114話
翌朝、ギルドの扉を潜ると、昨日鳴り響いた鐘の音の余談で持ちきりだった。
「あの鐘、誰が鳴らしたんだ? 奇跡だって教会は大騒ぎだぜ」
「まあ、たまたま風か何かが上手く吹いたんだろ。それより今日の飯は芋煮で決まりだ!」
そんな声を背中で聞き流しながら、俺は掲示板のいつもの位置、端っこの方に追いやられた依頼書を剥がした。
「今日はこれにしよう。……うん、面白そうだ」
それは『裏通りのドブさらいと、失くした指輪の捜索』という、冒険者なら誰もが嫌がる地味な仕事だった。これを受付へ持っていくと、案の定、受付さんは困ったような、でもどこか安心したような顔をした。
「リルドさん、またそんな汚れ仕事を……。他にもっとランクの高い、華やかな依頼もありますよ?」
「あはは、いいんだ。下を向いて歩くのも、たまには良いお散歩になるしね」
受理を済ませてギルドを出ると、街の広場では冒険者たちが「ブレードタイガーの討伐隊」を組んで騒がしく出発していくところだった。
「気をつけてね」と心の中で声をかけつつ、俺は真逆の、人気のない裏通りへと足を向けた。
「視野拡大」で汚泥の奥を見通し、「嗅覚向上」で不自然な金属の匂いを探る。普通なら数日かかる作業だが、俺は「願えば現れる最高に丈夫な火箸」を使い、手際よくゴミを仕分け、詰まっていた泥を掻き出していく。
「(……あ、見つけた。これだね)」
泥にまみれていたのは、質素だが丁寧に磨かれた銀の指輪だった。
ついでに排水溝もピカピカにして、水が心地よい音を立てて流れるのを確認してから、俺は立ち上がった。
帰り道、ちょうど討伐隊の連中が「あてが外れた! 虎の影も形もねえ!」と肩を落として戻ってくるのとすれ違った。彼らが騒いでいる横を、俺は泥一つ付いていない涼しい顔で通り抜ける。
ギルドに戻り、指輪をカウンターに置いた。
「ただいま、受付さん。これ、依頼の指輪だよ。ついでにドブも綺麗にしておいたから、もう臭わないと思うな」
「おかえりなさい! ……えっ、もう見つけたんですか!? 依頼主のお婆さん、半ば諦めていたのに……。本当に、リルドさんが動くと魔法みたいに解決しますね」
報酬を受け取ると、外はもう夕焼けに染まっていた。
「さて、今夜は指輪が見つかったお祝いに、温かいスープでも作ってゆっくりしようかな」
万年Fランク冒険者の日常は、泥の中から小さな幸せを拾い上げながら、穏やかに更けていく。




