101話
翌朝、ギルドの扉を開けると、そこはいつにも増して熱烈な空気に包まれていた。
「いいか、あの主人公が絶体絶命のピンチに放つ『蒼き一撃』! あれこそが【フュドリア戦記】の醍醐味なんだよ!」
「あはは、僕もあの場面はドキドキしたよ。勇気をもらえる素敵な物語だよね」
リルドが冒険者たちと楽しそうに最新刊の感想を語り合っていると、奥の執務室から、威厳に満ちたギルドマスターが姿を現した。彼はリルドの前に立つと、一枚の重厚な、古びた羊皮紙を差し出した。
「リルド、お前……今回はこれを受けろ」
「え? ギルドマスター直々に? ……ええと、なになに?」
そこには、これまでのポエムとは一線を画す、壮大で重みのある言葉が綴られていた。
『天の羽衣は天神の尊に託す、蒼炎なる瞳に映るわ紫煙の如く振る舞いかな……だが乾坤一擲の剣にてその麗しは今も消えゆかん』
リルドは少しだけ首を傾げ、宝石のような瞳を瞬かせた。
「これ、面白いですね。何かの古い伝承か、神話の一節ですか?」
「いや……これはとある御仁からの指名に近い依頼書だ。お前のその『目』で、これが指し示す場所から、ある物を持ち帰ってきてほしい」
「へえ……。わかった、お散歩がてら考えてみるよ」
リルドは受理を済ませると、街の喧騒を離れ、北の霊峰へと続く街道を歩き始めた。
「(天の羽衣……蒼炎なる瞳……。紫煙の如く振る舞う、か……)」
途中の小川のほとりで休憩を取りながら、リルドは依頼書を広げてじっと見つめる。かつてあらゆる知識を詰め込んだ「言語理解」の感覚が、言葉の裏側にある「情景」を少しずつ描き出していく。
「(『乾坤一擲の剣』によって消えゆく……。これ、どこかで読んだことがあるような……)」
リルドは、最近ギルドで流行っている小説『麗しの雫』の情景を思い出した。あの物語のクライマックス、剣聖が最愛の人を失うシーンの筆致が、この依頼書の言葉選びと驚くほど重なっている。
「(……まさか、この依頼書を書いた人は……)」
リルドは「視野拡大」を使い、山の頂付近、かつて剣聖が修行したとされる絶壁の隙間に、微かに残る「青い光」を見つけた。そこには、岩の隙間から一本の、震えるほどに美しい鉱石の結晶が突き出していた。
夕刻、リルドがその「青く透き通った結晶」を布に包んでギルドに戻ると、そこにはギルドマスターと共に、一人の盲目の老人が静かに座っていた。
「ただいま、ギルドマスター。依頼の場所で見つけてきたよ。これだね」
リルドが布を広げると、結晶が蒼く、そして紫の煙を纏うように輝いた。老人は震える手でその光をなぞり、「ああ……これだ……」と涙を流した。
「若き冒険者よ。君はこれを見つけ、持ち帰ってくれた。……これの名を知っているか?」
リルドは確信を持って、その名を口にした。
「はい。それは『麗しの雫』。……そして、この依頼書を書いたのは、あなたですね? 今ギルドで流行っているあの小説を書いたのも」
老人は驚いたように顔を上げ、やがて穏やかに微笑んだ。
「……気づかれたか。左様、あれは私の懺悔の物語。かつて目が見えていた頃、私は最愛の人を失った。その悲しみと、彼女が生きた証を忘れないよう一冊の小説に仕立てたのだ。だが、どうしても物語の最後、あの日砕け散ったこの結晶だけは、自分の手で触れて確かめたかった……」
「あはは、素敵な物語だったよ。お役に立ててよかった」
リルドは報酬を受け取ると、満足げに微笑んでギルドを後にした。
「さて、僕も今夜は、本物の『麗しの雫』の輝きを思い出しながら、温かいハーブティーでも淹れてゆっくりしようかな」
万年Fランク冒険者の日常は、盲目の老人が小説に込めた最愛の人への想いをそっと引き出しながら、穏やかに更けていく。




