表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/37

奈落の国

いよいよ最終章突入です。

砦を抜けた一行の背後で、炎と瓦礫が静かに崩れ落ちていく。


戦いは終わった。だが、終わりではない。

「ノーザ…皆…ゴメンね、ドジしちゃって…」

伏し目がちにそう言ったミネルの声は、いつもより少し小さかった。



「相手の術のせいだ、仕方ないよ」

そう答えた声は、驚くほど穏やかだった。


ミネルは唇を噛みしめる。

「もしあのまま…皆が来なかったら…」

返事はすぐには返らなかった。

代わりに、ラヴズの蹄が大地を踏みしめる音だけが響く。


静かに、しかし迷いなく


「来たに決まってるだろ、ミネルが攫われたって聞いて、行かない理由なんて一つも無い」


その言葉に、ミネルは一瞬だけ目を見開き、

そして誤魔化すように笑った。


「……ノーザ、ほんとズルい」

風が吹き抜ける。

魔族領の空は、人類領よりも暗く、重い。


だがその奥に、確かに“終点”が見え始めていた。


「……ここから先は、本当に戻れない」


低く呟いた声に、誰も否定しなかった。

遠くの地平線に、異様な影が浮かび上がる。

山でも、城でもない。

まるで世界そのものが歪んで生まれたかのような、

あれが――魔王の本拠地。

誰かが、無意識に息を飲んだ。


「……行こう」


その一言に、恐れも迷いもなかった。

ただ、覚悟だけがあった。

こうして、クレインパーティは歩みを進める。

勇者としてではなく、

仲間として、

そして――“終わらせる者”として。

魔王城への道が、静かに開かれていった。


魔王が支配する〈奈落の王国〉。


大地の裂け目の奥に広がる、光すら拒む黒の世界。

そこに吹き込む風は冷たく、まるで生き物の呼吸のようだった。


「ここが…」

ノーザの声は、静かだった。


「魔王の本拠地…」

ニーナが呟く。


「へぇ…地下にあるのかい」

ヴィヴィが軽く言ったが、その目は冗談を言っているものではなかった。


底の見えない闇。

そこへ飛び降りれば、もう戻れない。

「……うん、行こう」


ミネルが言った。

「ノーザの言う、人が人としていられる世界の為に」

その瞬間だった。


「……ミネル、君は来るな」


声は、あまりにも静かだった。


「え……?」

次の瞬間、衝撃。


ミネルの身体が、突き飛ばされる。

「ノーザ!?」


手を伸ばす間もなく、

ノーザは振り返らない。

ニーナ、ヴィヴィ、リー、サン、ショウコ。

六人は、そのまま闇へ飛び降りた。


「待って!!」


叫び声が裂ける。

「ノーザ…!ニーナ…!アタシも連れて行って!!」


残されたのは、ミネルとラヴズだけ。

闇の底へ落ちていく仲間達の背中は、もう見えない。


「なんで…」

拳が震える。

「なんで置いてくの…!!」


答えは、分かっていた。


足手まといだからじゃない。


信頼していないからでもない。


――負ける気は無い。


だが、“もしも”があるなら。

もし、自分達が魔王に敗れた時。


誰かが生き残っていなければならない。

次の勇者へ、世界を繋ぐ者が。

「……ずるいよ」


ミネルは、歯を食いしばる。

「そんなの、勇者のやる事じゃないでしょ…」


ラヴズが、静かに鼻を鳴らした。

まるで言葉を理解しているかのように。

ミネルは、闇を見つめたまま、震える声で呟く。

「……絶対、生きて帰ってきてよ」


それは願いであり、命令だった。

「帰ってこなかったら……」

言葉は続かなかった。


その瞬間、奈落の奥から、低く、歪んだ“声”が響いた。

――来たか。

ミネルの背筋が、凍りつく。

一方、闇の底へ落ちていく六人。

重力が消え、足元の感覚が消えた瞬間、

ノーザが呟いた。

「……ここから先は、本物だ」


誰も、笑わなかった。

魔王城への道が、

今、完全に開かれた。


そこは、静かすぎる世界だった。

空は無く、天井は黒い岩に覆われている。

遠くで、何かが脈打つような音だけが響いていた。

誰も口を開かなかった。

やがて、ノーザが静かに歩みを止める。


「……ショウコ」

呼ばれた少女が、顔を上げる。


