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現世で怪異狩りをしていた私がノウハウを活かして勇者パーティの切り札になる

タイトルはショウコの今の状況

ノーザたちが魔族領へと進出してから、十日が経っていた。


――魔族領、クレインパーティ野営地

夜明け前。


魔族領特有の赤黒い地面に、慎重に設営された簡易野営地。


焚き火は低く、見張りは二重。

戦地の作法が、すでに身体に染み付いていた。

そこへ、軽やかな足音。


「ノーザ〜」

振り返ると、補給係のミネルが小走りで近づいてくる。


背負っているのは、見慣れた補給袋。

「ミネル、補給ありがとう。助かる」

「うん、いつも通りだよ……あ、それと」

ミネルは補給袋を下ろしたあと、

もう一つ、小さめの鞄を差し出した。

「サウスダムの倉庫宛に、手紙がすっごく届いててさ。どうせ魔族領まで行くならって、全部持って来たよ!」


「……手紙?」

鞄の中から、丁寧に束ねられた封書の山が現れる。

封蝋も、紙質も、国ごとに違う。


「道中の国々からだと思う。

 ほら、ノーザたちが通ってきたところ」


一瞬、場の空気が緩んだ。

「読む?」

「……ありがたく」

焚き火のそばに腰を下ろし、

ノーザは一通目を手に取る。

差出人の名を見て、わずかに目を細めた。




手紙

拝啓

ノーザン・クレイン殿

ならびにパーティの皆へ

貴殿らが魔族領へと進出したと聞いた。

かつて刃を交えた身として、

その歩みを、今はただ誇らしく思っている。

私もまた現在、

貴殿らの辿った道をなぞるように旅を続けている。

道中で立ち寄った国々では、

どこへ行っても、貴殿らへの感謝の言葉が溢れていた。

それらを耳にするたび、

胸が熱くなるのを感じている。

必ずや追いつき、

そして次は――私が、貴殿らの力となれるように。


敬具

カーミラ



焚き火が、ぱちりと音を立てる。

「カーミラの奴……元気そうだね」

「追ってきてるってことは、無事なんでしょう」

「道を使ってくれてるなら、それでいい」

淡々と、だがどこか安堵したように言う。

ミネルは、少し笑って鞄を閉じた。

「まだあるよ。

 国の数だけ、似たような手紙」

「後で、皆で読もう」

「うん」


焚き火の明かりの中、

ノーザは次の封書を手に取った。

紙は分厚く、折り目は正確。

軍人の癖が、そのまま文字に滲んでいる。




手紙

拝啓

ノーザン・クレイン殿

貴官らが魔族領へ進出されたと聞き及んだ。

やはり貴官らは、

表向きの階級や評価に収まる存在ではなかったようだ。

今なお、初対面の折に我々が示した無礼を、

改めて詫びたい。

ラークナイツは現在、

再編と訓練を終え、魔王討伐の旅を再開した。

願わくば、次に相まみえる時は、

同じ戦場に立ち、

肩を並べて人類のために剣を振るえることを望む。

貴官らの武運を祈る。


敬具

ラークナイツ一同

代表 アルベルト




読み終えたあと、

ノーザはしばらく黙っていた。

焚き火の音と、遠くで風が鳴る音だけが続く。

「……最初は、有象無象とか言われてたよね」


「軍の人たちだし。

 民間人優先なんて、気に入らなかったんでしょう」


「仕方ない。

 あの時は、こちらも説明する余裕がなかった」


責める調子は、どこにもない。

「でも、ちゃんと立て直したんだ」

「訓練を終えた、って書いてあります」

「再編、か……」

短く息を吐く。


「生き残った人たちが、

 次に繋げたってことだね」


それだけ言って、手紙を丁寧に畳んだ。

「評価とか、階級とか……」

「今も、よく分かりませんね」

「分からなくていい。

 守る人が分かってれば、それで足りる」


誰かに言い聞かせるでもなく、

ただ事実として。

焚き火の向こうで、

影が静かに揺れた。

「……色んな人が、歩き出してる」

「道は、続いてますから」

「うん。

 それなら、急ぐ理由はない」


手紙の束を見て、

