さらば人類領
今回で人類領は終了です、次回から魔族領へ進行
ウォーカー・リオトロの居城は、もはや魔族の城ではなかった。
クレインパーティと外郭鳥人部隊による制圧ののち、城内に残っていた魔族は徹底的に排除され、抵抗らしい抵抗は最早見られなかった。
その日のうちに人類連合軍の方面隊が入城し、城門には人類側の旗が掲げられた。
厚い城壁。
複数層に分かれた防衛構造。
補給路として転用可能な地下通路。
魔族のために築かれた堅牢な城は、そのまま人類の新たな前線防衛拠点へと姿を変えていった。
城壁に刻まれていた魔族の紋章は削り落とされ、血と不浄の痕跡は洗い流される。
代わりに配置されたのは、各国から集まった連合軍の精鋭達だった。
誰もが理解していた。
これは小さな勝利ではない。
長く膠着していた人類と魔族の均衡が、確かに――ほんの僅かだが、前へと動いた瞬間だった。
防衛線直近での魔族城の奪還。
今回の不浄王討伐。
これら一連の功績は、単なる冒険者の戦果ではない。
戦局そのものに影響を与える「実績」だった。
連合軍の将校達は、報告書の中で何度も同じ名を書き記した。
ノーザン・クレイン。
そして、クレインパーティ。
彼らの働きがなければ、この城は今も魔族の旗を掲げていただろう。
それは誇張でも、英雄譚でもない、ただの事実だった。
人類領最後の前線は、静かに息を整えていた。
そしてその背後で、次なる戦場――魔族領への道が、否応なく開かれつつあった。
ヴァルケンの町が自衛能力を得たことで、人類連合軍には確かな余裕が生まれていた。
かつては奪還しても守り切れず、再び侵攻を許していた町。
今では自警団が常設され、見張り台が整備され、武装した町民が交代で哨戒に立っている。
戦える者が増えた、というより――
守る意志を持つ者が増えた、と言うべき光景だった。
その変化は、前線全体に波及していく。
これまでヴァルケン周辺の防衛に割かれていた連合軍の部隊は、余剰戦力として新たな防衛拠点へと再配置された。
ウォーカーの居城は、その中核として急速に要塞化が進められていく。
城壁の上にはマスケット銃を装備した歩兵が並び、
城門前にはバリスタが設置され、
高所には大砲が据え付けられた。
それらは全て、魔族領との境界線を越えさせないための備えだった。
最新鋭の兵器。
整然と組まれた防衛計画。
連合軍の将校達は、この城を「奪還拠点」ではなく「前進拠点」と呼び始めていた。
一つの町が立ち上がり、
一つの城を手に入れた。
それだけの出来事に過ぎないはずなのに、
戦場の空気は、確実に変わっていた。
人類は、まだ踏み留まっている。
――そして、前を向いている。
その中心に、名を残した者達がいる事を、誰もが理解していた。
数日後。
サウスダム王城、簡素だが格式ある広間。
並ぶのは豪奢な貴族ではなく、連合軍の将校、ギルドの上級職員、そして最前線を知る者達だった。
ここに集まった全員が、ただ一つの事実を理解している。
――均衡は、確かに動いた。
静まり返る中、玉座に座る王がゆっくりと立ち上がった。
その声には王としての責任と、一人の父としての感謝が滲んでいた。
「ノーザン・クレイン殿」
名を呼ばれ、一歩前に出る。
その背後には、長い旅を共にしてきた仲間達が並んでいた。
「貴殿らは、ヴァルケンの救出と復興、
魔族前線拠点の奪還、そして不浄王ウォーカー・リオトロの討伐を成し遂げた」
広間に、わずかなざわめきが走る。
功績の列挙ではない。
戦況が、事実として語られているだけだった。
「防衛線は強化され、人類は初めて“前へ進む足場”を得た。
これは一部隊の戦果ではない。歴史の転換点だ」
王は一度、深く息を吸い――
「よってここに、クレインパーティをAランク冒険者として正式に認定する」
その言葉と同時に、ギルド職員が進み出て、新たな冒険者証を捧げ持つ。
「ノーザン・クレイン
ニーナ・ピサロ
ヴィヴィアン・スカーレット
サン・グリーン
リー・シガー」
一人一人の名が、確かに刻まれた。
そして、王の隣に立つ若き王女が一歩前に出た。
かつて囚われ、救われた少女は、今は凛とした瞳で彼らを見つめている。
「長年、動かなかった均衡を動かした方々です」
その声は、震えていなかった。
「恐怖に屈しなかった町を生み、
希望を戦力へと変え、
悪を討ち、未来を選び取った」
一瞬、言葉を選ぶように間を置き――
「真の英雄とは、きっと……こういう方々を言うのだと思います」
静かな拍手が、広間に広がった。