「君も、ここで待っていていい」

その言葉は、あまりにも優しかった。

「君は、飽くまで一般人だ。この世界の為に命を懸ける義務は無い」


風も無いのに、ショウコの黒髪がわずかに揺れた。

「ここから先は、俺達の戦いだ」

一瞬だけ、ノーザの声が揺れた。


それに気づいたのは、ショウコだけだった。

「……動揺してますよね」

静かな声。

ノーザの目が、わずかに見開かれる。


「ノーザさんらしく無いです」


その言葉は、責めるものではなかった。

むしろ、確信だった。

「これは、あなた達だけの戦いじゃありません」

ショウコは、一歩前に出る。


影が、彼女の足元で静かに蠢いた。

「私をこの世界に飛ばした存在は、魔王に関わっている……なら……これは私の戦いでもあります」

一瞬の沈黙。


リーが目を伏せ、ヴィヴィが小さく息を吐いた。

ニーナは、何も言わずに微笑んだ。

ノーザは、しばらくショウコを見つめていた。

やがて、小さく笑う。


「……参ったな」

そして、いつもの声で言った。

「なら、最後まで一緒だ」


ショウコは、ほんの少しだけ、嬉しそうに目を細めた。

「はい」


奈落の王国は、歩けば歩くほど静かだった。

風はなく、音もなく、ただ遠くで脈打つような低い鼓動だけが響いている。


誰もが言葉を選びながら進んでいた。

沈黙を破ったのは、ヴィヴィだった。

「ラヴズも置いてきて良かったのかい?」


何気ない問いのようで、そうではなかった。

ノーザは、歩みを止めなかった。

「……ラヴは、生き残らなきゃいけない」

その声は、いつもの勇者の声よりも低かった。


「ラヴほどの馬はいない。もし俺達がここで倒れても、ラヴが生きていれば……」


ノーザの背中は、少しだけ大きく見えた。

「ラヴや、ラヴの子供が、次の勇者を連れて来てくれる」


一瞬、誰も言葉を発しなかった。

リーが、ゆっくりと頷く。

「……未来に、剣を託すということか」


ニーナは静かに微笑んだ。

「ノーザ様は、いつもそこまで考えているのですね」


ヴィヴィは、鼻で小さく笑った。

「……ほんと、勇者向いてるよ」


ショウコだけが、少し違う顔をしていた。

影が、彼女の足元でわずかに揺れる。

「もし、ノーザさん達が負けたら」

ぽつりと、言った。


ノーザは、立ち止まった。

振り返らずに答える。

「その時は、次の誰かが戦う……

俺達は、そのための道を作るだけだ」

ショウコは、しばらく黙っていた。


やがて、小さく息を吐く。

「……なんか、漫画よりずっと現実的ですね」

サンが笑う。

「勇者いうんはな、夢だけじゃ務まらんのや」

奈落の奥で、また鼓動が鳴った。


それは、まるで魔王がこちらを見ているかのようだった。

ノーザは剣の柄に手をかける。

「行こう」

誰も、迷わなかった。

奈落の王国の奥へ進むにつれ、空気が変わった。

湿り気でも、冷気でもない。

――言葉にできない違和感。


歩いているはずなのに、距離感が狂う。

床は確かに存在しているのに、足音だけが遠くで鳴っているようだった。

その時だった。

どこからともなく、声が響いた。


空間そのものが、語りかけてくるような声。

「……進む意味はあるのか?」


誰も足を止めなかった。

声は、静かに続く。


「人類を救って、何になる?」

「人間は醜い。裏切り、奪い合い、憎み合う生き物だ」

「お前が、そこまで苦労する必要はあるのか?」


言葉は、怒号でも嘲笑でもない。

淡々とした問いだった。

まるで“答えを知っている者”が、確かめるように投げかけているだけの声。

ニーナの指先が、わずかに震えた。

だが、足は止まらない。

ヴィヴィは、舌打ちする。

「……うるさいね」

ショウコは、影を踏みしめながら歩き続けた。

「論点がずれてます」

リーは、錫杖を握る手に力を込める。

「言葉で心を折る術か……卑劣だ」

サンは、笑った。

「悪党ほど、口が達者なんや」


そして、先頭を歩くノーザは、振り返らなかった。

声に対して、何も返さない。

否定もしない。

肯定もしない。

ただ、進む。

魔王の声が、わずかに低くなる。


「……答えぬか」

ノーザは、ようやく口を開いた。

だが、それは魔王に向けた言葉ではなかった。

「……行くぞ」

