134話
数日が過ぎ、街はすっかりいつもの落ち着きを取り戻していた。
僕はギルドの掲示板の前で、少しばかり考え込んでいた。祭りの後の大掃除も一段落し、今日は何をしようかと札を眺めていると、ふと一枚の風変わりな依頼が目に留まった。
『古書店の書庫整理と防虫処置』
「今日はこれにしようかな、受付さん」
「おはようございます、リルドさん。……あ、その依頼ですね。旧市街にある古い本屋さんなんですけど、店主のおじいさんが腰を痛めてしまって。資料が山積みで足の踏み場もないそうですよ」
「あはは、本に囲まれるのは嫌いじゃないよ。ゆっくりお散歩がてら行ってくるね」
受理印をもらい、僕は石畳の細い路地を抜けて、歴史を感じさせる佇まいの古書店へと向かった。
扉を開けると、そこには古い紙とインク、そして微かな埃の混じった、独特の落ち着く香りが漂っていた。
「ごめんください。ギルドから来ました、リルドです」
奥から出てきた店主のおじいさんに案内され、僕は裏手の書庫へ足を踏み入れた。そこはまさに「本の森」。天井まで届く棚に、溢れんばかりの書物が積み重なっている。
僕は「視野拡大」で棚の歪みを確認し、「嗅覚向上」で湿気が溜まっている場所や、小さな虫が湧きそうな気配を察知した。
願って一気に整理整頓を終わらせる魔法なんて持っていない。僕は一冊一冊、本の背表紙を丁寧に拭き、分類に従って棚へ戻していく。
「(……おや、これは古い植物図鑑かな。……こっちは、この街の成り立ちについての記録だね)」
作業の途中で見つける小さな発見が、僕の知的好奇心をくすぐる。
技術そのものが手に入るわけではないけれど、こうして自分の手で歴史に触れ、整理していく過程で得られる知識は、何物にも代えがたい財産だ。
数時間の作業を終え、空気の通り道ができて清々しくなった書庫を見て、店主のおじいさんは涙ぐんで喜んでくれた。
「おお……。こんなに綺麗になるとは。リルドさん、あんたは本の神様に愛されているようだ」
「あはは、ただ本たちが窮屈そうだったから、場所を作ってあげただけだよ」
お礼に、と店主から古い栞を一枚譲り受け、僕はギルドへ戻った。
「ただいま、受付さん。書庫の整理、完了だよ。面白い本がたくさんあって、僕も楽しかったな」
「おかえりなさい! お疲れ様です、リルドさん。店主さんからさっき、絶賛の連絡が入っていましたよ。リルドさんが整理すると、本まで喜んでいるみたいだって」
報酬の銅貨を数枚受け取ると、外はもう、本の色に似た優しい琥珀色の夕暮れだった。
「さて、僕も今夜は、今日見つけたお話を思い出しながら、温かいココアでも淹れてゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、古いページをめくるような静かな充足感と共に、穏やかに更けていく。




