117話
翌朝、ギルドの扉を開けると、そこには祭りの後の少し抜けたような、静かな空気が漂っていた。冒険者たちも昨夜は遅くまで飲んでいたのか、掲示板の前で欠伸をしながら、ぼんやりと依頼札を眺めている。
僕はそんな彼らの間をすり抜け、一番端にある、誰も見向きもしないような地味な依頼札を手に取った。
『ギルド内の共有机、および資料室の机の清掃』
「今日はこれにするよ、受付さん」
「おはようございます、リルドさん。……えっ、清掃ですか? 確かに最近、みんなが飲み物をこぼしたりインクを跳ねさせたりで、かなり汚れてはいますけど……」
「あはは、いいんだ。毎日使う場所が綺麗だと、きっとみんなの仕事も捗るからね」
僕は受理を済ませると、自宅から持ってきたお気に入りの布を準備して、早速作業に取り掛かった。
まずは冒険者たちが作戦会議に使う大机だ。
「視野拡大」で木目の奥に入り込んだ汚れを見極め、こびりついた古いワックスを丁寧に落としていく。全能の力で一瞬にして真っさらにすることもできるけれど、僕はこうして、自分の手で少しずつ木の色が蘇っていくのを見るのが好きだ。
「……あれ、リルド? お前、何やってんだ?」
「机の清掃だよ。ほら、ここを拭くとこんなに綺麗になる」
僕が笑顔で答えると、周りにいた冒険者たちは、磨き上げられて鏡のように光り始めた机を見て、自分たちの汚れた装備を恥ずかしそうに引っ込めた。
次に資料室へ向かい、重厚な机のインク染みを一つ一つ落としていく。「嗅覚向上」を使い、古い紙の匂いの中に混じるカビの気配を察知して、風通しを良くする工夫も忘れない。
数時間の作業を終える頃には、ギルド内の机という机が、まるで新品のような輝きを放っていた。
「ただいま、受付さん。清掃、全部終わったよ。これで見やすくなったかな」
「おかえりなさい! ……わあ、すごい! 傷だらけだったカウンターまでピカピカ……。リルドさん、清掃のスキルでも持っているんじゃないかって疑いたくなりますよ」
「あはは、ただ丁寧に拭いただけだよ。はい、完了報告」
報酬の銅貨を数枚受け取ると、窓から差し込む夕陽が、磨き上げた机に反射して室内を明るく照らしていた。
「さて、今夜は綺麗になった自分の家の机も少し整えて、温かいスープでも飲みながら読書の続きをしようかな」
万年Fランク冒険者の日常は、身近な場所を慈しむように整えながら、穏やかに更けていく。