ノーザは静かに言った。

「ちゃんと、繋がってる」

戦場の真ん中で、

それだけを確かめるように。


焚き火のそばで、

ノーザは次の封書を手に取った。

差出人を見た瞬間、


一瞬だけ、動きが止まる。

「次は……」

言葉が、少しだけ詰まった。

「……スミからか」


隣で、それを聞いた気配が静かに揺れる。

「……スミさん……」



紙は柔らかく、

何度も折り直された跡があった。





手紙

ノーザへ

ノーザが村を出てから、もう三年が経ちました。

村のみんなは元気です。

道中での活躍が新聞に載るたび、

村ではちょっとしたお祭りみたいになります。

「うちのノーザだ」って、

知らない人にまで自慢してる人もいます。

……うまく言えないけど。

どうか、生きて帰ってきてください。

魔王がいる世界より、

ノーザがいない世界のほうが、私は嫌です。

一緒に戦うことはできないけれど、

ここから、ちゃんと応援しています。

気を付けて。

スミ




読み終えたあと、

ノーザはすぐに言葉を返さなかった。

焚き火が、静かに揺れる。


「……変わらないね」

それが誰に向けた言葉なのかは、分からない。

「村は……」

「無事そうですね」

「それなら、よかった」


手紙を丁寧に畳み、

他のものと同じように束ねる。

特別扱いはしない。

だが、扱いは雑じゃない。


「帰る場所があるって、強いですね」

「……うん」

短く、それだけ答えた。

誰も、それ以上は踏み込まなかった。

焚き火の向こうで、

夜明け前の空が、わずかに色を変え始めていた。


手紙を束ねた直後、ヴィヴィが

張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩んだ。

「……ノーザ」


声の調子が、明らかに違う。

「今の手紙の人。スミって、誰?」

「幼馴染だよ!!」


即答だった。

「へえ〜」

からかうような間。

「いや〜、モテる男は大変やな〜」

「変な言い方しないでくれ」

「新聞に載るたび祭りやってくれる幼馴染かぁ。

 なかなかおらんで?」


焚き火の向こうで、

少しだけ肩をすくめる影。

「……ふふ。

 漫画みたい……」


「どんな感想だよ」


「幼馴染からの手紙。定番の構図」


「定番で悪かったな」

そう言いながらも、

声の調子はどこか柔らかい。


「大丈夫ですよ」

落ち着いた声が挟まる。

「ノーザが、ちゃんと線を引いてるのは分かりますから」

「……ありがとう」

短く返して、

ノーザは焚き火に小枝をくべた。

ぱちり、と音がして、

話題も一緒に燃えていく。

「さ、休もう。

 明日も進む」

誰も、それ以上は追及しなかった。


進軍と呼ぶには、あまりに静かな歩みだった。

派手な戦果も、大きな勝鬨もない。


あるのは、道中で解放された民間人と、

元の暮らしへ戻るための、ほんの小さな支援だけ。

魔族の拠点を正面から叩くことは、ほとんどない。


危険があれば退き、

守るべきものがあれば立ち止まる。

その判断の積み重ねが、少しずつ“通れる道”を作っていた。


旅の途中、

異世界から来た少女――ニシカワ・ショウコが仲間に加わった。

影を操る異質な力。

戦い慣れた動き。

そして、現代の感覚を残したまま、この世界に立つ存在。

彼女の加入は、戦力としても心強かったが、

それ以上に、旅の空気をわずかに変えていた。

無言の時間が、

以前よりも重くならない。

説明を必要としない場面で、

違う視点が加わる。

それは派手な変化ではない。

だが確かに、前へ進む力になっていた。

こうしてノーザたちは、

目立たぬまま、しかし確実に、

魔王の城へと距離を詰めている。

焦らず。

急がず。

誰かを踏み越えることもなく。

ただ、今日も一日を終えようとしていた。

――その日の終わりに、

誰も予想していなかった“息抜きの場所”が、

彼らを待っているとも知らずに。


前線の森を抜けた先は、緩やかな丘陵地帯だった。

