123話
翌朝、ギルドの扉を開けると、そこにはまた新しい「議論」の風が吹いていた。
「やっぱりパンは焼き立てに限るぜ。外はカリッと、中はフワッとな!」
「いやいや、一日置いて少し落ち着いたやつを、濃いめのスープに浸して食うのが通ってもんだろ」
相変わらず平和な食文化論争を微笑ましく眺めながら、僕は掲示板のいつもの位置、端っこの方で寂しそうに丸まっていた依頼札を手に取った。
『広場の噴水、排水口の詰まり解消』
「今日はこれにするね、受付さん」
「おはようございます、リルドさん。……あはは、またそんな水仕事ですか? 最近、広場に集まる人が増えたせいか、ゴミが詰まりやすくなっているみたいで。結構な汚れ仕事になっちゃいますよ?」
「あはは、いいんだ。水が綺麗に流れるのを見るのは、心が洗われる気がするからね」
受理印をもらって広場へ向かうと、確かに噴水の水の勢いが弱まり、水面に少し淀みができていた。
僕は「視野拡大」で水底の様子を探り、「聴覚向上」で排水管の奥から響く「ゴボゴボ」という不自然な音を聞き分ける。
願って特効薬のような洗浄液を出すことはできない。僕は袖を捲り上げると、持参した長い竹の棒とブラシを使って、丁寧に、でも確実に詰まりの原因を特定していった。
「(……おや、こんなところに子供の落とし物のビー玉が挟まっていたんだね。これじゃあ水も通りにくいわけだ)」
ビー玉を傷つけないようにそっと取り出し、周囲の泥や落ち葉を掻き出す。全能の力で一気に吹き飛ばすようなことはせず、一掻きずつ、水の通り道を作ってあげる。
作業を終えて栓を抜くと、溜まっていた水が渦を巻いて吸い込まれ、代わりに行き場を得た噴水が、高く、清らかに空へと舞い上がった。
「わあ、噴水が元通りだ!」
近くで遊んでいた子供たちが歓声を上げる。僕は泥のついた手を噴水の端の綺麗な水で洗いながら、その光景を眺めていた。
夕刻、僕はギルドへ戻り報告を済ませた。
「ただいま、受付さん。噴水の詰まり、直してきたよ。ついでに、このビー玉。誰か探している子がいたら返してあげてくれるかな」
「おかえりなさい! ……まあ、こんなに綺麗なビー玉が原因だったんですね。承知しました、掲示板に貼り出しておきますね。いつも細かいところまでありがとうございます」
報酬の銅貨を受け取ると、窓から差し込む夕陽が、磨かれたカウンターを優しく照らしていた。
「さて、僕も今夜は、高く上がった噴水のしぶきを思い出しながら、温かいお茶でも淹れてゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、街の小さなしこりを一つずつ解きほぐしながら、穏やかに更けていく。