それだけだった。


誰も迷わず、歩調を合わせる。

声は、しばらく続いたが、やがて消えた。

まるで、彼らの心を測ることを諦めたかのように。

奈落の奥で、何かが笑った。


魔王の間。

玉座の間という言葉では、もはや足りなかった。

天井は存在するはずなのに、見上げれば果てがない。


床は大理石のように滑らかだが、踏みしめるたびに微かに脈打つ。

生きている城。

玉座の上に、ひとりの存在が座していた。

黒い外套。

人の形をしているが、人間とは決定的に違う“何か”。


魔王、グラーフ=ネフェル。

「……来たか、地上のつわもの共」

その声は、砦で聞いたものとは違った。

もっと近く、もっと深い。


胸の奥に直接触れてくるような声。

ノーザが一歩前に出る。

「……コイツが、魔王」


玉座の上の存在は、ゆっくりと視線を向けた。

「ノーザン・クレイン」


その呼び方に、ニーナの表情がわずかに変わる。

勇者とも、人類の希望とも呼ばない。

ただの“名前”。

「貴様らの話は、既に聞いている」


魔王の指先が、わずかに動いた。

「砦を落とし、幹部を屠り、魔族の領域に踏み込んだ愚か者ども」

笑ってはいない。


だが、嘲りははっきりと滲んでいた。


視線が、ノーザだけに向けられる。

「だが――ノーザン・クレイン」

その名を、もう一度だけ呼ぶ。

「貴様は、余には勝てぬ」

断定だった。


予測でも、挑発でもない。

ただの事実を述べるような口調。

ヴィヴィが一歩踏み出しかける。

「ずいぶん偉そうじゃないかい」


だが、ノーザは手で制した。

魔王の視線は、微動だにしない。

「勇者など、幾千と見てきた」


「正義を語る者も、希望を掲げる者も、仲間を信じる者も」


「すべて、余の前で等しく潰れた」


そして、静かに言い放つ。

「貴様も、その一人に過ぎぬ」


空気が、凍りついた。

ノーザは、剣に手をかけた。

だが、まだ抜かない。

視線を逸らさず、ただ一言。

「……言いたいことは、それだけか?」


魔王の口元が、わずかに歪んだ。

初めて、“興味”の色が浮かぶ。

「ほう……」

奈落の王国の奥で、真の戦いが、静かに始まろうとしていた。


静かに一歩前に出たショウコが、魔王を見据えた。

「あなた……ここだけじゃなくて、別の世界にも手を出すつもりですよね?」


その声は震えていなかった。

冷静で、しかし確かな怒りを含んでいる。

玉座の上の存在が、わずかに首を傾げる。

「ほう……」

低く、愉しげな声。


「知っていたか」

ショウコの目が細められる。

「あなたの部下みたいな怪異が言ってました。

“異世界への侵出は始まった”って」



一歩、踏み出す。

「まったく……こっちの世界も怪異狩りで大変なのに、仕事増やさないで下さい」


その言葉に、魔王は初めてはっきりと笑った。

「怪異狩り……か」

穏やかだが、そこに人間的な温度は一切ない。

「面白い言い方だ。

余にとっては、世界など“狩場”に過ぎぬというのに」


玉座から、ゆっくりと立ち上がる。

その瞬間、空間が軋んだ。

「一つの世界を支配して満足する王など、三流よ」


歩み出すたび、床が黒く染まっていく。

「人間は増え続ける。

文明は発展する。

世界は無限に生まれる」


視線がノーザに向けられる。

「ならば、奪うのも無限であって然るべきだろう?」


ノーザの握る剣に、力が込められる。

「貴様らは、余の計画のほんの一部に過ぎぬ」

魔王の声が、玉座の間全体に響く。


「この世界が堕ちれば、次は別の世界」

「別の世界が堕ちれば、さらに別の世界」

「余は、境界を踏み越え、王国を増やし続ける」


そして、淡々と告げる。

「それが、魔王という存在の本質だ」

ニーナが息を呑む。

ヴィヴィが歯を食いしばる。

リーは錫杖を握り直し、サンは静かに構えた。

ショウコは、魔王を睨んだまま一言だけ言う。

「……最悪ですね」


魔王は、愉快そうに肩をすくめた。

「褒め言葉だ」

ノーザが一歩前に出る。

「だったら、ここで終わらせる」

その声は、怒りでも憎しみでもない。

ただ、決意だった。

魔王は、初めて“完全な笑み”を浮かべた。

「来い、ノーザン・クレイン……

余に“終わり”を見せてみせろ」

