104話
翌朝、リルドはいつものように、朝の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込みながらギルドの扉を潜った。
掲示板の前には、相変わらず昨日の味比べの続きをしている者や、新しい小説の展開に一喜一憂する者たちが集まっている。
「さて、今日もお散歩日和だね」
リルドは慣れ親しんだ感触で、端の方に貼られた『薬草採取』の依頼札を剥がし、受付へと持っていった。
草原でのひととき
街の外に広がる草原は、風が吹くたびに緑の波が立ち、キラキラと輝いている。
リルドは「嗅覚向上」を使い、草いきれの中に混じる、甘く苦い薬草特有の香りを辿った。
「(……あそこに、いい具合に育った『癒し草』があるね)」
腰を下ろし、土を傷めないよう丁寧に指先で薬草を摘んでいく。かつて全能の力を振るっていた時とは違う、指先に伝わる柔らかな命の感触。彼にとっては、この静かな時間が何よりの宝物だった。
籠いっぱいの薬草を抱えてギルドに戻ると、入り口付近で待ち構えていた数人の冒険者たちが、血眼になってリルドに詰め寄った。
「おいリルド! ちょうどいいところに来た!」
「お前に審判を下してほしいんだ。いいか、究極の選択だぞ!」
一人の男がフリフリの付いたメイド服を、もう一人の男が凛とした紅白の巫女服を、それぞれリルドの目の前に突き出した。
「リルド! お前はどっちが好みだ!?」
「こっちのメイド服か!? それともこっちの巫女服か!?」
周囲の冒険者たちも、固唾を呑んでリルドの答えを待っている。
リルドは手に持っていた薬草の籠をそっと足元に置くと、静かに目を閉じた。一瞬、ギルド内の空気が冷たく張り詰め、彼の周囲にだけ真空のような静寂が訪れる。
そして、彼がカッと目を見開いた。
「テメーら! いい加減にしろ!!」
地鳴りのような一喝がギルド中に響き渡り、騒いでいた男たちは蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
「俺は男だと言ってんだろうが!! なに……やれメイド服だ……やれ……巫女服だ? 俺が着るのか、それ!? ……頭おっかしいんじゃねーのか!?」
普段の穏やかさが嘘のような、芯の通った「男」の怒声。
かつて戦場を支配した者の威圧感が無意識に漏れ出し、男たちはガタガタと膝を震わせ、持っていた服を床に落とした。
「……あ、あの、リルドさん……?」
受付嬢が、信じられないものを見るような目でリルドを見つめ、震える声で彼を呼んだ。
「――っ。はぁ……」
リルドは深く溜息をつき、乱れた前髪を無造作にかき上げると、いつもの涼しげな表情……に戻ろうとして、まだ少し眉間に皺を寄せたまま、カウンターに薬草を置いた。
「はい、受付さん。これ依頼書の薬草採取の納品ね。……全く、お散歩の気分が台無しだよ」
「は、はい! 受理します……! ありがとうございます……っ!」
受け取った薬草を受け付けが震える手で処理する中、ギルド内は静まり返り、誰もが「怒ったリルドも、怖くて……でも、ものすごく格好いい……」と、別の意味で顔を赤らめていた。




