雲雀の騎士
ライバルとか今回も出したくて
ヘルヴェティアの朝。
澄んだ空気の中、石畳を踏みしめる足音が一定のリズムを刻んでいた。
ノーザは街外れの坂道を、呼吸を乱さぬまま駆け上がっていく。
昨日より速く、昨日より長く。ただ黙々と。
少し離れたベンチでは、リコが腰掛け、手元の小さな帳面に何かを書き留めながら、その背中を眺めていた。
視線は興味深そうだが、どこか一線を引いた冷静さも混じっている。
その上空。
朝日に羽を透かしながら、ミネルがくるりと旋回し、低空で並走する。
「ノーザ! 頑張れ!」
声は弾んでいる。
羽ばたきは静かで、風切り音すらほとんど立てない。
「なんか……猛禽類に追いかけられるって、こういう感じなのかな……」
息を整えつつ、苦笑混じりに呟く。
だがペースは落とさない。
「失礼だなぁ。応援だよ、応援」
空中で一回転し、得意げに胸を張る。
その首が、無意識に後ろへ半回転する。
遠目で見ていたリコが、ペンを止めてぽつりと零す。
「相変わらず……人間の朝とは思えない光景だね」
やがてノーザは走り切り、軽く屈伸をしてから呼吸を整えた。
額に汗は浮かんでいるが、疲労の色は薄い。
空から降りてきたミネルが、塀の上にちょこんと腰掛ける。
そう言ってリコは帳面を閉じ、立ち上がる。
その視線の先、訓練場の方角から、揃った足並みの音が響いてきた。
鎧の擦れる音。
規則正しい呼吸。
個ではなく、隊として動く気配。
ノーザが顔を上げる。
「……あれは」
視界の向こう、朝靄を切り裂くように現れたのは、
統一された装束に身を包んだ一団だった。
揃った歩調。
揃った姿勢。
揃った、研ぎ澄まされた視線。
寄せ集めではない。
即席でもない。
明らかに“仕上がった”冒険者たち。
ミネルが、無意識に羽をすぼめる。
「……なんか、空気が違う」
リコは静かに目を細めた。
「一応……同業者だね」
その言葉と同時に、
先頭を歩く騎士風の男が、ちらりとこちらを一瞥する。
視線が交差した、ほんの一瞬。
だが、そこには確かな測るような意志があった。
先頭に立つ男は二十代半ばほど。無駄のない動きと、使い込まれた装備。
自然と「隊の長」だと分かる立ち位置だった。
男は歩みを止め、軽く胸に手を当てて一礼する。
「君がノーザン・クレインだな? 我々はラークナイツ。魔王討伐を目指して、この国に滞在している」
声は落ち着いていて、威圧はない。
だが、視線は鋭く、こちらを正確に測っている。
ノーザは一瞬だけ驚いた顔をしてから、同じように一礼を返した。
「あ、どうも。噂が回るの早いな……よろしく」
簡潔だが、態度は誠実だった。
後ろに控えるラークナイツの面々も、それぞれ無言で会釈する。
統一された動作。統一された間。
まるで軍の点呼のようだった。
少し遅れて、ノーザの背後にいた仲間たちも自然と並ぶ。
「……なるほど。聞いていた通りだ」
その言葉に、敵意はない。
だが、含みはあった。
「武闘大会の件、そしてストロダンでの魔族幹部討伐……見事だった。B級昇格も納得だ」
素直な評価。
それを受け、ノーザは少しだけ肩の力を抜く。
「ありがとう。そっちも、随分と揃ってるみたいだな」
「我々は南方で組織的に動いてきた。寄せ集めではない。それだけだ」
淡々とした言い方。
自慢ではないが、誇りは隠していない。
その視線が、ふとノーザの背後――リコとミネルの方へ滑る。
一瞬。
ほんの一瞬だけ、空気が変わった。
「……ところで」
穏やかな声のまま、問いが投げられる。
「その二人は?」
ノーザが振り返り、すぐに答える。
「仲間だ。今はサポートと預かりだけどな」
言い切った。
曖昧さはない。
ラークナイツの長は、少し考えるように顎に手をやり、首を縦に振った。
「そうか。……失礼した」
謝罪も形式的だが、確かにあった。
ただし。
「……それにしても」
声は落ち着いている。
だが、先ほどより温度が低い。
「身なりも、服装も、揃っていない。装備の系統もバラバラだ」
一瞬、間が空く。
「その上で、戦士ですらない者が混じっている」
視線が、リコに向く。
次に、翼を畳んで立つミネルへ。
「……さらに、人間ですらない異種族を連れているのか」
空気が、わずかに張り詰めた。
後方にいた団員の一人が、小さく鼻を鳴らす。
「有象無象、だな」
別の団員が、肩をすくめる。
「規律が無い。これで前線に立つつもりか?」
揃った制服。
揃った武装。
揃った価値観。
それと対比するように、クレインパーティは確かに雑多だった。
その様子を見て、隊の長は淡々と続ける。
「誤解するな。侮辱するつもりはない」
だが、続く言葉は容赦がなかった。
「これは“覚悟”の問題だ。
魔王討伐は遊びではない。生半可な情や甘さは、仲間を殺す」
少しだけ、声が強くなる。
「我々は不要な要素を削ぎ落としてきた。
その結果が、この形だ」
沈黙。
ノーザは、ゆっくりと一歩前に出た。
剣に手はかけない。
声も荒げない。
ただ、真っ直ぐに相手を見る。
「……なるほど」
短く、噛み砕くように言う。
「統一されてるのは強みだと思う。否定はしない、俺たちは雑多かもしれない。でも――
俺の仲間だ。アンタ達にとやかく言われる筋合いは無いだろ」
それだけだった。
だが、その一言で空気が完全に切り替わる。
すると…いつの間に来たのか?
