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勇者の一本道の向こう側

第2話です、元々お蔵入り状態だった原案をリメイクして多少のオリジナル感を出してます。

風が変わった。

乾いた大地に、岩肌を舐めるような冷たい風が吹き抜ける。


ノーザはラヴズの手綱を引きながら、渓谷の入り口に立っていた。

「ここが……レイドリッジ渓谷か」


峡谷の両側には切り立った断崖が続き、

その合間を細い道が蛇のようにうねって伸びている。

王都の商隊が通る主要な交易路――だが、今は人の姿がまばらだった。


荷馬車の轍は途切れ、あちこちに割れた木箱や焦げた荷の残骸が散らばっている。

ノーザは木刀を抜き、跪いて破片を手に取った。


「……燃えてる。やっぱり、何かあったんだな」


ラヴズが鼻を鳴らす。

どこか警戒するように、蹄が砂を掻いた。


「大丈夫だよ、ラヴズ。すぐに終わらせよう」

そう言いながらも、ノーザの胸の奥に微かな緊張が走る。


初めての高難度任務。

組合長が“試験”と呼んだ理由が、今になって少しだけわかる気がした。


渓谷の奥から、かすかに風を切るような音が聞こえた。

耳を澄ますと、何かが石を叩くような硬い音も混ざっている。


ノーザは息を整えた。

「……行くぞ、ラヴズ。慎重にな」


青鹿毛の馬が小さく嘶き、峡谷の闇へと足を踏み入れた。


レイドリッジ渓谷に入ってから、半日ほどが経った。

峡谷の底は薄暗く、風が通るたびに岩肌がうなりを上げる。


襲撃が起きたのは――今からおよそ三十八時間前。

ギルドの報告によれば、被害に遭ったのは交易路を通っていた中規模の商隊で、

護衛も数人いたらしいが、全員行方不明になったという。


ノーザは木刀を背に、慎重に足を進めながら辺りを見回した。

割れた木箱の残骸。車輪の跡。乾いた血の染み。

時間が経っているせいで、もう臭いも薄れていた。


(……一応、この辺で魔物が出るのは稀だし……やっぱり盗賊かな)


そう思いながらも、どこか胸の奥に引っかかるものがある。

焦げ跡の形が妙だ。火薬ではない。

まるで――何かが、燃えながら這いずったような痕。


ラヴズが鼻を鳴らす。耳を立て、渓谷の奥をじっと見つめている。


「……ラヴズ?」


その仕草に、ノーザの背筋が自然と伸びる。

風が止まり、峡谷が静まり返った。


どこかで、岩が崩れるような小さな音がした。

ノーザは木刀に手をかけ、深く息を吸い込む。


「……いるな」


風が再び吹き抜け、砂塵が舞う。

その先、渓谷の影の中で――何かが蠢いた。


峡谷の奥、ひび割れた岩場の陰。

ノーザは息を潜め、身を低くして様子をうかがった。


月明かりに照らされた先――

黒ずんだ皮膚に、骨のような棘が突き出た異形の魔物が、

四つん這いで地を嗅ぎ回っていた。


(……あれが、襲撃の犯人か)


