105話
翌朝、リルドがギルドの扉を開けると、そこには妙な熱気が充満していた。
いつものような「どの服が似合うか」という下世話な喧騒ではない。冒険者たちがリルドの姿を見るなり、背筋を正して小声で囁き合っている。
「おい、見たか……。昨日のリルド、怖かったけど……痺れるほど格好良かったな」
「ああ、あの『男だと言ってるだろうが!』って声、耳から離れねぇよ……」
どうやらギルド内では【怖いけどリルド格好いい】という、斜め上のトレンドが巻き起こっているようだった。
「……なんか、昨日より視線が痛い気がする……」
リルドはむず痒いような居心地の悪さを感じ、逃げるように掲示板へ向かった。内容を精査する余裕もなく、一番端っこにあった依頼札をひっつかむと、そのまま受付へと駆け込む。
「受付さん、今日はこれにするよ!」
「あ、おはようございます、リルドさん……って、ええっ!? それを受けるんですか!?」
受付嬢は札を見るなりぎょっとして、リルドと札を二度見した。
「? うん、何か変かな?」
「いえ……リルドさんがこれを選ぶなんて。……はい、受理いたします」
受付嬢はどこか含みのある、そして憐れむような目でリルドを見送った。
依頼書に記された目的地は、街の路地裏にある一軒の高級服飾店だった。
リルドが「お散歩のついでに依頼に来たんだけど……」と扉を開けた瞬間。
「来たわね!!」
奥から、眼鏡を光らせた筋骨隆々の店主――依頼主が、獲物を見つけた猛獣のような速度で突っ込んできた。その手には銀色に光るメジャーが握られている。
「えっ、あ、あの……」
「問答無用! さあ、脱ぎなさい! いや、脱がなくていい! まずは計測よ! スリーサイズは!?」
鼻息荒く迫る店主に、リルドは思わず半歩引き、引きつった笑顔で答えた。
「知りません!! 測ったこともないし!」
「なんですって!? この黄金比のような体躯を持ちながら、己のサイズを知らないなんて……罪だわ! 重罪よ! さあ、じっとしてなさい!」
リルドは逃げようとしたが、店主の繰り出すメジャーの動きは、かつて戦った熟練の鞭使いをも凌ぐ鋭さだった。結局、リルドは「ひゃっ、そこ、くすぐったいから!」と声を上げながら、全身をこれでもかと測り倒される羽目になった。
どうやら依頼の内容は、新作の「騎士装束」を作るための、理想的な体型のモデル探しだったらしい。
夕刻、リルドは魂が半分抜けたような顔でギルドに戻った。
「ただいま、受付さん……。なんだか、魔獣と戦うより疲れたよ……」
「おかえりなさい、リルドさん! ああ、やっぱり測られちゃったんですね……。あの店の店主、『理想のモデルが来るまで依頼は下げない』って息巻いてましたから」
受付嬢が苦笑いしながら、特別手当が含まれた多めの報酬を差し出した。
「……次は、ちゃんと内容を見てから剥がすことにするよ。あはは……」
リルドが弱々しく笑うと、近くで聞き耳を立てていた冒険者たちが「あのリルドが弱っている……これもまた一興……」と、またしても変な方向で盛り上がり始めていた。
「さて、僕も今夜は、メジャーの感触を忘れられるくらい、温かいスープでも飲んで早めに寝ることにするよ……」
万年Fランク冒険者の日常は、無自覚な美しさが招く受難に振り回されながら、賑やかに更けていく。