木陰は減り、風は乾いている。

魔族領特有の赤黒い地面が、陽を受けてじわりと熱を持っていた。


行軍は静かだが、身体への負担は確実に溜まっていく。


装備の重さよりも、汗と埃が、じわじわと集中力を削いでいた。

「しかし……森を抜けてからですが……暑いですね……」

額の汗を拭いながら、歩調を落とす。

「丘に出ると、照り返しが強いんだよ」

前を見据えたまま、短く答える。

荷の揺れと、鎧の擦れる音。


その合間に、ぼそりと小さな声が落ちた。



「……どうしよう……お風呂入りたい……」



独り言に近い呟きだったが、耳には届いた。

歩みが、ほんの一拍だけ緩む。

「あ〜、そういう事か。そっか……」


少し間を置いてから、軽い調子で続く。

「あーし達は多少は慣れてるけど、ショウコはキツいか」


「流石に、二日以上は無理です……」

正直な声だった。


言い訳も、誇張もない。

冒険者の旅では、風呂に入れない日など珍しくない。


川で身体を流すことはできても、

埃と汗を完全に落とすには足りない。

慣れてしまえば、どうということはない。

だが“慣れ”そのものが、旅の一部なのだ。


「水場があれば、まだマシなんですけど……」

周囲を見回しながら、ため息が混じる。

「贅沢は言えないけど、無理はさせたくないな」

淡々とした声に、判断の重みが滲む。

丘を越えると、地形はさらに開けた。



乾いた空気の中で、

どこからともなく、微かな湿り気が流れてくる。

ノーザが気づく

「……今、変な匂いしなかった?」

風が、もう一度吹く。


乾ききっていない、温い空気。

「……気のせい、じゃないですね」

視線が、自然と同じ方向へ向いた。


風向きが、はっきりと変わった。

乾ききっていたはずの空気に、

わずかな湿り気が混じる。

熱を帯びた丘陵地帯の中で、

その違いは、歩き慣れた者ほど敏感に感じ取れた。

ノーザは、足を止めた。

戦場の気配ではない。

魔族のものでもない。


もっと、生活に近い匂い。

「……この辺り、地熱があるのかもしれない」


呟くように言いながら、周囲を見渡す。

岩肌の割れ目。

地面に浮かぶ、かすかな白。

だが、確信には足りない。

丘陵は起伏が多く、地上からでは視界も限られる。

ノーザは、一度だけ考え込み、

そして短く息を吐いた。


「申し訳ないけど……呼ぶか……」

少し間を置いて、空に向かって声を張る。

「ミネルー!!」



数拍遅れて、

空から軽やかな返事が降ってきた。


「はーい」

次の瞬間、

風を切る音と共に、小さな影が舞い降りる。

補給担当のミネルだった。


「どうしたの?何かあった?」

ノーザは指で、さきほど感じた方向を示す。

「この近くに、温泉があるみたいなんだ……」

少しだけ言いにくそうに続ける。

「お願い、空から探してもらえる?」

一瞬、きょとんとしたあと、

ミネルはすぐに頷いた。


「わかった!ちょっと待ってて!」

そう言い残すと、

軽やかに跳ね、再び空へと舞い上がる。


その背中を見送りながら、ショウコが小さく呟いた。

「……本当に、探すんだ……」

「無理は、続ける方が危険だからね」

ノーザは、当たり前のように言った。


冒険者にとって、

休息は贅沢ではない。

次の一日を生き延びるための、必要条件だ。

丘陵の上を、

ミネルの影が小さく旋回する。

やがて――

空から、弾んだ声が降ってきた。

「見つけたー!!」

その一言で、

場の空気が一気に変わった。


「岩場の向こう!湯気出てるよ!しかも、

結構ちゃんとしてる!」


誰かが、息を呑む。

誰かが、思わず笑った。

「……本当に、あったんだ」

魔族領のど真ん中。

戦場の延長線。

それでも、

湯は湧き、

人を待っていた。

ノーザは、進行方向を少しだけ変える。


岩場を回り込んだ先で、

空気がはっきりと変わった。

乾いた熱気の中に、

柔らかな湿り気が混じる。

鼻先をくすぐるのは、硫黄の匂い――だが強すぎない。