派手な歓声はない。
だがその拍手は、戦場を知る者達の、心からの敬意だった。
ノーザは深く一礼し、仲間を振り返る。
胸に去来するのは、達成感よりも――
ここまで来た、という実感。
そして同時に、理解していた。
これは終着点ではない。
人類領における、最後の肩書きに過ぎない。
冒険者証を受け取った直後。
一瞬の静寂のあと、最初に破ったのは――
拳を突き上げ、豪快に笑う声だった。
「やったな兄弟!」
隣で、深く息を吐くように肩を落とす影。
「……遂に、ここまで来たか」
腕を組み、どこか吹っ切れたように笑う。
「もう戻れないよ。ここまで来たら――あーし達で魔王をぶっ倒すしかないだろ」
そして、一歩だけ近づいてくる気配。
その声は静かで、けれど確かな温度を持っていた。
「ね……ノーザ様」
少し離れた位置、天井近くから羽音が降りてくる。
「アタシ達もサポートするからね!」
その言葉に、ノーザは小さく笑って頷いた。
喜びは騒がしくなく、だが確かに胸に満ちていた。
――ここまでは、仲間と一緒に来た。
そしてこれからは、もっと先へ行く。
人類領の終わりは、
彼らにとって“始まり”だった。
その日の夕刻。
サウスダムの街に、ひとときの安堵が戻っていた。
宿の前で、静かに告げられた。
「明日はサウスダムを出る。今日は各自、自由行動にしよう」
それを聞いた瞬間、真っ先に踵を返した影がある。
「まともに飲めるのも最後や!朝まで飲むで!!」
石畳を鳴らし、迷いなく酒場街へ消えていく背中。
扉を開けた先では、すでに賑やかな声が迎え入れた。
「まあ、英雄さんじゃない!今日は随分と景気がいいわね」
「当たり前やろ、命張った後の酒はな……生きとる実感そのもんや」
杯が重なり、笑い声が弾む。
サンは豪快に飲み干しながら、ふと天井を見上げた。
――明日からは、もう人類領じゃない。
冗談も、酔いも、通じない場所へ行く。
だから今夜だけは。
剣も覚悟も、少しだけ置いていく。
酒場の灯りの中、
サンは最後まで“いつもの自分”でいようとしていた。
その頃――
街の別の場所では、それぞれが同じ夜を迎えようとしていた。
夜風が石畳を撫でていた。
賑わいから少し離れた通りで、僧衣の男が静かに歩き出す。
「拙僧は少し風に当たって来る……まだまだ未熟。心を整えて来よう……」
そう呟き、喧騒から距離を取った――はずだった。
数歩も進まぬうちに、ためらいがちな声が背中に掛かる。
「あの……」
振り返ると、控えめに手を胸元で組んだ女性が立っていた。
続けて、もう一人。さらにもう一人。
「ヴァルケンで……友達が捕まっていて……」
「あなた達が助けてくれたって聞きました」
「前から……お礼を、直接言いたくて……」
視線が集まる。
夜灯りに照らされた笑顔は、どれも真剣だった。
「もし良ければ……今から、ご一緒に食事でも……♡」
沈黙。
ほんの一瞬だが、彼の中では嵐が吹き荒れていた。
(我慢)
(我慢)
(我慢)
(我慢)
(我慢)
(我慢)
(我慢)
(我慢)
(我慢)
(我慢)
喉が鳴る。
視線が泳ぐ。
錫杖を握る手に、わずかに力が入った。
「あ……その……拙僧は……」
――煩悩退散。
――煩悩退散。
――煩悩退散。
夜風は、やけに生温かかった。
宿屋の一室。
夜灯りが揺れ、外の喧騒はもう遠い。
椅子に腰掛けた男の右腕には柔らかな温もり、
左腕には少し強い力。
無言のまま、二人がしがみついている。
「あの……二人とも……?」
答えはない。
ただ、指先がわずかに服を掴む。
沈黙を破ったのは、震えるほど静かな声だった。
「……その……明日からは……命の保証のない旅になりますので……」
言葉を選ぶように、一つずつ区切られる。
「……だから……今、言わなければ……後悔すると思いました……」
反対側から、少し乱暴に息を吸う音。
「……あーしも……死ぬのは怖くないよ……」
視線を逸らしたまま、しかし腕は離れない。
「……でもさ……後悔だけは……したくないんだ……」
部屋の空気が張り詰める。
これまで幾度となく修羅場を越えてきたが、
この沈黙だけは、どんな戦場よりも重かった。
男は、しばらく黙っていた。
剣を振るう時のような覚悟ではない。
逃げ場のない、真正面からの選択。
「……二人とも……」
低く、しかし逃げない声。
「俺は……強い勇者なんかじゃない」
腕に伝わる体温が、わずかに強まる。
「守れないかもしれない。生きて帰れないかもしれない」
それでも、言葉を止めなかった。
