蓮華の如く
続きです。そういえばカリオストロ的な話やりたいと思ったのが今回書くきっかけでした
王からの緊急依頼を受け、ノーザ達は人類領を離れた。
人類連合軍の防衛線を越え、魔族領へ。
目的は一つ――奪われた姫の救出、そして不浄王ウォーカー・リオトロの排除。
三手に分かれた潜入は、すでに始まっている。
裏門にはノーザ、ニーナ、リー。
高台にはサンと鳥人部隊。
そして、輸送部隊に紛れた単騎の影――ヴィヴィ。
夜の城は、静かすぎるほど静かだった。
城主の間。
玉座の前に、鎖と魔術陣で縛られた一人の少女がいた。
肌は青白く、呼吸も浅い。
それでも、その瞳だけは――折れていなかった。
玉座に座る魔族が、喉を鳴らすように笑った。
「……いい顔だ。人間は追い詰められるほど、宝石みたいに輝く」
歩み寄るたび、床に爪が擦れる音が響く。
視線は値踏みするようで、敬意も情もない。
「逃げようとしたな? 感心だ。だが……それが何になる?」
震える声が、必死に絞り出される。
「……触らないで……。私は……魔族なんかと……」
言葉の途中で、嗤い声が重なった。
「“魔族なんか”だと? 勘違いするな、小娘。
お前は選ばれたんだ。血も、器も、顔も……」
指先で、空気を撫でるだけ。
それだけで、少女は息を詰まらせた。
「王の娘という肩書きも、誇りも、意思も――
全部、俺の城で“洗い流してやる”」
鎖が軋む。
魔術陣が、わざとらしく脈打つ。
「安心しろ。壊さない。
“使えなくなる”ほどはな」
その言葉が、何よりも残酷だった。
「式はもうすぐだ。
人間と魔族の“融和”……そう呼べば、外聞もいい」
玉座に戻り、満足げに腰を下ろす。
「誇れ。お前は歴史に名を残す。
――俺の所有物としてな」
少女は歯を食いしばり、視線を逸らさなかった。
恐怖の奥に、まだ消えていないものがある。
城の外。
闇の中で、何かが確実に近づいていることを――
不浄王は、まだ知らない。
城主の間に、不快な沈黙が落ちる。
玉座の上で、ウォーカーは指を組み、愉悦に満ちた笑みを浮かべていた。
「……サウスダム王よ、早く来い」
低く、粘つく声。
祈りでも宣告でもない、ただの所有宣言。
「娘の“晴れの日”だ。
貴様がサリーナの手を引け。
貴様自身の手で、吾に花嫁を導くのだ……」
喉の奥で、笑いが潰れる。
「フハハハ……! 誇りに思え。
王としての最後の役目だ」
指を鳴らす。
「連れて行け」
鎖が引かれ、サリーナの身体が強く揺れた。
足取りは覚束ない。それでも、最後まで視線は逸らさなかった。
「……父を……侮辱するな……」
かすれた声。
それすらも、ウォーカーには愉悦だった。
「いい。実にいい……その目だ。
そうやって憎め。拒め。
――それが全部、無駄になる瞬間が最高なんだ」
姫が牢へと連れて行かれる。
その一部始終を、天井裏から見下ろす影があった。
梁に張り付き、息を殺す。
(…………きっっっっっっしょ!!)
