126話
翌朝、ギルドの喧騒は昨日の「黒角熊」の話題でまだ持ちきりだったけれど、僕はそれを上手く受け流して掲示板の端へと向かった。
「今日はこれにしようかな。……うん、ちょうどいいお散歩になりそうだ」
僕が手に取ったのは二枚の依頼札。
『薬草採取・癒やし草の納品』と『旧市街、古井戸の異音調査』だ。
受付に持っていくと、受付さんは「ええっ、またそんな地味な依頼に……」と肩を落としつつも、少しだけ安心したような顔で受理してくれた。
「昨日あんなにすごい討伐をしたのに……。でも、リルドさんらしいです。古井戸の方は、最近夜になると変な音が聞こえるって住民が怖がっているので、気をつけてくださいね」
「あはは、わかったよ。お化けじゃないといいね」
僕は受理印をもらうと、まずは街の外の草原へ向かった。
「視野拡大」で草原を隅々まで見渡し、さらに「嗅覚向上」で癒やし草特有の爽やかな香りを辿る。
「(あ、あそこに群生してるね。……うん、根を傷めないように、丁寧に)」
願って手元に現れる道具はないけれど、僕は使い慣れた小さな採取鎌で、一株ずつ優しく刈り取っていく。薬草の香りに包まれるこの時間は、僕にとっての大切な心の洗濯だ。
次に、旧市街の奥まった路地にある古井戸へと向かった。
周囲はひっそりとしていて、確かにどこか不気味な空気が漂っている。僕は井戸の縁に立ち、「聴覚向上」を最大限に研ぎ澄ませた。
「(……カタ、カタ、……シュルシュル。……なるほどね)」
音が聞こえる方向と種類で、すぐに正体がわかった。
僕は「視野拡大」で暗い井戸の底を見通すと、そこには古びた滑車の鎖が外れ、風が吹くたびに壁に当たって鳴っている様子が見えた。
「(怖がるようなものじゃなくて良かったよ。……よし、直してあげよう)」
僕は井戸に備え付けられていた古い縄を使い、器用に鎖を元の位置へと固定した。ついでに井戸の周りに溜まっていた泥も綺麗に掃き出し、滑らかに動くように整えておく。
夕暮れ時、僕はギルドに戻って完了報告を済ませた。
「ただいま、受付さん。薬草は鮮度の良いのがたくさん採れたよ。あと、井戸の異音はただの鎖の緩みだったから、もう大丈夫」
「おかえりなさい! ……ああ、良かった。住民の皆さんも、これで今夜から安心して眠れると思います。いつも本当にありがとうございます、リルドさん」
報酬の銅貨を数枚受け取ると、僕は満足感と共に家路についた。
「さて、僕も今夜は、摘みたての薬草を少しだけお風呂に入れて、香りを楽しみながらゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、街の不安をそっと取り除きながら、穏やかに更けていく。




