おはようございます、リルドさん。……あはは、またそんな腰に来そうな仕事を。でも、あそこの橋は村の人たちの生活道路ですから、綺麗になればみんな喜びますね。受理しました、気をつけて」
僕は受理印をもらうと、道具箱を肩にかけて街の外へと移動を開始した。
歩き慣れた街道を抜け、さらさらと流れる小川に架かる、年季の入った石橋へと到着する。
「(……おやおや、随分と苔に覆われて滑りやすくなっているね)」
さっそく仕事開始だ。
僕は「視野拡大」で石の継ぎ目の小さなズレを見つけ、「聴覚向上」で川のせせらぎを聞きながら、無心にブラシを動かした。願って一瞬で磨き上げる能力なんて持っていない。だからこそ、一擦りごとに石の本来の色が戻っていく様子が、僕にはとても愛おしく感じられるんだ。
ひび割れた箇所には、持参した漆喰を丁寧に埋めていく。指先に伝わる石の冷たさと、太陽の温かさ。
「(よし、これで雨の日も安心して渡れるよ)」
数時間の作業を終え、白く清々しくなった橋を眺めてから、僕は片付けをして帰り道についた。
夕焼けに染まる街道を、のんびりとお散歩気分で歩く。道端に咲く花を眺め、風の匂いを感じるこの時間が、僕にとっては最高のご褒美だ。
ギルドに戻り、いつものカウンターで報告を済ませる。
「ただいま、受付さん。石橋、ピカピカにしてきたよ。ひび割れも埋めておいたから、もう大丈夫」
「おかえりなさい! お疲れ様です、リルドさん。……なんだかリルドさんが帰ってくると、ギルドの中にまで清々しい風が吹いてくる気がします」
報酬の銅貨を数枚受け取り、僕は満足感と共に背伸びをした。
「さて、僕も今夜は、橋を流れる水の音を思い出しながら、温かいスープを飲んでゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、誰にも気づかれないような小さな「安心」を積み重ねながら、穏やかに更けていく。




