剣と魔法と影
最後の魔族幹部との戦いです
鳥人部隊の報告を受け、数刻と待たずして人類連合軍が強制労働施設へ入城した。
内部に残されていた民間人は全員救助、拠点はそのまま連合軍の管理下へと置かれる。
これにより――
クレインパーティは魔族領で二つ目となる施設解放を達成した事になる。
魔族の前線に、確実な“綻び”が生まれていた。
場面は変わり、魔王軍本陣。
闇に包まれた玉座の間。
報告を聞いた魔王は静かに、しかし明確な怒気を滲ませた。
「またか……あの忌々しい小僧共……」
低く押し殺した声が響く。
「早急に息の根を止めろ」
その命を受けて前へ進み出た三つの影。
「はい、お任せを」
「幹部も残るは私達のみ……ここで仕留めましょう」
「ふふふ……♡」
妖しく歪んだ笑いだけが、闇の中で溶けずに残った。
――魔王軍、最後の牙が動き出す。
補給任務を終え、クレインパーティとの合流予定地点へ向かっていたミネルとアイリーン。
夜風を切りながら静かに飛ぶ空の上――
ふと、ミネルの羽ばたきが乱れた。
「……アイリーン、なんか変な感じしない?」
「Why? ワタシは特に――」
言い終える前だった。
視界が歪む。
風向きが狂う。
空間そのものが揺らいだような錯覚。
「なっ……!? ミネル!」
ミネルの姿が一瞬、空中でぶれた。
そして――
力を失ったように真下へと落下する。
「ミネル!! 落ちてる!何してんの!!」
慌てて急降下するアイリーン。
しかし届かない。
ミネルはまるで見えない手に掴まれたかのように、羽を動かせぬまま森へと叩き落とされた。
ドサァッ!!
地面へ激突した瞬間、周囲の空気が不自然に揺れる。
霧のように現れた三つの影。
「……捕獲完了」
「思ったより抵抗しませんでしたね」
「あはっ♡ 羽もぎ取っちゃえば逃げられないよねぇ?」
意識が朦朧とする中、ミネルの視界に映ったのは――
妖しく笑う魔族三姉妹の姿だった。
森の落下地点――
動けぬミネルを囲む三つの魔族の影。
その視線が、震えながら上空に留まっていたアイリーンへと向けられた。
「そこの鳥人」
氷のように冷たい声。
「ノーザン・クレインに伝えろ」
「我らの砦に来るように……とな」
「あはっ♡ 逃げたらどうなるか、わかるよね?」
捕らえられたミネルの首元に刃が当てられる。
アイリーンの喉が詰まる。
「ミネルを……返して……!」
「ふふ……用件は伝えた。あとは貴様の役目だ」
「所詮鳥……逃げ足だけは早いですからね」
嘲笑と共に放たれた魔力の威圧。
それだけで理解した――ここで戦えばミネルは確実に殺される。
「ノ……ノーザ!!!」
叫びと共に、アイリーンは空を裂いて飛び去った。
背後で冷笑が響く。
「行かせてやれ」
「伝令としては十分でしょう」
「あはっ♡ あの勇者、絶対来るよねぇ?」
「所詮……鳥だ」
合流予定地点――
予定時刻を過ぎても現れない補給部隊。
焚火の火だけが揺れていた。
「おかしいなぁ……ミネルちゃん達遅ない?」
「……アンパン、楽しみなんですけど……」
静かな違和感が漂う中――
バサッ!!