不快さよりも、先に「水」を感じさせる匂いだった。


地面の割れ目から、

白い湯気が静かに立ち上っている。

魔族領の荒々しい地形の中で、

そこだけが不思議なほど落ち着いた表情をしていた。


湯は澄んでいる。

赤黒い土に濁されることもなく、

岩肌に沿って、ゆるやかに溜まっていた。

「……コイツは驚いたな〜」

サンが、思わず感心したように声を漏らす。

「まさか……魔族領にも、こんな場所があるんだね……」


ヴィヴィは半信半疑のまま、周囲を見渡していた。

ノーザは、少し距離を取って辺りを確認する。

魔族の気配は無い。

監視の痕跡も無い。


ここは、ただの地熱地帯――

人の手が入らなかったがゆえに、そのまま残っていた場所だった。

広さも、丁度いい。

全員が浸かっても窮屈にならず、

それでいて、無駄に開けすぎてもいない。

その様子を見ながら、

ショウコが岩場に近づいた。

しゃがみ込み、

慎重に、指先だけを湯へと浸す。

「……ちょっとだけ、熱め……」

一拍置いて、素直な感想が続く。

「……でも、丁度いい……」

その一言で、

場の空気が、ふっと緩んだ。

魔族領のど真ん中で、

こんな“当たり前の贅沢”に出会うとは、

誰も想像していなかった。

偶然。

僥倖。

それ以上でも、それ以下でもない。



だが――

無理に進まず、

立ち止まる判断を重ねてきたからこそ、

辿り着けた場所でもあった。

湯気の向こうで、

それぞれの表情が、少しずつ和らいでいく。

――今日は、ここで休める。

その事実だけで、十分だった。


湯気の立つ岩場を前に、しばし全員が立ち止まっていた。

緊張が解けたからか、それとも湯の気配に気持ちが先走ったのか。


一瞬、空気が妙な方向へ傾く。

ノーザが一度、全体を見回す。

「じゃあ……せっかく見つけたわけだし、今日はここで休もう」


その言葉を待っていたかのように、

ニーナが一歩前に出た。

「早速入りましょう!私とノーザ様は一緒で!後の四人は適当にお願いします!」

勢いだけは、やけに良かった。


一拍。

「……いや、しないよ!?」

ノーザは即座に否定する。


「女子は女子組で入って!?それが普通だから!?」

「……っ」

ニーナは一瞬だけ言葉に詰まり、

何事もなかったように咳払いをした。


「……冗談です。

 では、女子三人で先に入ります」

どこまでが冗談だったのかは、

誰も深く追及しなかった。


自然な流れで、

女子三人が岩場の奥へ向かう。

ノーザは少し距離を取り、

サンとリーに目配せした。

「俺たちは離れて見張りだ。

 魔族の気配が無いとはいえ、念のため」


「行意」

「おう」


背を向ける三人を見て、

ヴィヴィが足を止めて振り返る。

「覗くなよ!お前に言ってんだよ、サン!」

指差しまで付けて、念押しする。

「なんでやねん!」


即座に返す声が、少しだけ大きい。

「この中で覗くとしたらお前なんだよ!」

「失礼にもほどがあるわ!」


そんなやり取りを背に、

女子三人は湯気の向こうへ消えていく。

岩と岩に遮られ、

視線は完全に分断されていた。

ノーザは、深く息を吐く。

「……平和だな」


見張りに立ちながら、

三人は空を仰いだ。

魔族領の夜空は、

相変わらず不気味な色をしている。

それでも――

今だけは、湯気と静けさが、その緊張を和らげていた。


岩に囲まれた湯の縁で、

女子三人は自然と歩調を揃えた。

湯気が視界を柔らかく遮り、

外の音は、ほとんど届かない。

魔族領だということを、

ほんの一瞬だけ忘れさせる空間だった。

先に湯へ足を入れたニーナが、

思わず声を漏らす。

「わ……ショウコさん、お肌……真っ白……」

感嘆というより、

素直な驚きに近い調子だった。

「だね……」

何気なく相槌を打ったヴィヴィが、

一拍遅れて気付く。

「……って、ショウコ?どした?」

ショウコは、その場で固まっていた。

視線は逸らしている。

だが、明らかに動きが止まっている。

(でっ…………か)