奈落の王国で、真の最終決戦が、ついに幕を開ける。


凍りついた空間。


ニーナの絶対零度の冷気が玉座の間を覆い尽くす。

床も、柱も、空気さえも凍りついたかのように静止する。


サンが放ったた爆弾矢が、凍結した空間を突き破り、魔王の胸元で爆ぜた。


跳躍術によって高く跳んだ影、同時に迫る。

灼熱の剣


影を纏った四本の腕。

二つの殺意が、魔王を挟撃する。

――だが。


次の瞬間。

凍結は、音もなく砕けた。

爆炎は、魔王の前で“ほどけた”。

拳も、爪も、確かに当たっているはずなのに――。

手応えが、あまりにも薄い。

「ふん……強力だ」


魔王の口から、興味のない吐息が零れた。

まるで、子供の剣戟を評するかのような声。


氷が剥がれ落ちる。

爆炎の煤が消える。

魔王の身体に残ったのは、わずかな裂傷だけだった。



魔王は、傷口を見下ろし、指先でなぞる。

血が、黒く滲む。

だが、その血はすぐに霧のように消えた。

「悪くない」

その言葉は、賞賛ではない。

ただの事実確認だった。


視線が、ゆっくりとノーザに向けられる。

「だが……その程度か?」


ニルヴァーナの刃が光を帯びる。

「セラフィックバースト」

視界が歪み、ノーザの姿が消える。

次の瞬間――

魔王の背後。


刃が、迷いなく振り下ろされた。

「ふむ……中々だ」

振り返ることもなく、魔王は受け止める


「餓鬼道……!」

六道が構えられる。

空間が震えた。

「六道斬り――五ノ型」

刃が、無数に分かれる。

「千手二十八部蓮華王」

数え切れぬ斬撃が、暴風のように魔王を包み込んだ。


斬撃が、雨のように降り注ぐ。

玉座の間が、斬撃の嵐に飲み込まれた。

だが――

嵐が止んだ時。

そこに立っていたのは、変わらぬ魔王の姿だった。

魔力が、黒い膜となって斬撃を弾いている。

その内側には、異様な鎧。

さらにその奥にある肉体は、ほとんど傷ついていない。


魔力。

鎧。

肉体。

三重の防御。


斬撃が、確かに届いているはずなのに――

“深くは届かない”。

魔王が、ゆっくりと歩き出す。

床に落ちた斬撃の痕跡が、音もなく消えていく。


「悪くない」

魔王の声は、淡々としていた。

「だが……」

初めて、はっきりとノーザを見た。

「お前は、“勇者”には届かぬ」


魔王は、ほんの僅かに口角を上げた。

「次は、余の番だ」


魔王が、ゆっくりと手を上げた。

ただ、それだけ。

詠唱もない。

魔法陣もない。

殺意すら、感じられない。

「――退け」


たった一言。

空間が、歪んだ。

次の瞬間――

「……っ!!」

ヴィヴィが、前に出た。

誰よりも早く。

誰よりも強く。

「させるかよ!!」

拳を握りしめ、魔王に踏み込む。


怪力。

灼熱。

闘気。

すべてを乗せた一撃、インフェルノナックル


だが――

魔王は、避けなかった。

拳が、届く。

はずだった。

しかし。


魔王の指先が、わずかに動く。

それだけで――

「……え?」

ヴィヴィの拳が、止まった。


衝撃。

音すら、遅れてやってくる。

「――っ!!」

ヴィヴィの身体が、宙を舞った。

砕ける床。


砦の柱を貫き、壁を突き破り、遥か後方まで吹き飛ばされる。

「ヴィヴィさん!!」

ニーナが叫ぶ。

サンが駆け出そうとする。

だが、魔王は視線すら向けない。

ただ、ノーザを見る。

「理解したか」

声は、静かだった。

「力の“格”というものを」

魔王の足元に、黒い影が広がる。

城そのものが、魔王の存在に怯えているかのように。



ショウコの影が、ざわめいた。

(……この人、ヤバい)


初めて、はっきりとした恐怖。


床の瓦礫の向こう。

ヴィヴィが、かろうじて立ち上がる。

膝が震えている。

口から血が流れている。

それでも――

「……へぇ…やるじゃん……魔王」

笑った。


その瞬間。

ノーザの目が、完全に変わった。

魔王は、確信したように言った。

「これが現実だ、ノーザン・クレイン、

余と貴様らの間にある、“絶対的な差”だ」



そう言い放った魔王の周囲に、黒い光が生まれた。

純粋な“殺意”。


空間が、裂けた。

無数の魔弾の“弾幕”