荒れた羽音と共に空から落ちる影。
「ノーザーーー!!! 助けて……!!」
息を切らし、涙目で転がり込むアイリーン。
ただならぬ様子に一同が立ち上がる。
「ミネルが……捕まったの……!」
震える声で語られたのは、魔族による襲撃と拉致、そして――
勇者への呼び出し。
夜の魔族領を裂くように黒き影が駆ける。
ラヴズの四肢が大地を抉り、風すら置き去りにする速度で疾走していた。
その背で、ノーザは一言も発さない。ただ前だけを睨みつけている。
道中、現れた魔物が咆哮を上げるより早く――
踏み砕かれ、吹き飛ばされ、視界から消えた。
ラヴズは止まらない。
怒りを乗せたまま一直線に闇を駆け抜ける。
やがて視界に現れたのは――
魔王城への進軍を阻むように築かれた巨大な牙城。
黒い魔力が壁面を覆い、まるで生き物のように脈打っている。
静かに地へ降り立つノーザ。
その足元――影がゆらりと揺れた。
「シャドウダイブ」
地面に落ちた影から、音もなくショウコが現れる。
さらにその影が広がり、波紋のように揺れると――
すっ……と別の人影が浮かび上がった。
「ミネルさんが心配です……急ぎましょう」
ニーナの姿が影から完全に抜け出す。
続いてリー、サン、ヴィヴィの気配も同様に影から実体化。
影を“通路”のように使って全員を一瞬で集結させるショウコ。
まさに奇異で、そして頼もしい力だった。
砦を見上げるノーザの目に迷いは無い。
奪わせない。
殺させない。
助ける――必ず。
黒き砦の門前、空気が張り詰める。
閉ざされた扉の奥から、確かに“弱い命の気配”が漂っていた。
僅かに目を閉じたリーが、錫杖を握りしめる。
「……捕らえた……無事に生きている」
その言葉を聞いた瞬間、ノーザの視線から迷いが消える。
低く、短く。
「行くぞ……」
次の瞬間――
ヴィヴィの怪力が門を捻じ曲げ、金属が悲鳴を上げながら内側へと吹き飛んだ。
砦内部へ突入した瞬間、待ち構えていたのは数十を超える魔族兵の包囲。
槍、斧、牙を剥き、一斉に襲いかかろうとしたその刹那。
ノーザの口が静かに動く。
それはノーザが習得した魔王戦の切り札、
ノーザの持つ最強の魔法
「タケミカズチ」
――轟雷。
天井を貫いて落ちた白雷が、床を這い、兵の身体を焼き裂いた。
悲鳴すらまともに上がらない。
痙攣し、焦げ、崩れ落ちていく。
立ち止まらない。
「タケミカズチ」
通路を塞ぐ魔族兵の列が、光に飲まれ消える。
さらに奥へ。
「タケミカズチ」
「タケミカズチ」
「タケミカズチ」
逃げ場など存在しない。
砦そのものが雷牢と化し、侵入者ではなく魔族側が狩られていた。
焼け焦げた匂いと、崩れ落ちる鎧の音だけが静かに残る。
怒れる勇者の進軍を、止められる者は――まだいない。
雷鳴の残響が通路にこびりつく中、なお歩みを止めぬ背中。
その姿を見つめながら、胸の奥に灯る感情を噛みしめる。
(ノーザ様……怒ってる……でも……)
かつて、仲間を失ったあの日に見せた激情とは違う。
暴走ではない。
狂気でもない。
怒りを抱いたまま、それすら制御し、前へと進む理性。
(冷静で……でも熱い……自分を見失っていない……)
恐ろしいほどの力を振るいながらも、剣のように澄んだ精神。
それは破壊ではなく、“守るための怒り”。
――やはり、この人は勇者なのだと、誰より近くで確信していた。
雷の焦げ跡と瓦礫の粉塵が立ち込める砦の最深部。
崩れ落ちた門を越えた先に――鎖で拘束されたミネルの姿。
駆け寄ろうとした足が、目前の魔族によって遮られる。
「来たか……魔王様に仇なす愚か者ども」
鎖に繋がれたまま項垂れていたミネルが、かすかに顔を上げた。
「ノーザ……!」
剣を抜き、静かに間合いを測る。
「この距離なら……お前を一瞬で斬れる」
不敵に笑う魔族。
次の瞬間――
ミシッ……
足元に広がる亀裂。
「!?」
床が音もなく崩れ落ちた。
「落とし穴!?」
視界が反転し、三人の身体が奈落へと吸い込まれる。
「くっ……!」
咄嗟に鎖を掴もうとした手は空を切り、闇の底へ落下していった。
上から響く声。
「皆!あーし達に構うな!ミネルを助けろ!」
轟音と共に床は閉じ、静寂だけが残る。
残されたノーザ達の前で、魔族はゆっくりと嗤った。
「分断成功だ……ここからが本番だぞ、勇者」
崩れた床の下、光の届かぬ石造りの空間。
三人の身体が闇の底へと叩き落とされる。
空中で身体を捻った影が一つ、真っ先に地面を捉えた。
「……こっの!!」