吐き捨てるような心の声。
怒りと嫌悪で、拳が震える。
(なにが“不浄王”だよ……
ただの腐った欲望の塊じゃんか……)
視線の先では、ウォーカーが満足そうに背を向けている。
ヴィヴィは、静かに剣を握り直した。
(……大丈夫。
ノーザが来る。
来たら――全部終わりだ)
だがその時間は、確実に削られていた。
裏門から侵入した通路は、城の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
湿った石床、魔力灯の淡い光。
足音ひとつが、命取りになる距離。
歩きながら、ニーナが一瞬だけ目を伏せる。
通信魔法が、脳裏に直接流れ込んでくる。
「……ヴィヴィさんからです。
サリーナ姫は現在、城主の間から牢獄へ移送中……
かなり衰弱している様子です……」
言葉を選びながらも、声が僅かに震えた。
歩調を落とさず、前を見据えたまま低く息を吐く。
「牢の場所が分かれば……」
その隣で、僧衣の裾を抑えながら歩いていたリーが、静かに立ち止まった。
「……やってみせよう……」
小さく印を結び、目を閉じる。
空気が、わずかに歪んだ。
僧侶スキル――観世音枷鎖難。
苦悩、救い、縛られた魂の残響。
それらを“音”として拾い上げる、禁じられた感応。
リーの眉が、ぴくりと動く。
「……向こう……塔の三階……
石扉の奥……監禁用の部屋だ……」
即座に振り向いた。
「凄いぞ、リー……!」
だが、称賛の声に応じる余裕は無かった。
リーの顔色が、明らかに悪い。
額に浮かぶ汗。唇が、かすかに歪む。
「……餓え……疲労……
それに……屈辱……」
声が低く沈む。
「……あの姫君……
今も、心を削られている……」
拳が、無意識に握られた。
「急がねば……!」
短く、しかし確かな決意。
ノーザは一瞬だけ仲間を見渡し、頷いた。
「行くぞ。
絶対――間に合わせる」
石段へ向かって、三人は再び動き出す。
その足取りは、音もなく、迷いもなかった。
城の奥で、救いを待つ者がいる。
そしてその距離は――もう、遠くない。
塔の最上部。
崩れかけた石壁に身を預け、風を読む。
視界の先、城内の通路。
小さく動く影――巡回中の魔族兵。
弓を引く腕に、迷いはない。
呼吸が一拍、止まる。
矢は音もなく放たれ、
次の瞬間、魔族兵は声を上げることなく崩れ落ちた。
「……兄弟達、順調みたいやな」
低く呟き、すぐに次の獲物へと視線を走らせる。
塔の下方、ノーザ達が進む通路――その“先”を読む。
また一体。
今度は角を曲がった直後、完全な死角。
矢が走り、影が消える。
「……アイリーンちゃん、頼むで」
声を落とすと同時に、風が動いた。
次の瞬間、巨大な影が塔の縁をかすめる。
羽音すら感じさせず、オウギワシの鳥人が降下する。
「OK!」
短く、明るい返答。
倒れた魔族兵の身体は、あっという間に担ぎ上げられ、闇の向こうへ消えた。
弓を肩に担ぎ直し、軽く息を吐く。
「いや〜……これは完全に鷹狩りやで」
冗談めいた口調とは裏腹に、目は一切笑っていない。
照準は常に、仲間達の“未来”を守る位置に置かれている。
塔の上から見下ろす城は、静かだ。
だがその静けさは――今まさに、崩れ始めていた。
城主の間。
薄暗い広間に、不快な静寂が満ちている。
床に伏していた魔族の部下が、震える手で巻物を差し出した。
破られた封蝋、急ぎで書かれた文字。
それを受け取った指先は、妙に丁寧だった。
ゆっくりと目を走らせ、
一文、一文を味わうように読み終える。
「……ふっ」
喉の奥で、湿った笑いが鳴った。
「“要求は不当であり、政府はサリーナ姫の救出作戦を実施する”……だと?」
肩を揺らし、嗤う。
笑っているはずなのに、そこに愉快さはない。
「理解できぬな、人間とは」
巻物を指で弾き、床に落とす。
「これは拉致ではない。“婚姻”だ」
「血を流す理由など、どこにもないというのに」
ゆっくりと立ち上がり、玉座の前に歩み出る。
「サウスダム王よ……貴様は、娘の“晴れの日”にすら姿を見せぬのか」
吐き捨てるように、しかしどこか本気で首を傾げる。
「国の都合? 民の不安?」
「くだらん。娘を差し出せば済む話だろう」
自分の言葉に、何の疑問も抱いていない。
それが“正しい手順”であるかのように。
「貴様は愚かな父だ、娘の未来を、魔族であるこの我に委ねるという栄誉を、理解できぬ」
視線が、牢のある方向へ向く。
「泣き叫ぼうが、拒もうが、意味はない…夫婦とはそういうものだ。相手の意思など、最初から考慮する必要は無い」
満足そうに、息を吐く。
「……式の準備を進めよ、王が来ぬのなら、なおさらだ。花嫁を迎えるのに、余計な客はいらぬ」
部下が命令を受け、慌てて退出する。
広間に残るのは、
歪んだ確信だけ。
ウォーカー・リオトロ。
不浄王アンホーリー。
彼にとって“結婚”とは、
支配と所有を正当化するための、ただの言葉だった。
城主の間。
玉座に深く腰掛けた身体が、ゆっくりと仰け反った。
「サリーナを娶れば、それで終わりだと思っているのか……?」
喉を鳴らし、嗤う。
「違う。始まりだ」
指先が宙をなぞる。
まるで、まだ存在しない地図を描くかのように。
「サウスダム王家の血を取り込み、王権を正統に継承する…国は“自ら差し出された”形で、我が手中に落ちる」
玉座の肘掛けを叩き、声が弾む。
「人類はいつもそうだ。形式さえ整えば、支配を受け入れる」
「恐怖よりも、秩序を選ぶ愚かな種族よ」
立ち上がり、広間を歩く。
足音がやけに大きく響く。
「サウスダムを得れば、連合軍は瓦解する、国境は崩れ、人類領土は内側から腐る」
肩を震わせ、笑い声が高まる。
「そしてその先だ……魔王の玉座」
天井を見上げ、両腕を広げる。
「“血統”も、“力”も、“支配領域”も、すべて揃う」
「魔王など、ただの時代遅れよ」
唇が歪む。
「我こそが、次の王だ」
「魔族も人間も、その下で這いつくばればいい」
高らかな笑いが、城主の間に反響する。
フハハハハハ――!!