「人道!!」

ノーザが六道を構え直す


六道斬りニノ型 准胝人道四苦八苦

足運びが変わる。

跳躍でも、疾走でもない。


痛みを避けるために最適化された、異様な歩法。

魔弾が、頬を掠める。


肩を裂く。

地面を穿つ。

だが――当たらない。

ノーザの身体は、弾幕の隙間を縫うように進んでいた。

「回避に徹した型か……」

魔王が、静かに言う。


距離が縮まる。

「今だ――!」

ニルヴァーナと六道を交差させる。

二刀流。


「――喰らえッ!!」

二振りの剣が、同時に振るわれた。

光と業が交錯する。

必殺の一撃。

だが――

「浅い」

魔王の声が、至近距離で響いた。

ノーザの剣は、止まっていた。

魔王の片手。

ただ、それだけ。

ニルヴァーナの刃を、素手で掴んでいる。

六道の刃も、同時に。

血は、流れていない。

「な……っ」


ノーザの瞳が、わずかに揺れた。

魔王は、初めてノーザを正面から見た。

「貴様は、確かに強い、だが――」

魔王の指が、わずかに力を込める。


ギィ……と音を立てて、剣が軋む。

「“勇者”には、なれなかったな」

次の瞬間。


ノーザの身体が、宙を舞った。

ヴィヴィと同じように。

しかし、方向が違う。

吹き飛ばされた先は――

ショウコの影の中。

「……っ!」


ショウコが咄嗟に影を伸ばし、ノーザを受け止める。

床に着地したノーザは、膝をついた。

息が荒い。


血が、口元に滲む。

魔王は、ゆっくりと歩いてくる。

まるで、勝負がすでに終わっているかのように。


魔王の笑みが、わずかに深くなる。

「ノーザン・クレイン……貴様は勇者ではない」

低く、嘲るような声。


ノーザの瞳が、揺れた。

「……何だと」

魔王は、ニルヴァーナに視線を落とす。

「ニルヴァーナを持ってしても、この程度か」


「この剣が……何だって言うんだ!」

ノーザの声が、わずかに荒れる。

魔王は、愉快そうに続けた。

「それがただの剣と思ったか?マヌケめ…

ニルヴァーナは、かつて“賢者”が余を討つために鍛造させた聖剣だ」

空気が、凍る。


ニーナの表情が、変わる。

ショウコも、ヴィヴィも、言葉を失う。

「だが――」

魔王の声は、淡々としていた。

「その剣は、持ち主を得ることなく、世界を彷徨った…余の軍勢から逃げるように」

「そして……貴様は、それを“偶然拾った”に過ぎぬ」

魔王の視線が、ノーザを射抜く。


沈黙。

あまりにも残酷な沈黙。

「選ばれたわけでもない」

「認められたわけでもない」

「ただの拾い物だ」


魔王の言葉は、刃だった。

「つまり――」

「貴様は、勇者ですらない」


ノーザの指が、震える。

ニルヴァーナを握る手に、力が入らない。

剣が、重く感じられる。

かすれた声。

「俺は……」

言葉が、続かない。

魔王は、静かに言った。

「剣に選ばれぬ者が、勇者を名乗るな」


