111話
翌朝、ギルドの扉を開けると、そこにはいつもと違う、少し落ち着いた……いや、どこか「思索的」な空気が流れていた。
「いいか、あの密室のトリックは、魔力の残滓を利用したものだったんだよ……」
「いや、俺はあの執事が最初から怪しいと思ってたんだ」
今日の流行は、新作ミステリー小説『静けさのあとで』。冒険者たちは血の気の多い議論ではなく、物語の謎を解こうと静かに囁き合っていた。
リルドはそんな読書家たちの横をすり抜け、掲示板の温かい場所に貼られていた依頼札を剥がした。
「今日は……これ。『孤児院の子供の遊び相手』。お散歩の目的地にはぴったりだね」
リルドが受付に札を持っていくと、受付嬢はふんわりと微笑んだ。
「受理いたします。リルドさんなら、きっと子供たちも大喜びですね。街外れの孤児院です、よろしくお願いします」
街外れにある、蔦の絡まった古い孤児院に到着すると、中から元気いっぱいの子供たちが飛び出してきた。
「あ! 遊びに来てくれたの!?」
「わあ、すっごく綺麗な人……!」
リルドが庭のベンチに座ると、子供たちは遠慮なしに膝の上や背中にしがみついてくる。
「ねえねえ、お兄ちゃん! 追いかけっこしよう!」
「えっ、お姉ちゃんじゃないの? 髪の毛サラサラだよ!」
「あはは、僕は男だよ。ほら、ちゃんと力持ちなんだから」
リルドがひょいと子供を抱き上げると、今度は小さな女の子が彼の服の裾をぎゅっと握りしめて見上げてきた。
「……お母さんみたいな、いい匂いがする」
「……、……違うよ。 僕は男の冒険者。でも、君たちが寂しくないように、今日はたくさん遊ぼうね」
リルドは「嗅覚向上」を使い、子供たちが好きな木の実の場所を教えたり、「聴覚向上」で森の奥にいるリスの鳴き声を真似て聞かせたりした。全能の力など使わなくても、彼の優しい眼差しと声だけで、子供たちの心は満たされていく。
夕刻、服のあちこちに小さな手形をつけ、少し髪を乱したリルドがギルドに戻った。
「ただいま、受付さん。子供たち、みんな元気だったよ。最後は帰りたくないって言われちゃって、少し遅くなっちゃった」
「おかえりなさい! ふふ、リルドさん、なんだかいつもより優しい顔をされていますね。報酬と、あとこれ、院長先生から『ぜひお礼に』と預かった手作りのクッキーです」
「えっ、いいの? ありがとう、大切に食べるよ」
リルドは報酬とクッキーを受け取ると、遠くで聞こえる夕暮れの鐘の音を聞きながら歩き出した。
「さて、僕も今夜は、子供たちの笑顔を思い出しながら、クッキーを齧って『静けさのあとで』の続きでも読もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、小さな命のぬくもりに触れ、少しだけ「家族」の気配を感じながら、穏やかに更けていく。




