118話
翌朝、ギルドの掲示板はいつも以上の緊張感に包まれていた。
どうやら街の近くの街道に、狂暴な魔獣が現れたという報告があったらしい。
「よし、俺たちで行くぞ! 手柄を立てるチャンスだ!」
「いや、あいつはただの魔獣じゃねえぞ、気をつけろ!」
殺気立つ冒険者たちの横で、僕は掲示板の端に貼られた、少しだけ毛色の違う依頼札を見つけた。
『街道沿いの小型魔物・グレイウルフの討伐』
「今日はこれにするよ、受付さん」
「おはようございます、リルドさん。……えっ、討伐ですか? 今、街道の方は正体不明の強い個体が出たと騒ぎになっています。いつも通りのウルフだけじゃないかもしれないので、本当に気をつけてくださいね」
「あはは、わかったよ。無理はしないでお散歩してくるね」
街を出て、僕は「嗅覚向上」と「視野拡大」を使いながら街道を進んだ。
確かに、周辺にはいつもと違う、重苦しい魔力の残滓が漂っている。
しばらく歩くと、茂みの奥で何かが激しく暴れる音が聞こえた。
「(……あれかな?)」
そこには、依頼にあったグレイウルフではなく、もっと巨大で、身体中に不自然な黒い紋様が浮かび上がった『シャドウ・ベア』が、狂ったように周囲の木々をなぎ倒していた。
「(おやおや……これは危ないね。みんなが言っていたのは、ウルフじゃなくてこの子のことだったんだ)」
シャドウ・ベアが僕に気づき、咆哮を上げて突進してくる。
その一撃は岩をも砕く威力だったけれど、僕はかつての経験を身体が覚えているまま、最小限の動きでその横をすり抜けた。
「(……静かに、おやすみ)」
僕は足元に落ちていた手頃な枝を拾うと、魔獣の神経が集中する首筋の「一点」を、正確に突いた。急所を打てば、大きな力など必要ない。
黒い紋様が消え、巨大な熊は静かに眠るようにその場に倒れ伏した。
本来の標的だったグレイウルフたちは、その威圧感に驚いて、とっくに森の奥へ逃げ去ったようだった。
ギルドに戻ると、討伐隊が準備を整えて出発しようとしているところだった。
「ただいま、受付さん。依頼のウルフはいなかったけれど、代わりに困った子がいたから片付けておいたよ」
「おかえりなさい! ……えっ、片付けたって……まさか、シャドウ・ベアですか!?」
「うん。でも、本当の危険はあの魔獣そのものじゃないんだ。あの辺りの土壌に、魔物を狂わせる変な薬草……『狂乱草』が群生し始めていたよ。あれがある限り、また同じことが起きると思うから、注意喚起をお願いできるかな」
僕の言葉に、ギルドマスターまでが奥から飛び出してきた。
「リルド……お前、そんなことまで見てきたのか」
「あはは、地面を見ながら歩くのが僕のお散歩だからね。はい、完了報告」
報酬の銀貨を受け取ると、僕は少しだけ汚れた服の袖を払った。
「さて、今夜は少し運動したから、お肉たっぷりのシチューでも作ってゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、隠れた異変をそっと摘み取りながら、穏やかに更けていく。