ニルヴァーナと六道を、同時に振りかざすノーザ。

怒りに染まった瞳。

「黙れ……!」

剣が、唸る。

だが――

ニルヴァーナは、沈黙した。

光が、宿らない。

震えもしない。

ただの剣のように、冷たく静止している。

「……な……?」

魔王の口角が、わずかに上がる。

「感情に飲まれたか」

淡々とした声。

「やはり未熟……浅ましい……」

ノーザの胸に、言葉が突き刺さる。

魔王は、さらに続けた。

「訂正しよう」

重く、残酷な宣告。

「貴様は“選ばれなかった”のではない」

一歩、踏み出す魔王。

「“拒否された”のだ」


次の瞬間――

魔王の拳が、閃光のように放たれた。

避ける暇すらない。

直撃。

鈍い音。

ノーザの身体が床に叩きつけられる。

「……ぐ……は……」



肺から、空気が消える。

胸が、潰れたように痛む。

ノーザの視界が、歪む。

(あ……息が……)

(肺が……潰れた……)

(心臓も……止ま……る……)

(マズイ……)


音が、遠ざかる。

仲間の声が、霞む。

ニルヴァーナが、床に転がっている。

まるで、他人の剣のように。

魔王の声だけが、はっきりと響く。

「これが現実だ、ノーザン・クレイン」

「剣に選ばれぬ者が、魔王に挑むなど……」

「滑稽だ」


「ノーザ様!!」

叫び声が、闇を裂いた。


崩れ落ちたノーザの身体を、リーが抱え上げる。

「ノーザ殿……死んではならぬ……!」

血に濡れた鎧。

呼吸は浅く、途切れ途切れ。


ヴィヴィが前に出る。

拳を握り締める。

「好き勝手言いやがって……!」


サンが一歩踏み出す。

「ワイらも諦めへん!!」


ニーナはノーザの方を見つめたまま、静かに言う。

「私達は……死ぬ時も、全員一緒です」


その言葉には、迷いがなかった。



魔王は、鼻で笑う。

「愚かだな」

冷たい声。

「貴様らこそ、自分の身を案じたらどうだ?」

玉座のように、ゆっくりと歩み寄る。

「仲間を見捨てて逃げればよい」

「人間など所詮そんなものだろう?」


次の瞬間、サンが叫んだ。

「ふざけんなや!!」

怒りが、爆発する。

「人間だの何だの関係あらへん!!」


魔王を睨みつける眼。

「ワイとそいつは実の兄弟以上の仲や!!

そいつの為に命を懸けるのに理由があるか!!」

ノーザの方を一瞥し、歯を食いしばる。



ショウコの影が、異様に膨張した。

「――――――ッ!!!!」

人とも獣ともつかぬ咆哮。


それは声ではなく、衝撃だった。

空間そのものが歪み、魔王の間に走る亀裂。

魔族の城壁が、軋む。


ニーナが即座に詠唱を開始する。

「氷よ――凍てつけ!」

絶対零度の氷が魔王を包む。


サンの矢が、雷を纏って飛ぶ。


リーの錫杖が地を打ち、術式が展開する。

「猿田彦跳躍術――極」


仲間の身体能力が、限界を超えて引き上げられる。

ヴィヴィが踏み込む。

煉獄火炎斬り!!