焦げ跡の匂い、焼けた木箱。

全ての痕跡が、その化け物へと繋がっていく。

“魔”の気配をまとっていた。


ノーザが息を整えたその時、ラヴズがわずかに鼻を鳴らした。

「……ラヴズ?」


馬が視線を横に向ける。

ノーザもそちらを見た。


岩陰――そこに、倒れ伏す人影があった。

月光がわずかに照らす。

長い髪。白いローブ。

息があるのかどうかも分からない。


「……人? 人が倒れてる!?」


その瞬間、魔物がこちらの気配に顔を上げた。

赤黒い眼がぎらりと光る。


「……っ、まずい!」


ノーザは考えるより先に体が動いていた。

「ラヴズ、行くぞ!!」


蹄が岩を砕き、ノーザとラヴズは一気に駆け出す。

月光を切り裂く勢いで、倒れた人物のもとへ飛び込んだ。


魔物の咆哮が渓谷に響く。

だが、ノーザは迷わなかった。

馬上から飛び降り、倒れた人影を抱き起こす。


「大丈夫か!? しっかりして!」


冷たい肌。かすかな呼吸。

少女のまつげが、わずかに震えた。


――その瞬間、渓谷の風が不気味に鳴り、魔物が跳躍した。

ノーザは彼女を庇うように身をかがめ、木刀を構える。


「来るなら来い……!」


魔物の咆哮が、峡谷の岩肌を震わせた。

その声に反応するように、ラヴズが蹄を踏み鳴らす。


本来、この任務は“調査”だった。

討伐ではない。

相手の正体を突き止め、帰還して報告する――それが目的。


だが、目の前で誰かが倒れているのを見て、

ノーザは一秒たりとも迷わなかった。


「……調査だろうと関係ない!」


木刀を構え、魔物の正面に立つ。

「命を奪うつもりはないけど……やられる気もない!」


魔物が地を蹴る。

その脚が土煙を上げ、巨大な爪が振り下ろされる。


ノーザはラヴズの首筋を軽く叩き、

「右っ!」と声を上げる。


ラヴズが即座に反応し、横へ飛ぶ。

爪が地面を裂くと同時に、ノーザは鞍から身を乗り出し――

木刀を一閃。


「はぁッ!」


鈍い衝撃。

木刀が魔物の顎を弾き上げ、岩壁に叩きつけた。


だが相手は立ち上がる。

その口から炎のような息が漏れた。


(まずい……!)


ノーザはすかさずラヴズの背に飛び乗り、

馬上から岩壁の間を駆け抜ける。

そのまま勢いをつけ――魔物の背後を取る。


「これで――終わりだぁぁぁッ!!」


木刀が空を裂き、魔物の後頭部を正確に叩き抜いた。

ぐしゃり、と鈍い音。

巨体が崩れ落ち、土煙が舞い上がる。


ノーザはレベルが上がった!


ノーザは息を荒げ、しばらくその場に立ち尽くした。

木刀の先が小刻みに震えている。


「……戦うつもりなんて、なかったのに」


けれど、見過ごせなかった。

誰かが傷ついているのを見て、ただ逃げるなんて――できなかった。


ノーザは木刀を握り直し、倒れた少女のもとへ駆け寄った。

「大丈夫か……? もう安全だ」


ラヴズが寄り添い、静かに嘶く。

薄く開かれた少女の唇から、かすかな声が漏れた。


「う…うぅ………」


ノーザの胸に、温かくも重い感情が広がっていった。

戦う意味も、守る理由も、まだ知らない。

けれどこの瞬間、彼は確かに“勇者”の道を歩き出していた。


魔物の死骸が静まり返る渓谷に、風の音だけが残っていた。

ノーザは息を整えながら、腕の中の少女を見下ろす。


その顔にはまだ血の気がなく、手も冷たい。

けれど、胸がわずかに上下している――生きている。


「よかった……」


ノーザは彼女を抱きかかえ、ラヴズの背にそっと乗せる。

「ラヴズ、入口まで戻ろう。ここは危険すぎる」


ラヴズが嘶き、ゆっくりと渓谷を引き返し始めた。


――襲撃現場の調査は中断。

それでも、ノーザの中に迷いはなかった。

(任務よりも命を優先する。それでいい。あの人を助けたんだから)