衝撃を殺しながら足から着地し、そのまま両腕を広げる。
落ちてくる二人の身体を抱き止め、強引に地面へ滑り込ませた。
「ぐっ……ヴィヴィさん……」
「ありがとうございます……」
土煙が舞い上がり、静寂が戻る。
薄暗い地下空間。
囲むように設置された魔族の燭台だけが、不気味に揺れていた。
そして――
パチ……パチ……パチ……
奥の闇から響く、ゆっくりとした拍手。
「見事だな、人間にしては」
高い位置から見下ろすような声。
「生存確認。想定通り三名」
冷たく、感情の無い声。
「あはっ♡ ちゃんと落ちて来たぁ〜」
幼い声色に混ざる狂気。
燭台の炎が一斉に揺れ、三つの影が浮かび上がる。
ゆらり、と現れたのは魔族の女が三人。
一人は王のような威圧を纏い。
一人は静かな観察者の眼差しで。
一人は楽しげに首を傾げながら笑っていた。
逃げ場の無い地下空間で、三人は“最後の幹部”と対面した。
揺れる燭台の炎が、地下空間の奥を照らし出す。
そこに並ぶ三つの気配。
美しい輪郭、整った顔立ち――しかし放たれる空気は明確な“捕食者”。
真ん中に立つ女が、ゆっくりと顎を上げた。
「よくぞ辿り着いたな……褒めてやろう」
口元に浮かぶのは、慈愛ではなく支配者の笑み。
「我が名はヴァルミリア。魔王軍三姉妹が長にして、断罪を司る者」
細く長い指で三人をなぞるように見下ろす。
「愚かな人間どもよ……我が前に膝を折る栄誉を与えてやろう」
その左右で、もう一人の女が静かに眼鏡を整えた。
「第二幹部、エルシェラ」
感情の起伏を一切含まぬ声。
「戦力値、観測完了。抵抗率は平均以下。捕獲後、順次解析へ移行します」
まるで家畜を見る研究者の目。
最後に、燭台の影から小柄な少女がぴょこんと身を乗り出す。
「ミュゼリアだよぉ♡」
無邪気な笑顔。
だが瞳の奥は壊れた玩具を眺める子供そのものだった。
「ねぇねぇ〜? 人間ってさぁ、まだ自分が助かるって思ってる顔するよね?」
くすくすと笑いながら首を傾げる。
「安心して? ちゃんと順番に壊してあげるから♡」
三人の周囲の空気が凍り付く。
逃げ場は無い。
ここは次元の違う捕食者の狩場だった。
轟音と共に放たれた灼熱の塊が地下空間を染め上げた。
ニーナの詠唱から生まれたそれは、通常なら魔族の大隊すら焼き払う規模の火球。
一直線に三姉妹の長へと迫る――
しかし。
「ぬるい」
掲げられた白い手が、火球に触れた。
次の瞬間、爆炎は霧散し、弾かれた衝撃が逆流する。
熱量を完全に“押し返された”。
「その程度で我に牙を向けたつもりか、人間」
地面を抉りながら火球は天井へと弾き飛ばされ、石壁が赤熱した。
間髪入れず飛び出した影。
床を蹴り砕いた勢いのまま、紅蓮の刃が横薙ぎに奔る。
ヴィヴィの怪力と炎属性が重なった必殺の一撃――煉獄火炎斬り。
だが、その進路に無数の氷結紋が展開した。
「属性干渉、完了」
静かな宣告と共に、極低温の魔力が炎を包み込む。
灼熱と氷がぶつかり合い、相殺と同時に蒸気爆発が起きた。
「力任せ。理論性ゼロ。非効率ですね」
冷ややかな視線の奥で、エルシェラの魔力がまだ揺らめいている。
視界を塞ぐ蒸気の中、さらに上空から巨大な影が落ちる。
棚、瓦礫、鉄片――
周囲の物体が見えぬ力で一斉に持ち上げられ、魔族側へ叩きつけられた。
ショウコのポルターガイスト。
重力を伴った質量攻撃が三姉妹へ襲いかかる――
「きゃはっ♡」
軽やかな笑い声。
桃色の霧が空間に広がった。
棚が触れた瞬間、音もなく腐食し、溶解する。
鉄も木も区別なく崩れ落ち、床に毒液の跡を残した。
「物投げてくるとか古典的〜♡」
指先から滴る毒を揺らしながら、ミュゼリアが楽しそうに笑う。
「ちゃんと溶けるか試しただけなのに……壊れちゃった♡」
三人の攻撃は、あまりにも容易く無力化された。
それでも三姉妹の表情は変わらない。
余裕と嗜虐、そして明確な“格の違い”だけがそこにあった。
「では、こちらから参ります」
空気が凍りついた。
指先を軽く持ち上げただけで、エルシェラの周囲に魔法陣が幾重にも展開される。
次の瞬間、圧縮された氷槍が無数に生成され、一斉に放たれた。
「速――っ!?」
避けたはずの軌道が曲がる。
魔力誘導で追尾する氷槍がニーナの肩と脇腹を掠め、衣服ごと凍り付かせた。
「熱源を封じます。行動制限、優先」
冷たい衝撃が体温を奪い、膝が揺れる。
その隙。
「遅い」
地を踏み砕いた長女の姿が消えた。