灼熱の剣が、魔王に叩き込まれる。


ショウコの影が魔王の背後に回り込む。

「解体……開始……!」

四本の腕が、同時に振り下ろされる。

――瞬間、確かに魔王の身体が揺れた。


ニーナの目が見開かれる。

(効いている……!?)


だが――

魔王は、ため息をついた。

「………つまらん」


その一言で、空気が凍る。

魔王が、ゆっくりと腕を上げた。

闇が、爆ぜた。

無数の魔力が、暴風のように解き放たれる。

「――――ッ!?」


ニーナの魔法が、霧散する。

サンの矢が、途中で砕け散る。

リーの術が、粉々に崩壊する。

ヴィヴィの身体が、宙を舞った。

ショウコの影が、無理やり引き裂かれる。


床に叩きつけられる仲間達。

一瞬だった。

誰一人、立っていない。

魔王は、ゆっくりと歩き出す。

「力を合わせたつもりか?」

冷酷な声。

「それが、人間の“全力”か?」

倒れ伏す仲間達を見下ろしながら、淡々と言い放つ。

「哀れだ」



倒れ伏す仲間達。

崩れ落ちた城の床に、血と魔力の残滓が散らばっている。

魔王の足音だけが、静かに響いていた。

その中で――

ただ一人、まだ意識を保っている者がいた。

リー。

震える指先で、倒れたノーザに手を伸ばす。

「……ノーザ殿……」


視界が霞む。

肺が焼けるように痛む。

それでも、手だけは離さなかった。

――思い出す。

あの日のことを。

かつて、リーがいた寺。厳しい修行の日々

血の滲む苦行。

倒れ伏した修行仲間。

誰も助けなかった。

誰も疑問を抱かなかった。


リーだけが、口を開いた。

「……これは、間違っている」

冷たい視線が、突き刺さる。

「苦行の先に幸福など無い……」

その瞬間、リーは追放された。

教えを否定した“異端”として。



雨の中、何も持たず、彷徨っていたリーに――

声をかけたのが、ノーザだった。

「大丈夫か?」

リーは答えられなかった。

ただ、黙っていた。

そんなリーに、ノーザは笑った。

「正しいとか、間違いとかじゃないよ」

その笑顔は、妙に眩しかった。

「リーはさ……優しいんだ」

言葉にならなかった。

胸の奥が、焼けるように熱くなった


現実に戻る。

リーの指先が、ノーザの胸に触れる。

「……せめて……傷だけでも……」

かすれた声。


それでも、術式は崩れなかった。

「バーイシャジヤグル……」


光が、広がる。

温かく、穏やかな光。

破壊ではなく、癒しの光。

ノーザの身体に刻まれた傷が、急速に修復されていく。


砕けた骨が、繋がる。

止まりかけた心臓が、再び脈打つ。

肺が、息を取り戻す。

リーの身体が、ゆっくりと崩れ落ちる。

「……あとは……任せ……」


最後の力を使い果たし、意識を手放した。

魔王が、足を止める。

「ほう……」

冷笑。


「まだ、希望を繋ぐか」

その視線の先で――

ノーザの指が、わずかに動いた。


肉体だけは、回復した。

砕けた骨は繋がり、止まりかけた心臓は再び脈を打ち、肺は空気を取り戻した。

しかし――

ノーザの瞳は、開かない。


その頃。

ノーザの意識は、深い闇の中にあった。

光も、音も、重さもない世界。

ただ、無限に広がる虚無。

その中で――

誰かの声が響く。

「ノーザ……」

遠く、しかし確かに。

「ノーザ……!」

この話し読んだ後に過去作、「伝説の勇者の息子は共に生きて老いて死ぬために」の新魔王って話を読んで貰えると、若干笑えるかもしれないです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