128話
翌朝、ギルドの重い扉を押し開けると、そこには拍子抜けするほどの静寂が広がっていた。
昨日、僕を裏路地へ連れ出したあのリーダー格の男やその仲間たちの姿はどこにもない。他の冒険者たちも、僕が通りかかると一瞬だけ視線を向けるものの、すぐに自分の手元のジョッキや依頼札に目を戻す。
「(……あはは、昨日のは夢だったのかなっていうくらい静かだね)」
昨日の制裁がよほど効いたのか、それとも彼らが自分たちの不甲斐なさを恥じて沈黙を守っているのか。いずれにせよ、僕の望む「穏やかな日常」が戻ってきたことは確かだった。
僕は喧騒の消えた掲示板の前で、一番隅っこに貼られた、埃を被りかけた依頼札を指先で弾いた。
『ギルド裏庭のハーブ園、雑草取りと土壌調整』
「今日はこれにするよ、受付さん」
「おはようございます、リルドさん。……あ、はい。受理いたしました。……あの、リルドさん。昨日、あの方たちと何かありましたか? なんだか今朝、彼ら真っ青な顔で『しばらく遠征に出る』って慌てて出ていきましたけど……」
受付さんが不思議そうに首を傾げる。僕はいつものように、ふんわりとした笑顔を返した。
「ううん、別に。ただ、お散歩の途中で少し立ち話をしただけだよ」
「そうですか……。ならいいんですけど。裏庭のハーブ、最近元気がなくて困っていたんです。よろしくお願いしますね」
僕は受理印をもらうと、ギルドの裏手にある小さな庭へと向かった。
「視野拡大」で土の乾燥具合を見極め、「嗅覚向上」でハーブたちの微かな悲鳴――栄養不足や害虫の気配――を察知する。
願って最高級の肥料を出すことはできないけれど、僕は庭の隅に溜まっていた落ち葉を集め、土と混ぜて丁寧に耕した。指先に土の感触を感じ、雑草を一本ずつ抜いていく作業は、昨日の殺伐とした空気とは無縁の、僕にとっての至福の時間だ。
「(……よし、これで明日には芽がシャンとするはずだよ)」
数時間の作業を終え、綺麗に整ったハーブ園を眺めてから、僕は土を払ってギルドに戻った。
「ただいま、受付さん。庭仕事、終わったよ。明日からはもっといい香りがするようになると思うな」
「おかえりなさい! ありがとうございます。リルドさんが来ると、ギルドの中まで空気が澄んでいくみたいです」
報酬の銅貨を受け取ると、外はもう優しい夕暮れ色に染まっていた。
「さて、僕も今夜は、土の匂いとハーブの香りを思い出しながら、温かいカモミールティーでも淹れてゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、昨日の嵐などなかったかのように、穏やかに更けていく。