その笑いは、
勝利を確信した者のものだった。
儀式の間。
黒曜石の床に刻まれた魔法陣が、淡く不気味な光を放っていた。
重い扉が開かれる。
魔族達に囲まれ、歩かされるように入場する白い影。
それは本来、祝福と希望を象徴するはずの衣装だった。
純白のドレスを纏ったサリーナ。
だが、その足取りは重く、視線は宙を彷徨っている。
涙は枯れ、恐怖も怒りも、もう顔には残っていなかった。
――何も感じていない。
感じることを、諦めてしまった表情だった。
玉座の前で足を止めさせられる。
高座から、その姿を見下ろす影が一歩前に出る。
声は驚くほど柔らかく、甘さすら含んでいた。
「サリーナ……」
名を呼ぶ声は、慈しむようでいて、どこまでも独善的だった。
「君の父は来ない」
「国王は、君を選ばなかった」
間を置き、ゆっくりと言葉を重ねる。
「だが安心するといい」
「これからは吾が、君の支えとなる」
歩み寄り、手を差し伸べる。
「孤独も、恐怖も、すべて終わる」
「君は“選ばれた”のだ」
返事はない。
サリーナの瞳は、ただ床を見つめている。
儀式担当の魔族が前に出る。
低く、単調な詠唱が始まった。
祝詞とも呪文ともつかぬ言葉が、空気を震わせる。
魔法陣の光が強まる。
天井の結界が閉じ、外界との繋がりが断たれる。
――逃げ場は無い。
そう告げるかのように。
差し出された指輪が、ゆっくりと持ち上げられる。
「さあ……」
優しい声の裏に、疑いも迷いも無い。
「式を始めよう」
その瞬間。
誰もが“終わった”と錯覚するほど、儀式は静かに進んでいた。
儀式の間。
魔族の神父役が、低く儀礼的な声を響かせる。
「……二人の婚姻に異議のある者は、ここに――」
その瞬間。
天井近くで炸裂する衝撃音。
結界の一部が弾け、魔力の波が空気を裂いた。
次の刹那。
「その誓い、待った――――!!」
轟く声と共に、中央通路へと着地する影。
二刀を携えたノーザ、その背後にニーナ、少し離れて高所からサン。
儀式の間が、一瞬で騒然となる。
怒号、武器を抜く音、魔力のざわめき。
だがそれらを踏み潰すように、サンの声が響いた。
「黙って聞いとりゃー!
キショいんじゃデコ助野郎!!
なんやコレ!?結婚式ごっこかいな!!」
嘲るような笑い。
矢は既に番えられ、狙いは外さない。
ニーナは一歩前へ出る。
冷え切った視線で、儀式の中心を見据えた。
「……こんな茶番、ここで終わりです…姫を解放しなさい。不浄王」
その言葉に、玉座の前の影がゆっくりと立ち上がる。
ウォーカーの表情が、歪んだ。
笑みは消え、代わりに浮かぶのは露骨な怒り。
自分の“舞台”を踏みにじられた者の顔だった。
「……ほう」
低い声。
だが、すぐに不気味な笑いが喉の奥から這い上がる。
「異議、だと?吾が慈悲深く与えた“婚姻”に、虫けらが口を挟むか」
視線がノーザを捉える。
勇者であることを、即座に見抜いた目だった。
「なるほど……貴様が噂のノーザン・クレインか……式の最中に乱入するとは……無作法極まりない」
玉座の縁に手を掛け、ゆっくりと歩き出す。
「だが安心しろ」
「花嫁も、式も、血塗られて完成する方が――」
その瞬間。
床下のどこかで、鈍い破壊音が響いた。
壁の奥で、魔力の流れが一つ、確かに断ち切られる。
ウォーカーの眉が、わずかに動く。
――裏で動いている。
ヴィヴィとリーが、確実に。
ノーザは一歩、前へ出た。
視線は一切逸らさない。
「結婚じゃない、これは、拉致だ」
声は低く、静かだった。
「そして――ここは、お前の墓場だ」
空気が張り詰める。
儀式は、完全に破壊された。