峡谷の入り口付近、岩陰の少し開けた場所に辿り着く。

風が穏やかに吹き抜け、太陽の光が差し込む安全な地帯だった。


ノーザはラヴズから少女を下ろし、外套を敷いて寝かせた。

近くの小川から水を汲み、慎重に彼女の唇を濡らす。


彼女はノーザと同じくらいの年に見えた。

透き通るような白い肌に、肩までの栗色の髪。

黒と銀の刺繍が施された外套は、明らかに一般人のものではない。

腰には焦げ跡のある魔導書――そして折れた杖の破片。


「……魔法使い?」


ノーザが小さく呟いたとき、

少女のまつげがかすかに震えた。


「……う……」


ノーザは身を乗り出す。

「大丈夫か? ここはもう安全だよ」


少女は薄く目を開けた。

焦点の合わない瞳が、ノーザを見つめる。


「……あなたが……助けて………?」


「うん。たまたま通りかかっただけだよ。無事でよかった」


少女は小さく息を吐き、目を閉じた。

「……そう。よかった……」


その一言に、ノーザの胸がじんわりと熱くなる。

見ず知らずの誰かを助けて、それで“よかった”と言われた――

それだけで、疲れも恐怖もどこかへ消えていった。


彼は焚き火を起こしながら、静かに呟いた。

「……ほんとに、よかった」


ラヴズが近くで草を噛みながら、静かに鼻を鳴らした。

それはまるで、「運命が動き出した」と告げるような音だった。


焚き火の火がぱちぱちと弾け、渓谷の入口に小さな灯を揺らしていた。

ノーザは焚き木をくべながら、ちらりと少女の様子をうかがう。


いつの間にか、彼女は完全に目を覚ましていた。

まだ少し顔色は悪いが、瞳の奥にはしっかりとした意思の光が宿っている。


「……もう、大丈夫そうだね」


ノーザが声をかけると、少女は身を起こし、姿勢を正した。

そして静かに頭を下げる。


「助けていただいて……本当にありがとうございます。

 私――ニーナ・ピサロと申します」


その丁寧で落ち着いた口調に、ノーザは一瞬言葉を失った。

(同い年くらいなのに……こんなにしっかりしてる人がいるのか)


慌てて姿勢を正し、笑みを返す。

「俺はノーザ。ノーザン・クレイン。

 王都のギルドから派遣されて、商団襲撃現場の調査で来てたんだ」


「ギルドの……冒険者さん、なのですね」

「うん、まだ見習いだけどね。

 本当は戦う予定なんてなかったんだけど……放っておけなくて」


ノーザの言葉に、ニーナはわずかに微笑んだ。

焚き火の明かりが、その頬を柔らかく照らす。


「そう……あなたが来てくれなければ、私は今ここにいませんでした。

 本当に……ありがとう、ノーザさん」


「“さん”なんていらないよ。ただのノーザでいい」

「……いえ、恩人をそんな」


「いや、だから……!」


ニーナが小さく笑う。

焚き火の音とともに、静かな夜にふたりの笑い声が溶けていった。


そしてこの夜――

勇者見習いの少年と、魔法使いの少女の物語が、静かに始まった。


ノーザが黙って見守る中、ニーナは膝の上で指を重ね、静かに語り始めた。


「私は……王都商業連盟の商団に、護衛魔術師として雇われていました。

 と言っても、戦闘ではなく、後方支援の担当です。

 簡単な障壁魔法や、物資の補修などを行う役目でした」


「商団の護衛ってことは……今回の襲撃に……」


ニーナは小さく頷いた。

その目は火の光に反射して、わずかに揺れている。


「はい。

 魔物の出現がほとんどない地域だと聞いていました。

 護衛もそれほど多くなく……私たちは、すっかり油断していたんです」


ノーザは言葉を失った。

自分も同じように考えていた――“このあたりは安全だ”と。


ニーナは少し唇を噛みしめて続けた。

「突然、夜中に……光と、音がして。

 何が起こったのか分からないうちに、あの化け物が襲ってきました。

 護衛の方たちは皆……」


焚き火の火がぱちりと弾け、言葉が途切れる。

ノーザは静かにうなずいた。


「……もう、話さなくていい。

 それだけのことを体験したのに……よく生き延びたよ」


ニーナは小さく首を横に振る。

「いいえ。生き延びたというより……逃げただけです。

 魔法の暴発で吹き飛ばされて、気がついたら……あの岩陰に」


ノーザは拳を握りしめた。

(この人も、必死だったんだ……俺なんかより、ずっと)


