10話
翌朝、リルドは窓辺で育っている七色苔に水をやり、いつものようにのんびりとギルドへ向かった。
掲示板の前には、血気盛んな若手冒険者たちが「一攫千金だ」と騒ぎながら高ランクの依頼を吟味している。リルドはその隙間を縫うようにして、端の方で埃を被りかけていた一枚の依頼札を剥がした。
「今日は……これにしよう。『毒消し草の採取』。森の奥の湿った場所に、いいのが生えてるはずだ」
リルドはその依頼札を持って受付へと向かう。
「おはよう、受付さん。今日はこれを。最近、少し喉が痛いって言ってた街の人たちがいたから、多めに採ってこようと思って」
「おはよう、リルドさん。毒消し草ね。地味だけど、今の時期は重宝されるわ。気をつけて行ってらっしゃい」
リルドは「はーい」と軽く手を振り、お気に入りの籠を背負って街の外へと歩き出した。
森の中へ入ると、リルドはわざと道なき道を進んだ。
「毒消し草」は、湿り気がありつつも、わずかに木漏れ日が差し込む絶妙な場所にしか生えない。彼は風の匂いを嗅ぎ、土の湿り具合を足裏で感じながら、目的の場所を見つけ出した。
「あった。いい色だ……」
リルドは地面に膝をつき、小さなナイフで丁寧に毒消し草を刈り取っていく。
一本一本、感謝を込めるように。その穏やかな時間は、彼にとって何よりの休息だった。
ところが、そんな静寂を切り裂くように、激しい足音と荒い息遣いが近づいてきた。
「はぁ、はぁ……っ! どけ! 邪魔だ、どいてくれ!」
森の奥から飛び出してきたのは、血相を変えたDランクの冒険者パーティーだった。
彼らの装備はボロボロで、一人の腕は毒に侵されているのか、どす黒く変色している。
「おい、Fランク! 何をのんびり草を摘んでるんだ! 逃げろ、後ろから『ポイズン・大ムカデ』が来てるんだぞ!」
彼らが叫んだ直後、茂みをなぎ倒して、馬ほどもある巨大なムカデが姿を現した。
全身から毒霧を噴き出し、無数の足で地面を掻き毟るその姿は、まさに悪夢そのもの。Dランクの彼らにとっては、到底勝ち目のない相手だった。
「ひっ……! もう追いつかれた……!」
冒険者たちが絶望し、腰を抜かしたその時。
リルドは「困ったなぁ。せっかく綺麗に生えてたのに、踏まれちゃうじゃないか」と、小さく溜息をついた。
リルドは立ち上がると、手に持っていた一本の毒消し草を、まるでお線香でも供えるようにひょいと空中に放り投げた。
「ちょっと、静かにしててね」
リルドが指先でその草の茎を弾くと、草に含まれていた成分が、彼の魔力と共にはじけ飛んだ。
それは目に見えない衝撃波となり、迫りくる大ムカデの急所に「トン」と触れた。
「……ッ!?」
大ムカデは、咆哮を上げる間もなくその場に崩れ落ち、丸まって動かなくなった。死んではいないが、二度と自分からは起き上がれないほど完璧に「お休み」を命じられたのだ。
「……え? 何が、起きたんだ……?」
冒険者たちが呆然としていると、リルドは再びしゃがみ込み、作業を再開した。
「あ、君。その腕の毒、この草を揉んで塗っておきなよ。すぐに良くなるから」
リルドは摘みたての毒消し草を一本差し出すと、何事もなかったかのように籠を背負った。
「さて、ノルマは達成したし、帰りに美味しい川魚でも見て帰ろうかな」
リルドは唖然とする冒険者たちを背に、鼻歌を歌いながら森の奥へと消えていった。
夕暮れのギルドでは、また「あのFランクの周りで魔獣が勝手に倒れた」という不思議な噂が流れるだろう。
だが、リルドの関心は、夕食の献立と、今日見つけた綺麗な石をどこに飾るか、ただそれだけだった。