――次は、断罪の時間だった。
儀式の間に雪崩れ込んだ魔族兵たちが、ノーザの前に壁を作る。
刃と魔力が入り乱れ、姫への道を塞ぐ。
その背後で、ニーナが一歩踏み出した。
杖を構え、深く息を吸う。
「ノーザ様……前へ」
次の瞬間、床そのものが軋んだ。
洪水魔法――ダズノットイグズィストノア
《ノアなんて存在しない》
何も無かった空間に“在ってはならない水”が出現する。
天井まで達する濁流が奔流となり、魔族兵をまとめて飲み込んだ。
悲鳴は一瞬。
鎧も武器も意味を成さず、兵たちは水に叩きつけられ、壁へと消えていく。
濁流が引いた時、通路は一気に開けていた。
高所から矢が唸る。
「兄弟は姫様助けるんや!!」
サンが駆け下りながら、方天戟を振るう。
接近してきた魔族を一閃、二閃。
刃の軌跡は迷いなく、通路の“掃除”をするように敵を切り捨てる。
「ここは任せろ!!」
矢と刃が交差し、敵の数が削られていく。
ノーザの進路は、確実に拓かれていた。
儀式の中央。
拘束されたままのサリーナが、かすかに顔を上げる。
その視線の先に、ノーザは一度も振り返らない。
仲間が背を預ける場所を、疑っていなかった。
「……行くぞ」
低く呟き、床を蹴る。
――姫まで、一直線。
「天道…」
六道斬り 一ノ型 如意輪観音
如意輪天一閃
踏み込み、抜刀。
神速の一閃が、一直線に喉元へ――
その瞬間だった。
視界が、強制的に遮られる。
「……っ!」
刃の軌道に、細い身体が滑り込む。
純白のドレスが、風に煽られて揺れた。
抱き寄せられたサリーナが、盾として突き出されていた。
刃は止まる。
止めざるを得なかった。
次の瞬間、腹部に重い衝撃。
鈍く、しかし確実に内臓を揺らす一撃が叩き込まれる。
「……ぐあ……っ!」
床を滑り、体勢を崩す。
血を吐く間もなく、頭上から嗤い声が降ってきた。
「惨めだな。所詮は人間だ」
腕の中で、サリーナの顎を乱暴に掴み、顔を上げさせる。
「ほら、よく見ろ。これが貴様の“守りたいもの”だ」
震える姫の首元に、黒い爪が食い込む。
僅かに血が滲んだ。
「動けば、この首が落ちる。
斬れば、花嫁を殺した英雄様だ」
一歩、また一歩と前に出る。
堂々と、誇らしげに。
「選べ。勇者。
正義か? 命か?」
低く、吐き捨てるように笑う。
「安心しろ。どちらを選んでも、吾は得をする」
拳を握り締め、歯を食いしばる。
怒りで、視界が白くなる。
「……外道が……!」
その言葉を、まるで褒め言葉のように受け取って、嗤った。
「今さら気付いたか?」
姫の耳元で、わざと聞こえるように囁く。
「吾は“不浄王”だ。
勝つためなら、命も誓いも、何もかも踏み潰す」
儀式の間に、最悪の沈黙が落ちた。
――だが、それが最後の余裕になる。
床に膝をついたまま、ノーザはゆっくりと顔を上げた。
怒りはある。だが、もう迷いはなかった。
低く、静かに言い放つ。
「……ウォーカー。お前は、どうしたって救えない」
勝ち誇ったまま、鼻で笑う。
「ふふ……負け惜しみか?」
その瞬間、ノーザの視線が、ほんの一瞬だけ逸れた。
短く、はっきりと告げる。
「ごめん。ヴィヴィ……もう良いや!」
抱き締められていた“サリーナ”が、動いた。
「あいよ!」
次の瞬間、白いドレスの裾が弾けるように翻り、
その手に――紅蓮剣。
灼熱が走る。
「――煉獄・火炎斬り!」
間近で炸裂した炎の刃が、ウォーカーの胴を叩き裂いた。
肉が焼け、魔力が悲鳴を上げる。
「ぐあぁぁァァァ!!??」
弾き飛ばされ、床を転がる不浄王。
その腕から、盾にしていた“花嫁”が離れる。
次の瞬間。
「いや〜、ノーザ〜!