ラヴズが静かに嘶く。

その音がまるで、“過去を責めるな”と告げるように聞こえた。


ノーザは優しく言った。

「逃げたっていいさ。生きてたから、こうして出会えたんだ。

 それに、助けを求めてる人を放っておけるほど俺は器用じゃないから」


ニーナは目を見開き、そしてほんの少しだけ微笑んだ。

「……あなた、変わってますね」

「よく言われる」


焚き火の光が、二人の間を柔らかく照らしていた。

それはまるで、希望の灯のように――暗い渓谷の夜を、静かに温めていた。


焚き火が小さく弾け、夜の空気が冷たくなり始めていた。

ノーザは火に薪をくべながら、ニーナの様子を確認する。

彼女はだいぶ顔色を取り戻し、そっと立ち上がっていた。


「もう少し休んでていいよ」

「ええ……でも、あなたばかりに任せておけませんから」


その時だった。

ラヴズが低く鼻を鳴らし、耳をぴくりと立てた。


ノーザの表情が一瞬で引き締まる。

「……またか?」


だが、今度は違う気配だった。

風に混じって聞こえてくるのは、金属の擦れる音と、押し殺した笑い声。


岩陰から数人の男たちが現れた。

薄汚れた鎧、刃こぼれした剣。

見るからに“野盗”の連中だった。


「へぇ、火が見えたと思ったら……金目のもんがありそうじゃねぇか」

先頭の男がにやりと笑う。

その視線がノーザを通り越して、ニーナへと向いた。


「おいおい……ついでに、なかなか上物の女もいるじゃねぇか」


ノーザの胸に、冷たい怒りが走った。

「……やめろ」


男たちが一斉に笑い声を上げる。

「なんだ坊主? 俺たちの邪魔でもするってのか?」

「見ろよ、木刀だぜ? 冗談じゃねぇ」


ノーザは静かに立ち上がり、ラヴズの手綱を握った。

「冗談で済めばいいけどな」


次の瞬間、ノーザが合図を送ると同時に、ラヴズが地を蹴る。

土煙を巻き上げ、ノーザの木刀が閃いた。


「ぐあっ!?」


一人、二人と剣を弾かれ、次々に地面へ倒れていく。

あまりの速さに、残りの者たちは言葉を失った。


ノーザの瞳には、怒りと悲しみが混ざっていた。

「魔物より、人間のほうがよっぽど恐ろしい時があるな……」


最後の一人がよろめきながら逃げ出すと、

ノーザは木刀を下ろし、息を吐いた。


ニーナは唇を結び、震える声で言った。

「……ノーザさん、怪我は……?」

「平気だよ。ラヴズのおかげで、ね」


ラヴズが誇らしげに嘶く。

その音が、夜の闇を払うように響いた。


ノーザは夜空を見上げながら、静かに呟く。

「守るって、簡単じゃないな……」


夜が明け、渓谷の霧が薄らいでいく。

ノーザは焚き火を踏み消し、ラヴズの鞍を整えながら言った。


「そろそろ王都に戻ろう。報告もしないといけないし、

 ニーナも治療を受けた方がいい」


ニーナは頷こうとしたが――

立ち上がった瞬間、表情を歪めて足を押さえた。


「痛っ……身体が……」


「大丈夫!? 無理しないで」

ノーザはすぐに駆け寄る。

支えると、彼女の体が小さく震えていた。


「転んだときに足を……多分、ひねってしまって……」

「そうか……歩くのは無理だな」


ノーザは少し考え、すぐに決断した。

「ラヴズ、ちょっと伏せてくれ」


ラヴズが静かに膝を折る。

ノーザはそっとニーナの体に腕を回した。


「えっ……」


軽く息を呑むニーナ。

そのまま、ノーザは優しく彼女を抱き上げた。

驚くほど力強い腕――けれど、その動きには乱暴さの欠片もない。


「無理するな。ラヴズの背に乗ってて。

 しっかり掴まっててくれればいいから」


「……ありがとう、ノーザさん」

「だから“さん”はいらないって」


「ふふ……そうでしたね」


ニーナの頬がほんのり赤く染まる。

彼の真っ直ぐな声と、優しく支える手の温もり。

胸の奥が、不意に“きゅっ”と鳴った。


(どうして……こんなに安心するのかしら)