爆発的な脚力で距離を詰めたヴァルミリアの拳がヴィヴィの腹部へ突き刺さる。
鈍い衝撃音と共に身体が吹き飛び、壁に叩きつけられた。
「ぐっ……!」
骨は折れていない。
だが内臓を揺らす圧倒的な打撃に呼吸が止まる。
「その怪力、我に届くと思ったか?」
踏み込み、追撃の蹴り。
床を転がるヴィヴィの背に衝撃が走った。
視界の端で揺れる影。
「次はお前♡」
ミュゼリアが笑う。
足元から立ち上る紫の霧。
毒が空間そのものを侵食し、呼吸と同時に体内へ流れ込む。
「……!」
ショウコの動きが一瞬止まった。
「毒は目に見えない方が怖いでしょ〜♡」
肌に触れた部分が痺れる。
だが致命ではない。神経を鈍らせるタイプの遅効毒。
「ほらほら、ちゃんと動いて見せてよ♡」
三方向からの圧力。
ニーナは氷に動きを奪われ、
ヴィヴィは純粋な暴力で押し倒され、
ショウコは毒で感覚を鈍らされる。
三姉妹はまだ本気ですらない。
それでも一方的に蹂躙されていた。
地下空間に広がるのは、絶望に近い力量差だった――。
吹き飛ばされたまま転がったヴィヴィが、床に拳を叩きつけて強引に立ち上がる。
腹を押さえながら、それでも笑った。
「……上等だよ」
痛みよりも闘志が勝つ。
「力比べなら……あーしは絶対負けない!」
踏み込んだ瞬間、床が砕けた。
真正面からヴァルミリアへ突撃。
振り下ろされた拳を受け止める。
衝撃で空気が揺れた。
「ほう……受けるか」
「逃げる気ないんでね!」
押し合い。
筋力と筋力が拮抗し、火花のように魔力が散る。
その背後。
紫の毒霧がさらに広がろうとする。
袖を押さえながらニーナが前へ出た。
「ショウコさん、少しだけ時間を!」
深く息を吸う。
風魔法 ウィンド・イクスパルス
圧縮された暴風が放たれた。
毒霧が逆流し、ミュゼリアへ押し返される。
「えぇ〜♡ やだぁ」
風に煽られた毒が拡散しきれず、空間が一瞬クリアになる。
その刹那。
影が滑った。
「……行きます」
足元から伸びた影へ身体を沈め、次の瞬間にはニーナの真横に現れる。
凍り付いた肩を抱え込む。
「失礼します」
影が絡み、氷を内側から砕いた。
「ありがとう……ございます……」
呼吸を整えながら立ち上がるニーナ。
その間にも、前線では激しい打撃戦が続いていた。
ヴァルミリアの拳を弾き返し、
ヴィヴィの肘打ちが頬を掠める。
「力だけは認めてやろう」
「光栄だよ!」
押されながらも崩れない。
完全な劣勢ではない。
三人は確かに食らいついていた。
絶望の中でも、連携だけは崩れていない――。
押し返してはいるが、余裕はない。
ヴィヴィの額を汗が伝い、息が荒くなる。
「ぐっ……でも……これはちょっとマズイかもね……!」
三姉妹の笑いが重なった。
「所詮人間の限界か」
「耐久値の低さは想定通り」
「あはっ♡ もう壊れちゃうの?」
歯を噛み締めながらニーナが二人へ歩み寄る。
視線だけで周囲を警戒しながら、素早く囁いた。
「……少し賭けになります。でも、この三人なら通じます」
真剣な眼差し。
「ショウコさんが囮、ヴィヴィさんが……殴らせて下さい」
一瞬だけ息を呑んだヴィヴィが、すぐに頷く。
「……なるほどね」
影を見下ろした少女も静かに答える。
「やってみます……」
直後、空気が変わった。
四本腕となった影憑きの姿が、地面を蹴り飛ばすように突撃する。
守りを完全に捨てた一直線の肉弾戦。
その背後。
紅蓮を纏ったヴィヴィが火炎斬りの構えで追う。
ヴァルミリアが鼻で笑った。
「血迷ったか……単調な突撃など」
拳に魔力を集中させ、全力で振り抜く。
標的は正面の少女――
だが、その瞬間。
「……シャドウダイブ」
影が溶けた。
姿が掻き消えた反動で、拳の行き場が逸れる。
渾身の一撃が叩き込まれたのは――
背後で笑っていた三女の胸元だった。
「え……?」
鈍い衝撃音。
ミュゼリアの身体が吹き飛んだ。
拳に叩き飛ばされた三女の身体が床を転がる。
華奢なドレスが血で滲んだ。
悲鳴のような叫びが響いた。
「ミュ……ミュゼリアァァァ!!」
揺れる視界の中で、潤んだ瞳が姉を見上げる。
「お姉ちゃん……?なんで……殴った……の?」
一瞬だけ、空気が凍りついた。
崩れかけていた体勢のまま、銀の瞳が静かに細められる。
長女の怒りとは対照的に、次女の思考が高速で巡る。
「今の挙動……」
視線が床、壁、光の角度へと滑った。
(背後から炎の光……影を前面に誘導……姉さまの眼前でミュゼリア瞬間移動をさせた……“影の入れ替わり”……!?)