「……それでも……一緒に進んでくれるなら……」
ゆっくりと、両腕を引き寄せる。
初めて、意志を持って。
「俺は……二人の気持ちから……逃げない」
小さく息を呑む音。
そして――
「……それで……十分です……」
肩に、そっと額が触れた。
「……バカ……ほんと……」
反対側から、くぐもった笑い声。
明日からは、魔族領。
生きて帰れる保証はない。
それでもこの夜、
ノーザン・クレインは一人ではなかった。
夜の静けさが、鼓動の音を強調している。
右腕の温もりに、意を決したように視線を向ける。
「……じゃあ……ニーナ……」
小さく肩が跳ねる。
「は、はい……」
言葉を探す時間が、やけに長い。
「……き……キスは……しても、いい?」
一瞬、空気が止まった。
しかし―返答は意外なものだった
顔が一気に赤く染まり、慌てたように首を振る。
「……!! だ、ダメです……!」
思わず息を呑む。
「!?」
俯いたまま、早口で続く。
「……あの……初めてなんです……それに……今はヴィヴィさんもいますし……」
ちらりと、隣を気にする視線。
「……もう少し……大事にしたいといいますか……」
しかしノーザはニーナの肩を抱き
「ん…!?ん〜〜!…♡!ノーザ様……!ダメ……♡ん~ちゅ…」
「……今まで……あんなに迫ってきたくせに……やっと腹括ったら…大事にしたい、なんて、我慢出来る訳ないだろ!!」
再び唇を重ねる
「ノーザ…様♡」
沈黙が落ちた直後だった。
「ず、ズルいぞ!」
突然、声が弾ける。
腕を解いたかと思うと、勢いよく一歩踏み出してくる。
少し震える手が、頬に触れた。
「……あーしだって……!」
迷いを振り切るように、顔を近づける。
短く、強引で、けれど温度のある口付け。
「……!」
息を呑む間もなく、額をぶつけるほど近くで睨み上げる。
「好きだよ……ノーザ……」
声は強がっているのに、指先は正直だった。
頬に触れる手が、わずかに震えている。
「……戦いも……死ぬかもしれない旅も……全部承知だよ……」
唇を噛み、視線を逸らす。
でも胸を張る。
「だから……あーしは……ノーザが好きだ……!」
部屋の空気が、静かに張り詰めた。
視線が、自然と2人へ向く。
「……」「……」
その日…勇者、戦士、魔法使いは仲間を超えた
朝の空気は、妙に重かった。
気まずい、というより――照れが沈殿している。
テーブルを囲んでいるのに、誰も目を合わせようとしない。
食器の触れる音だけが、やけに大きく響く。
黙ったままパンを齧っていた男が、ふと視線を逸らしながら口を開いた。
「……リー、首」
指で自分の喉元を示す。
「……?」
怪訝そうに首を傾げた瞬間、ため息交じりの一言。
一拍。
「…………」
ゆっくりと、自分の首に手を当てる。
そして、僅かに赤くなる。
「……そう言うノーザ殿こそ……」
今度は逆に、じっと顔を見つめられる。
「……顔中に……だが……」
一斉に視線が集まる。
「……っ」
慌てて顔を押さえる動き。
視線を逸らしたまま、妙に静かな
4人…
何も言わない。
何も言わないが、耳だけが真っ赤だ。
沈黙が耐えきれなくなったのか、豪快な笑い声が割って入る。
「でもなんか……」
椅子に背を預け、皆を見回す。
「全員、ちょっと凛々しくなった感じするで……」
(卒業したな……)
その一言で、空気がほんの少しだけ緩んだ。
誰かが咳払いをする。
誰かが水を飲む。
誰かが、ほんの一瞬だけ微笑む。
言葉は少ない。
でも――昨夜と、何かが確実に変わっていた。
これ以上、気まずさに浸っている暇はない。
もうすぐ、ここを発つ。
人類領の終わり。
覚悟を持って踏み出す、次の世界。
朝日は静かに差し込み、
その光だけが、全員を等しく照らしていた。
宿を出ると、朝の空気は澄み切っていた。
サウスダムの城壁が背後にそびえ、人類領の終着点が、はっきりと形を持ってそこにある。
振り返る者はいない。
もう、迷う理由が無かった。
ノーザは一度だけ深く息を吸い、仲間達を見渡す。
その背中には、かつての迷いも、弱さも無い。
「……行こう」
その一言で、全員が歩き出した。
人類領はここで終わる。
この先は、魔族の支配する地。
生きて帰れる保証など、どこにも無い。
それでも――足取りは、確かだった。
さらば、人類領。
必ず魔王を討ち取り、またここへ帰る。
それは誓いではなく、
もはや疑いようのない事実のように。
クレインパーティは、前線を越え、
人類の希望として、魔族領へと踏み出した。
リーは地味にモテる設定