ノーザは気づかぬまま、

「よし、ラヴズ。王都へ!」と声を上げる。


朝日を背に、ラヴズが静かに駆け出した。

その背で、ニーナは風を受けながら、

ほんの少しだけ、ノーザの背に身を寄せた。


レイドリッジ渓谷から戻ってきたノーザとニーナは、

すぐにギルド本部の事務室へ案内された。

机の上には報告書と数枚の地図、

そして重く沈んだ空気が漂っている。


組合長が腕を組んで二人を見つめた。

「……つまり、襲撃は魔物によるものだった。

 それも、あの辺りではまず見ない種類の、だな?」


ノーザが頷く。

「はい。確認しました。焦げ跡も、足跡も、全部あの化け物のものでした」


ニーナも椅子から静かに立ち上がる。

「間違いありません。

 私たちの商団を襲ったのは、確かに魔物でした。

 あの渓谷で魔物が出ること自体が異常です……」


組合長は唸りながら地図に視線を落とす。

「……レイドリッジは防衛線のすぐ内側。

 つまり、“人の領域”に魔の存在が踏み込んできたということか」


ノーザが眉をひそめる。

「どうして急に……?」


「さぁな。だが――」

組合長は深く息を吐いた。

「最近、王都近郊でも小規模な失踪や、夜の魔光目撃が増えている。

 加えて、街道では野盗が増え、治安も悪化している。

 ……この国も、平穏ではなくなったかもしれんな」


室内に沈黙が落ちた。

窓の外では、王都の喧噪がかすかに聞こえる。

その明るさが、逆にどこか遠く感じられた。


ニーナは拳を握りしめて言った。

「もしまた同じような魔物が現れるなら……私は、逃げません。

 戦える力があるなら、今度こそ誰かを守りたい」


ノーザは驚いたように彼女を見たが、

すぐに微笑み、頷いた。


「じゃあ、俺もだ。もう見習いなんて言ってられないな」


組合長が二人を交互に見て、静かに笑う。

「……いい目をしている。

 君たちのような若者がいる限り、この国もまだ救われる」


ラヴズの嘶きが、外から微かに聞こえた。

それはまるで、二人の決意を祝福するかのようだった。


重厚な事務室の扉が静かに閉まると、外の喧騒が遠のいた。

机の向こう、組合長の眼がじっとノーザを捉えている。

部屋には二人だけ。空気が少しだけ硬くなる。


「組合長……俺に、遠征の許可を――」

ノーザの声は震えない。だが、その瞳には覚悟の火が灯っていた。


組合長はしばらく沈黙したあと、ゆっくりと椅子から立ち上がる。

机を回り込み、ノーザの真横に立つと、肩越しに外の地図を一瞥した。


「どうする気だ?」

短い問いに、ノーザは一呼吸おいてから全てを吐き出すように言った。


「盗賊を見て思ったんです。魔物だけじゃない、人が人を喰う時代はおかしいって。

 だから――僕は、魔王を討ち倒したい。

 人々が最低限の不自由もなく暮らせる日々を取り戻したい。

 犯罪に手を染めなくても生きていける世界を、作りたいんです!」


言葉が放たれた瞬間、部屋の空気が震えた。

組合長の瞳が、一瞬だけ柔らかくなる。


「――ふむ」

男はゆっくりと息を吐き、机にもたれかかるようにして両手を組んだ。

「若者よ、壮大だな。言葉だけなら誰にでも言える。だが――」


組合長はノーザをまっすぐ見据え、静かに言葉を繋いだ。

「君はまだ未完成だ。技量も、知恵も、経験も足りない。だがな、

 未完成の器にしては、随分と大きな膨らみを持っている。

 ――そういう者を、俺は“器のある者”と呼ぶんだよ」


ノーザの顔が少し赤くなる。だが、その目は揺れない。


組合長は微笑みを含んだ声で続けた。

「遠征許可は出そう。――君の理想を現実にするには、戦だけでなく知恵と時間がいる。

 覚悟するならば、俺はできる限り支えよう」


ノーザは拳を握りしめ、力強く頷いた。

「はい! どんな条件でも受けます。必ず、結果を出してみせます!」


組合長は頷き、机の抽斗から羊皮紙を取り出した。

印章を押す音が、小さく部屋に響く。


「よかろう。まずはこの証を持て。……君の一歩目に、な」