内心の声は、

そこで途切れた。

それ以上続けるには、

言葉が追いつかなかったのだろう。

「……あ、いや」

ショウコは小さく咳払いをして、

何事もなかったように足を進める。

湯に浸かった瞬間、肩まで、すとんと沈む。

「……はぁ……」


思わず、息が抜けた。

張り詰めていたものが、

音を立てずにほどけていく。

ヴィヴィも隣に入り、

岩に背を預ける。

「いや〜……これは……」


目を閉じて、短く続ける。

「……反則だね」

ニーナは最後に湯へ入り、

三人並んで腰を落ち着けた。

湯は少し熱めだが、

すぐに慣れる。

身体の芯まで温まる感覚が、

ゆっくりと広がっていく。

「……魔族領で、こんな時間があるなんて」

ニーナが、ぽつりと呟いた。

ショウコは湯気越しに頷く。

「正直……想像してなかったです」

「だよね」

ヴィヴィが笑う。

「でも、悪くない」

湯気の向こうで、

三人の距離が、自然と縮まっていく。

ここから先は、

戦場の話でも、

使命の話でもない。


湯に浸かってしばらくしてから、

ようやく呼吸が落ち着いてきた。

湯気に包まれた岩場で、

ショウコは小さく息を吐く。

「……ふぅ……」

それにつられるように、

隣から力の抜けきった声が漏れた。

「あへぇ……♡」


一瞬、間が空く。

「……ニーナ、声汚い」

ヴィヴィが即座に突っ込む。


「……あ、すいません」

何事もなかったように姿勢を正す。

ショウコは、そのやり取りを横目で見て、

少しだけ口元を緩めた。

湯に浸かりながら、ふと気になっていたことを口にする。


「ニーナさんとヴィヴィさん……」

一拍置いて、続ける。


「なんだかんだ、仲良いんですね……」

予想外だったのか、ヴィヴィが目を瞬かせた。


「……え?」

ニーナは、少し考えるように視線を落とす。


「……それは……まあ……」

湯気の向こうで、

二人の間に、ほんの短い沈黙が流れた。

喧嘩もした。


意見がぶつかったことも、一度や二度ではない。


立場も、考え方も、決して同じではなかった。

それでも今は、同じ人を想い、同じ旅を続けている。

形は少し歪かもしれない。


だが、隠しているわけでも、誤魔化しているわけでもない。

「……長いからね」

ヴィヴィが、肩をすくめるように言った。


「色々あったし、今も普通じゃないけど……」

ニーナはそう前置きしてから、

静かに続ける。


「でも、同じ人を信じてるのは事実ですから」


ショウコは、湯の表面を見つめながら、

その言葉を噛みしめる。

「……なるほど……」

評価も、否定もない。

ただ、受け取っただけの相槌だった。

湯気が揺れ、

三人の距離を、さらに曖昧にしていく。


戦場では語られない話が、

こうして、湯の中で少しずつ零れていく。


湯気の向こうで、

しばらく穏やかな沈黙が続いていた。

その空気を、

唐突に破ったのは、からかうような声だった。

「てかニーナ!ノーザ言ってたぞ!」


湯の中でも分かるくらい、楽しそうな調子だ。

「な、何がですか!?」

反射的に、背筋が伸びる。

「時々、笑い方汚いって!」


少し間を置いて、追い打ち。

「俺がなんかすると、たまに聞こえるって!」

一瞬、

湯音だけが残った。

「……え?」

ニーナの声が、わずかに裏返る。

「あれ……?」

明らかに動揺している。

「ほら、こう……」

肩まで沈みながら、指折り数える。

「デュフ♡とか!んほっ♡とか!」

「……っプ……!」


堪えきれなかったのか、

ショウコが思わず噴き出した。

慌てて口元を押さえるが、肩が震えている。


「う、ウソ……!?」

ニーナの顔が、一気に赤くなる。

「……聞こえてました!?」


湯気の向こうで、

完全に狼狽しているのが分かる。

「たぶん、無意識」

ヴィヴィはあっさり言った。

「心の声、漏れてる感じ」

「そ、そんな……」


両手で頬を押さえ、沈み込む。

「私、そんなつもりじゃ……」

「まあまあ」


くすくすと笑いながら、肩をすくめる。

「可愛いって言えば、可愛いんじゃない?」

「フォローになってません!」


そのやり取りを見ながら、

ショウコは湯の中で小さく息を整えた。

戦場では見せない顔。

張り詰めた日常では出てこない声。


「……なんか」

自然と、口からこぼれる。

「普通の女の人たち、ですね」


一瞬だけ、

二人がきょとんとした。

「今さら?」

「今さらですね」


三人分の笑い声が、