マジでキショかったよぉ〜!!」
抱きついてきたのは、怯える姫ではない。
いつもの距離感、いつもの体温。
呆然とするウォーカーの前で、ニーナが一歩進み出た。
落ち着いた声で告げる。
「解除しますよ」
淡い光が走り、姿が歪む。
純白のドレスは掻き消え、現れたのは――
紅蓮剣を担いだ、いつもの女戦士。
「ふぅ〜。やっぱ鎧の方が落ち着くね」
肩を鳴らしながら笑うヴィヴィ。
呆然としたまま、ウォーカーが呻く。
「……ば、馬鹿な……姫は……」
その問いに答えたのは、冷たい声だった。
「安全な場所にいます」
ニーナが視線を向ける先、
扉の影から、無事なサリーナ姫が姿を現す。
リーが静かに付き添っていた。
「お前が触れていたのは、
“守られる者”じゃない」
ノーザが立ち上がる。
血を拭い、六道を握り直す。
「――“守る側”だ」
歪み切った野心と、踏みにじられた誇り。
その全てが、今、砕け散ろうとしていた。
焼け爛れた胴を押さえ、ウォーカーがよろめく。
黒い再生魔力が蠢くが、傷口は塞がらない。
「……ぐ……再生が……しない……!?」
その声に、紅蓮剣を肩に担いだまま、鼻で笑う者がいた。
「当たり前だろ。
煉獄火炎斬りだよ?再生阻害のある浄化の炎さ!消毒になって良いだろ!」
焦げた肉から立ち上る臭いに、顔を歪めるウォーカー。
「き、貴様……!」
返事はない。
代わりに、一歩前に出る足音。
矢を一本、指で挟み、弓を使わずに構える。
「まだまだやで」
次の瞬間、
ドンッ――鈍い音。
矢がそのまま、肩口に叩き込まれた。
「ぐァァァ!!」
悲鳴と同時に、全身が強張る。
魔力の流れが乱れ、膝が崩れ落ちる。
「な……身体が……動かん……!」
冷めた声が返る。
「対魔族用の痺れ矢や。
神経と魔力の伝達、両方止める優れモンやで」
ウォーカーの身体が痙攣する。
野心も、驕りも、今は床に這いつくばるだけだった。
その光景を、誰も止めない。
誰も同情しない。
ただ一人、前に出る影があった。
六道とニルヴァーナを、静かに構え直す。
――空気が変わる。
ここから先は、裁きだ。
ノーザが、一歩踏み出した。
ノーザが歩み出る。
怒りも憎しみも、もう表には無い。
そこにあるのは――終わらせる覚悟だけだった。
六道を正眼に構える。
空気が、重く沈む。
それは六つある六道斬り最強の型
最も救いが無い型。
欲しても満たされず。
奪っても飢え続け。
他者を踏み台にして肥え太ろうとした者が、
最後に辿り着く世界。
低く、静かな声が落ちる。
「餓鬼道……」
刹那、ノーザの背後に幾重もの剣影が重なった。
「千手観音」
踏み込みと同時に、世界が砕ける。
六道斬り
五ノ型――千手二十八部蓮華王
一撃ではない。
二撃でもない。
斬撃が、咲く。
八方向、十六方向、二十八方向、四十二方向
否、数など意味を持たない。
超多重の斬撃が、蓮華のように重なり合い、
一瞬でウォーカーの身体を包み込む。
「ぐああああああああああああああああああ!!!!!!」
叫びは途中で意味を失い、
野心も、支配欲も、歪んだ夢も、
すべてが細切れに砕かれていく。
再生は起きない。
抵抗も無い。
ただ、奪い続けた者が、
奪われ尽くすだけ。
最後の斬撃が走り抜けた瞬間、
そこに立っていたはずの不浄王の姿は――消えていた。
血煙が静かに落ちる。
ノーザは剣を振り払い、
何も言わず、背を向ける。
終わった。
崩れ落ちる影の奥で、
かすれた声が、空気を震わせた。
「……サリーナ……君の事が……好きだったのは……本当……だった……のに」
それは言い訳にも、懺悔にもなりきらない、
あまりに小さな独白だった。
だが――
その声は、なおも残る斬撃の余韻、
燃え残る炎の爆ぜる音に呑まれ、
誰の耳にも届くことはなかった。
返事は無い。
振り向く者もいない。
欲望の言葉は、
最後の最後まで、独りよがりのまま潰えた。
そして、そこにはもう、
不浄王と呼ばれた魔族の姿は存在しなかった。
ただ、静かな終焉だけが残っていた。
不浄王の最後は、偽りではなかった。
だが、その意味すら蓮華に浄化された。
餓鬼道を最強技にした理由ですが、六道を託してくれた啓龍寺のモデルにした寺が十一面千手観音を守護本尊に祀っていてそこから来ています