組合長の瞳には確かな期待が宿っていた――未完成だが確かな“大器”を見る者の視線。


ノーザはその羊皮紙を胸に抱き、静かに笑った。

夜明け前の静けさのように、彼の旅路はここから確かに動き出した。


組合長は印章を押し終えると、ふと視線を上げた。

その目には、わずかな笑みと、底の見えない深みがあった。


「……だがな、ノーザ」


ノーザが顔を上げる。


「悪を完全に消すことは、不可能だぞ?」


重く、静かな声。

それは年長者の忠告というより、ひとつの“試し”のようだった。


ノーザは一瞬だけ言葉を失い、

それでも迷わずに前を見据えた。


「分かってます。

 盗賊も、魔物も、全部なくすなんて無理だってことくらい……分かってます」


拳を握り、胸の奥から絞り出すように続ける。

「でも――俺の思う“平穏”のためなら。

 人が人らしく笑って生きられる日常のためなら、

 魔王なんか……いない方が、絶対にいい」


組合長はしばしノーザを見つめ、

やがて小さく笑った。


「……やはり、君は面白い男だ。

 その言葉、忘れるなよ。理想を語る者ほど、現実に傷つく。

 だが理想を捨てた者は――何も守れん」


ノーザは静かに頷く。

「覚えておきます」


「よし、なら行け。若き勇者見習いノーザン・クレイン。 君の道は、もう自分で選んだのだろう?」


ノーザは深く一礼し、

扉を開けて眩しい光の中へと歩き出した。


ギルドの事務室を出ると、

廊下の向こうで誰かが待っている気配がした。


「……ノーザ様!」


はっきりとした声が響く。

振り向いたノーザの前に、ニーナが立っていた。

彼女の服は洗い直され、焦げ跡ももうない。

けれど、その表情はまっすぐで、どこか覚悟を秘めていた。


「……“様”!?」

ノーザが思わず声を裏返らせる。


ニーナは膝をつき、深く頭を下げた。

「ノーザ様への御恩、そして……その志、拝見しました。私は……感銘を受けました。

あの時、あなたが命を賭して戦う御姿を見て、

ようやく分かったのです――私がこの国まで辿り着いた本当の意味を」


ノーザは戸惑いながら後ずさる。

「え、えっと……?」


ニーナは顔を上げ、真剣な瞳で告げた。

「私は貴方様に仕える為にこの国に導かれた……

どうか、このニーナ・ピサロを――

ノーザ様の従者として、お傍に置いてください!」


「えっ……いや、そんな“様”なんて呼ばれるような人間じゃ……!」


「いいえ!」

ニーナは即座に言い切った。

その瞳には、もはや迷いなど一片もない。


「あなたは見習いではなく、“導く者”です。

 あなたの理想を、この目で見たい。

 この手で、その道を共に歩みたいのです!」


ノーザは完全に面食らい、

ラヴズに助けを求めるように視線を送ったが、

ラヴズは「まぁ、いいんじゃない?」とでも言いたげに鼻を鳴らした。


「……はぁ、もう分かったよ。

 じゃあ、一緒に行こう。よろしくな、ニーナ」


ニーナの顔がぱっと明るくなる。

「はいっ! ノーザ様!」


ノーザは頭を抱えた。

「だから“様”はいらないってば……」


そのやり取りを、廊下の奥から組合長が静かに見つめていた。

口元にわずかな笑みを浮かべながら、

「……やれやれ。やはり、面白い時代が来そうだな」

と、小さく呟く。


こうして、ノーザとニーナ。

“勇者と魔法使い”、二人の最初の旅が

正式に始まった。




この時、誰もまだ知らなかった。

この二人、後の夫婦である

因みにですがノーザのモデル、ゼル伝のリンクです。でもやろうとしてる事はドラクエぽい話しです。


ニーナのビジュアル公開しました

ひたすらデカい

オリジナルヒロイン ニーナ・ピサロ | 福島ナガト #pixiv https://www.pixiv.net/artworks/138701670

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