湯気に溶けて消えていく。

ここには、

勇者も、戦士もいない。

ただ、

同じ湯に浸かる仲間がいるだけだった。


赤くなった頬を、湯で誤魔化すようにしながら、

ニーナは一度、深く息を整えた。

そして、わざとらしいほど姿勢を正す。

「……そ、それより……!」


少し強めの声で、視線を向ける。

「ショウコさんは……現世では、どんな生活をしていたんですか?」


露骨な話題転換だったが、

誰も突っ込まなかった。

ショウコは一瞬だけ考えるように湯を見つめ、

それから肩まで沈み直す。


「私は……普通の学生なので……」

言葉を選びながら、ゆっくり続ける。

「こうして、一緒にお風呂に入る人とかは……いませんでしたけど」

「へえ〜」

湯の縁に肘をついて、からかうように身を乗り出す。


「なんだ〜?彼氏とかいないのかぁ?」

悪気のない笑み。

完全に、楽しんでいる顔だった。

「……いません」

即答だった。



少し間を置いて、付け足す。

「男友達なら……いましたけど」

「ほぉ〜」

意味ありげに、声を伸ばす。

ニーナは、思わず前のめりになる。

「お、男友達……ですか……」


なぜか、こちらの方が緊張している。

ショウコは、湯気越しに苦笑した。

「本当に、ただの友達です」

言い切るように、でも柔らかく。

「一緒に帰ったり、話したりするくらいで」

「それ、十分怪しくない?」


ヴィヴィが、即座に突っ込む。

「怪しくないです」

少しだけ、語尾が強くなる。

「……たぶん」

「“たぶん”付いた」

「付いたね」

二人分の視線が、

じわじわと集まる。


ショウコは、湯の中で小さく肩をすくめた。

「……向こうでは、それくらい普通でしたから」

その言葉に、

ニーナとヴィヴィは顔を見合わせる。

「……現世って、自由ですね」

しみじみと呟く。


「ほんと」

頷きながら、湯に顎まで沈む。

「文化違いすぎ」

湯気が、三人の間をふわりと流れる。

違う世界。

違う常識。


それでも、こうして同じ湯に浸かっている。

「……でも」

ショウコは、少しだけ視線を上げた。

「今は……こういうのも、悪くないです」

その一言で、

場の空気が、また少し柔らいだ。


「それなら、よかったです」

「だね」


女子校の放課後みたいな会話が、

魔族領の温泉に、静かに溶けていく。


湯の表面を指先でなぞりながら、

ショウコは少しだけ間を置いた。

言うか迷っている、

そんな空気が伝わる。


「……で……私……」

小さく息を吸ってから、続ける。

「胸が小さいのが、ちょっと悩みで……」

肩をすくめ、正直に。

「……はぁ……二人が、羨ましいです」

一瞬、

湯音だけが残った。

そして――

「……フフ……!」

先に吹き出したのはニーナだった。

「なんだよ、もう!」

ヴィヴィが肩を揺らしながら言う。

「有っても、面倒なだけだよ?こんなの!」

自分の肩口を軽く叩く。

「ヴィヴィさんは、そこまで自慢できるほどでもないですけどね」


にこやかな笑顔のまま、さらっと返す。

「……あぁ!?」

即座に湯を揺らす声。

「なんだこの牛女!」

「……あ!!」


ぴくりと反応する。

「また牛って言いましたね!!」

湯気の中で、

ばしゃり、と小さな水音。

ショウコは一瞬きょとんとしてから、

思わず口元を押さえた。


「……ふっ……」

笑いを堪えきれない。

「……なんですか、その流れ……」

「日常」

「日常だね」

二人は、何事もなかったように言った。

ショウコは湯に顎まで沈みながら、

小さく息を吐く。

「……悩んでたの、ちょっと馬鹿みたいですね」

「そんなことないですよ」

ニーナは、少しだけ声を落とす。

「でも……比べ始めると、キリがないだけです」

「そうそう」

ヴィヴィも頷く。

「気にしてるの、可愛いとは思うけどね」

「……それ、フォローですか?」

「半分」

「半分なんですね」

三人分の笑いが、

湯気に溶けて広がった。


悩みは消えない。

でも、

一人で抱えなくていい。


それだけで、

胸の奥が少し軽くなる。

魔族領の温泉は、

そんなことまで洗い流してくれる気がした。


湯の中で、ひとしきり笑い声が落ち着いた頃。

ニーナは、ふと真面目な表情に戻った。

「それにしても……」

少し迷ってから、続ける。

「ショウコさんって、あんなに強いですよね。

 ショウコさんの世界でも……人類は魔族と戦っているんですか?」


湯気の向こうで、