そして理解が確信へ変わる
激情に飲まれた長女が牙を剥いた。
「貴様らァァァ!!!」
次女も初めて感情を露わにする。
「よくも……ミュゼリアを……!」
激情に歪んだ瞳が鋭く細められる。
「貴女達だけは……!よくも妹を!!」
次の瞬間、空気が凍りつく。
無数の氷刃が生まれ、一点――ショウコへと放たれた。
鋭い音と共に確かに直撃した。
だが。
砕けたのは肉でも骨でもなく、霧のように散る“影”。
「……!?」
手応えは無い。感触すら無い。
空振りした刃が床へ突き刺さる。
その直後、背後でも横でもない位置から静かな声が落ちた。
「それは私じゃありません……私に擬態した影です。ちなみに……私以外は触れませんので」
気付いた瞬間にはもう遅い。
灼熱の気配が真横から爆ぜる。
「冷静さを失ったのが……ダメでしたね」
ニーナのゼロ距離から放たれた炎が次女を飲み込んだ。
「ぐあぁぁぁぁぁ!!」
氷が溶け、魔力が乱れ、体勢が崩れ落ちる。
完璧だったはずの三姉妹の連携は、わずかな感情の揺れで完全に破綻していた。
二人の妹が倒れ伏した光景を前に、理性は完全に崩壊した。
「うわああああああああぁぁぁぁ!!!」
咆哮と共に地面を砕きながら突進する女王。
その姿を見つめたまま、赤髪の女戦士は小さく息を吐いた。
「……この戦い方は……あまりノーザには見せたく無いね……」
右拳に灼熱が渦を巻く。
圧縮された炎と怪力が螺旋を描きながら収束する。
――インフェルノナックル・コークスクリューブロ
迎え撃つように踏み込み、一撃を解き放つ。
灼熱の螺旋は怒りに身を任せた長女の腹部へ深々と突き刺さった。
「が……ッ!?」
衝撃と同時に内部から爆ぜる炎。
弾けた火柱が砦の一角を一瞬で焼き尽くす。
視界を覆う業火。
熱風が吹き荒れ、石壁すら赤く染め上げる。
崩れ落ちる巨躯。
もはや再生も、防御も、威厳も無い。
最後に残ったのは焼け焦げた骸だけだった。
炎の揺らぎの向こうで、静かに息を整える三人。
誰も言葉を発さない。
勝利ではなく、“終わらせた”という沈黙だけがそこにあった。
黒い影が足元から伸び、三人の身体を包み込む。
次の瞬間――
床の抜けた穴の縁に、音も無く立っていた。
既にその場には救出を終えた三人の姿。
拘束されていたミネルはノーザの背に守られている。
振り向いたノーザの表情が緩む。
「三人共……無事か?」
服の焦げや裂け目を払いながら、小さく頷くニーナ
「はい……この通りです」
肩を回しながら笑うヴィヴィ
「ちょっと喰らったけど問題無いよ!」
ショウコは胸元を押さえながら息を整え、静かに目を伏せた。
「……ニーナさんの作戦……帰ったら参考になりそうです……」
その言葉に一瞬だけ場の空気が和らぐ。
抱き起こされたミネルが涙目で飛びついた。
「みんな……ありがとう……!」
砦の奥に残る魔族の気配は、もはや無い。
三姉妹――討伐完了。
魔王軍最後の幹部は、ここに潰えた。
静まり返った砦の中、六人は確かな終わりを踏みしめる。
そしてその先に待つのは――魔王。
次なる戦いへ、物語は進む。
最終回の話し書き終わったんですけど、気になる部分や細かい言い回し部分の手直しでちょっと空きそうです




