132話
ドーン、と。
夜空の静寂を切り裂くように、ひときわ大きな音が腹の底まで響いた。
「わあ……!」
僕が見上げると、漆黒の空に大輪の火花が鮮やかに広がった。赤、青、金。色とりどりの光が、僕たちが座る琥珀色のベンチを、そして隣に座るマスターの横顔を刹那に照らし出す。
「……綺麗だね、マスター」
「ああ、そうだな」
マスターの声はいつもより低く、穏やかだった。
お祭りのメイン会場からは遠く離れたこの場所でも、火花が弾けるたびに空気が微かに震えるのが伝わってくる。願ってこの景色を独り占めすることなんてできない。でも、こうして誰かと肩を並べて、消えてしまう光を惜しみながら眺める時間は、どんな魔法よりも贅沢に感じられた。
次々に上がる花火を眺めながら、僕たちはしばらく言葉を交わさずにいた。
「視野拡大」で夜空の隅々まで追いかける必要なんてない。ただ、ぼんやりと光の余韻に浸る。隣から伝わってくるマスターの体温と、浴衣の擦れる音。それが僕にとっての「今」だった。
最後の特大の花火が夜空を真昼のように明るく染め上げ、心地よい火薬の匂いと静寂が戻ってきた頃、マスターがゆっくりと立ち上がった。
「……そろそろ戻るか。あいつら、今頃は酔っ払ってひっくり返ってるだろうからな」
「あはは、そうだね。介抱しなきゃいけないかも」
僕はマスターの手を借りてベンチから立ち上がると、少しだけ乱れた浴衣の裾を整えた。
戻り道、遠くから聞こえるお囃子の音を背に受けながら、僕は今日一日を思い返していた。
設営を手伝った演舞台、男たちが選んでくれた突飛な衣装、そしてマスターが用意してくれたこの浴衣。特別な力なんてなくても、僕はこんなに豊かな世界に生きている。
「マスター、今日は誘ってくれてありがとう。本当にお散歩よりも楽しかったよ」
僕が微笑むと、マスターはまた、僕の頭をくしゃりと撫でた。
「……来年も、また来るぞ」
「うん、約束だよ」
万年Fランク冒険者の日常は、夏の夜の夢のような思い出を胸に、穏やかに更けていく。