ショウコはすぐには答えなかった。

指先で水面を揺らしながら、

言葉を選ぶ。

「……いえ」

やがて、静かに首を振る。


「大半の人は、幽霊や魔物なんて……物語の中の存在だと思ってます」


意外そうな沈黙が流れる。

「でも……」

視線を落としたまま、続けた。

「確かに、異形は存在します」


湯の揺らぎが、

その言葉を柔らかく包む。

「ただ……それを知っている人は少なくて……」

少しだけ、声を低くする。

「私みたいな、一部の人間が……自主的に……

密かに、そういう魔物を倒してるんです」


それは、誇るでもなく、

悲観するでもない言い方だった。

事実を、そのまま置いたような声音。


「へぇ……」

ヴィヴィが、湯に顎を預けたまま言う。

「そっちも大変だね。

 自主的ってことは……報酬も無いんだろ?」

「無いです」

即答だった。


「表彰も、感謝も……ほとんど」

「それ、割に合わなくない?」

率直な疑問だった。

ショウコは、少しだけ考えてから、

肩をすくめる。


「……でも、誰かがやらないと……」

湯気の向こうで、視線を上げる。

「普通の人たちが、普通でいられなくなるので」

ニーナは、思わず息を呑んだ。


それは、

勇者の言葉でも、

使命感を誇る言葉でもない。

ただ、

静かに受け入れた役割だった。

「……似てますね」

ニーナが、ぽつりと言う。


「何が?」

ヴィヴィが首を傾げる。

「ノーザ様と」

湯を見つめたまま、続ける。

「誰かに言われたわけじゃないのに、

 やらないといけない事を、やってるところが」

ショウコは、少しだけ目を瞬かせた。

「……そう、ですか」


否定はしなかった。

湯気が、三人の間を静かに流れる。

世界は違う。

戦い方も、敵の姿も違う。

それでも、

選び取った立ち位置だけは、

どこか似ていた。


湯に浸かっていた三人は、

名残惜しそうに身体を起こした。

岩場に腰を下ろし、

夜風に当たると、

温まった肌から、ゆっくりと熱が逃げていく。

さっぱりとした表情で、

振り返りながら声をかける。


「上がったよ!次、入りな!」

少し離れた場所で見張りをしていたノーザが、

短く頷いた。

「わかった」



交代の合図は、それだけで十分だった。

湯気の向こうへ向かう背中を見送りながら、

ショウコは、小さく息を吐く。

「……ふふ」


柔らかく、自然な笑み。

「こっちの世界も……面白いですね……」

それは、

戦いの話でも、

使命の話でもない。

ただ、

同じ湯に浸かり、

同じ時間を過ごしたからこぼれた言葉だった。

魔族領の夜は、相変わらず静かだ。

危険が消えたわけでも、

戦いが終わったわけでもない。


それでも――

ほんのひととき、

異世界から来た者同士の距離は、確かに縮まっていた。

それだけで、

この夜は十分に意味があった。


湯から上がる支度をしながら、

ニーナはふと、隣にいるショウコを見た。

湯気の中で、

落ち着いた仕草。

控えめな距離感。

どこか、懐かしい雰囲気。

「……ショウコさん」

少しだけ、言いにくそうに切り出す。


「?」

「なんだか……」

一拍置いてから、続けた。

「学生時代の私に、似てますね」

「え?」

思わず、きょとんとする。

「……そうですか?」

「はい」

小さく笑って頷く。

「勉強ばかりで、人付き合いも控えめで……」

少しだけ照れたように。

「いわゆる、陰キャでしたから」

「……意外です」

「よく言われます」

肩をすくめる。


ショウコは、少し考えてから、

湯の名残が残る岩場に腰を下ろした。

「……それなら」

控えめに、でもはっきりと。

「私も、変われるかもしれませんね」

ニーナは、驚いたように目を瞬かせ、

それから、穏やかに微笑んだ。

「きっと」

迷いのない声で。

「もう、変わり始めてますよ」

そのやり取りを、

少し離れた場所で聞いていたヴィヴィが、

面倒くさそうに口を挟む。

「はいはい、しんみりするのはそこまで」

手をひらひらさせる。

「次の人、待たせてるんだから」

「……ですね」

「ですね」

三人は、顔を見合わせて笑った。

それ以上の言葉は、必要なかった。

今最終回の話書いてる途中です


ショウコの見た目追加しました

福島ナガト https://www.pixiv.net/users/118222108

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