122話
翌朝、ギルドの掲示板の前には、昨日のコボルトの赤ちゃんの噂を聞きつけた冒険者たちが集まっていた。
「おい、リルドの兄貴、コボルトの集落から直々に感謝の印が届いたらしいぜ」
「さすがだよな。普通なら魔物として狩っちまうところをよ」
僕はそんな会話を小耳に挟みつつ、いつものように掲示板の隅っこ、剥がれかかった古い依頼札を指先で整えた。
『水車小屋の油差しと点検』
「今日はこれにしようかな、受付さん」
「おはようございます、リルドさん! ああ、その依頼……。村外れの水車小屋ですね。古いから音がうるさくて近所から苦情が出ているみたいなんですけど、誰もやりたがらなくて」
「あはは、いいよ。機械の音を聞くのも、いいお散歩のスパイスになるからね」
受理印をもらって外に出ると、春の風が心地よく頬を撫でた。
川沿いをのんびり歩き、大きな木製の水車が回る小屋に到着する。確かに「ギィ……ギィ……」と、何かが悲鳴を上げているような重苦しい音が響いていた。
僕は「視野拡大」を使って、回転軸の摩耗具合を確認した。さらに「聴覚向上」を研ぎ澄ませると、どの歯車がどこで悲鳴を上げているのか、手に取るように分かる。
願って最高級の油を出すことはできないけれど、僕は持参した手入れ道具を取り出した。
まずは隙間に詰まった古い澱を取り除き、一箇所ずつ丁寧に油を馴染ませていく。全能の力を使えば一瞬で無音にできるかもしれないけれど、僕はこうして、自分の手で少しずつ「滑らか」を取り戻していく感覚が好きだ。
「(……うん、この歯車はもう少しだけ、左に寄せてあげようかな)」
微妙な加減で調整を終えると、不快な金属音は消え、代わりに「コトコト、コトコト……」と、小気味よいリズムの音が響き始めた。
夕暮れ時、僕はギルドへ戻り報告を済ませた。
「ただいま、受付さん。水車小屋、機嫌が直ったみたいだよ。もう静かに回っているから大丈夫」
「おかえりなさい! さっき近くの住人の方が『魔法みたいに静かになった』って驚いて報告に来てくれましたよ。本当に、リルドさんの手にかかると何でも直っちゃうんですね」
「あはは、ただ丁寧に油を差しただけだよ。はい、完了報告」
報酬の銅貨を受け取ると、僕は満足感と共に夕焼けの道を歩き出した。
「さて、僕も今夜は、水車の規則正しいリズムを思い出しながら、温かいスープでも飲んでゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、街の片隅の小さな異音を優しく取り除きながら、穏やかに更けていく。




