106話
翌朝、リルドは昨日の騒動を振り払うように、軽やかな足取りでギルドへ向かった。
扉を開けると、相変わらず「格好いいリルドさん」への熱い視線を感じるが、彼はあえて気づかない振りをしながら掲示板へと直行する。
「今日は……あ、これにしよう。**『石の採取』**だね」
リルドは手近な依頼札を剥がし、受付へと持っていった。
「おはよう、受付さん。今日はこの石を採ってくるよ」
「おはようございます、リルドさん! はい、受理しますね。ええと、これは……『削岩石』という、石を削るための石?らしいです。なんだかややこしい名前ですね」
「あはは、本当だね。(……うん、特徴からして硝岩石のことだね。硬度が高くて加工用に重宝されるやつだ)」
「場所は街から少し離れた採掘場になります。足元が不安定な場所も多いので、気をつけてくださいね」
リルドは鼻歌まじりに、お散歩を楽しみながら古い採掘場へとやってきた。
「視野拡大」を使い、岩肌の奥に眠る不純物の少ない硝岩石を見極める。
「(あそこかな。よし、一本失礼するよ)」
リルドは手近な重い石を拾い上げると、かつての武技を応用した「一点集中」の打撃で、岩を傷めずに目的の硝岩石だけを綺麗に剥がした。採掘というよりは、まるで熟した果実を摘むような手際の良さだ。
籠いっぱいの石を背負い、帰り道を歩いていると、前から重厚な足音が響いてきた。
現れたのは、この地域の治安を守るために配置されているオークの親衛隊の一団だった。彼らは屈強な体躯に磨き上げられた鎧を纏い、真剣な面持ちで道を急いでいる。
「ん? 冒険者か。この先を通るなら気をつけろ」
隊長らしきオークが、リルドを見て低く太い声で呼びかけた。
「こんにちは。何かあったのかい?」
「この先で大規模な落石があったとの報告が入った。今から我ら親衛隊が調査と撤去に向かうところだ。二次災害の恐れもある、邪魔にならんよう、お前は早々に立ち去るがいい」
「落石……。わかったよ、調査頑張ってね。邪魔しないように、僕はこっちの旧道を通って帰ることにするよ」
リルドは丁寧に一礼すると、彼らの進軍を妨げないよう、ひょいと脇の細道へと身を隠した。彼なら一瞬で岩を砕いて道を拓くこともできたが、それは彼らの仕事。リルドは「お疲れ様」と心の中で念じながら、静かにその場を後にした。
夕刻、リルドは泥一つ付いていない様子でギルドに戻った。
「ただいま、受付さん。硝岩石……あ、削岩石だね。無事に採ってきたよ」
「おかえりなさい! お疲れ様です、リルドさん。……あ、やっぱりその石、硝岩石だったんですね。職人さんたちが大喜びしますよ」
受付嬢が感心して石を確認していると、リルドはふと思い出したように付け加えた。
「そういえば、帰りにオークの親衛隊の人たちに会ったよ。落石の調査に行くって言っていたから、みんなも気をつけるように伝えてあげてね」
「落石!? ……はい、すぐに周知しますね。リルドさんが無事でよかったです!」
報酬を受け取ったリルドは、安堵の表情でギルドを後にした。
「さて、僕も今夜は、採掘で少しだけ使った腕を休めながら、温かいミルクティーでも飲んでゆっくりしようかな」
万年Fランク冒険者の日常は、地域の安全を守る者たちへの敬意を忘れず、どこまでも穏やかに更けていく。