横から肩を鳴らしながら前に出る男がいる。
口元は笑っているが、目はまるで笑っていない。
「あぁ?ぬるま湯育ちの騎士様が、なんか文句あるんかいな?」
さらに一歩、別の影が踏み出す。
腕を組み、挑発するように顎を上げる。
「制服着ただけで強くなんのかよぉ?
揃って吠えるだけの弱カスじゃないだろうね?」
空気が、完全に荒れた。
最後に、静かだった僧兵が一歩前へ。
口調は穏やかだが、言葉の刃は鋭い。
「ほぉ……吠える者ほど噛みつかないとは聞くが……
その実、歯は残っておるのかな?」
一瞬で、完全に喧嘩の構図。
その背後で、腕を組んでいた魔法使いが深いため息をついた。
こめかみを押さえ、明らかに嫌そうな顔。
「皆さん、止めましょう。
こういう流れ、だいたい“そのまま負ける前振り”です」
ノーザも制止に入る
「チンピラ!ただのチンピラ!」
一触即発の空気を、重たい足音が踏み潰した。
筋骨隆々の将校が、腕を組んだまま二つの陣営の間に割って入る。
鎧越しでも分かるほどの体格、歴戦の傷。
その顔には、呆れと――ほんの少しの愉快さが浮かんでいた。
「おうおう、朝っぱらから元気がいいな。
そんなに喧嘩したいなら……決闘ってのはどうだ?」
その一言で、周囲の空気が一変する。
「決闘?」
誰かが小さく呟いた瞬間、将校は親指で背後の広場を指した。
「この国はな、力比べが好きでね。
口だけ達者な連中より、手足で語る奴の方が信用される」
有無を言わさぬ声音だった。
気付けば、周囲の兵士や市民がざわつき始めている。
「また始まるぞ」「今日は誰だ?」
そんな期待混じりの声が、雪崩のように広がっていく。
両陣営は、そのまま半ば強引に広場へと誘導された。
円形に開けた石畳の広場。
周囲には既に人だかりが出来つつあり、
武器屋の店主、パン屋の客、訓練帰りの兵士までが集まってくる。
「まだかー!」 「どっちが先に出るんだ!?」
完全に“見世物”だった。
将校は中央に立ち、満足そうに腕を組む。
「ほら見ろ。
この国じゃ、決闘は喧嘩じゃない。娯楽であり、評価だ」
その横で、ヴィヴィが周囲を見回し、鼻で笑った。
「これ……ストリートファイトじゃね?」
即座に、後ろからニーナの小さなため息。
「否定できませんね……」
両陣営が向かい合い、観衆のざわめきが一段落した、その瞬間。
腕を鳴らしながら、ヴィヴィが首を傾げた。
「さ〜て……誰がどいつをぶん殴るかね?」
軽口だが、目は完全に戦場のそれだった。
周囲から、どっと笑いと歓声が起きる。
その隣で、サンが弓を肩に一歩前に出る。
「じゃあ早めに終わらせて、後は見学してたいからワイが行くわ」
余裕たっぷりの口調。
だが、足取りは迷いがない。
向かい側。
整った隊列の中心に立つ男が、冷ややかな視線を向けた。
「……やはり、品の無い連中だ」
そのまま、横に控えていた長身の槍兵へ、視線だけを送る。
「エルンスト。先鋒は君が征け」
呼ばれた槍兵は無言で一歩前へ。
長槍を地面に突き立て、深く息を吸う。
観衆がざわめいた。
「お、槍だ!」 「先鋒から重いの出すな!」
将校が満足そうに手を叩く。
「決まりだな!
先鋒――前へ!」
石畳の中央に、二人が進み出る。
片や、軽装で飄々とした狩人。
片や、規律と鍛錬の塊のような槍兵。
空気が張り詰め、
ヘルヴェティアの広場が、完全に“試合場”へと変わった。
エルンストが一歩踏み出す。
鋭い踏み込みと同時に、長槍が一直線に突き出された。
それを正面から受けず、軽やかに距離を取る影。
弓を引き絞り、牽制の一矢が放たれる。
「飛び道具など俺には効かぬ!!」
槍に弾かれ、観衆がどよめく。
だが次の瞬間、軽い笑い声が飛んだ。
「ほぉ?足元、見ろや」
再び放たれた矢。
今度は直撃ではなく、地面をかすめる軌道――
その矢には、細いロープが結びつけられていた。
絡みつく。
一瞬遅れて、騎士の足がもつれた。
「!?」
体勢を崩したその瞬間、間合いは一気に詰められる。
巨大な戟の柄が、容赦なく振り抜かれた。
鈍い音。
鎧越しでも分かる衝撃に、騎士が吹き飛ぶ。
「ひ、卑怯な!」
地面に転がりながらの叫びに、肩をすくめる影。
「アホかいな?お前、戦場で罠とか見たこと無いんか?」
観衆が一拍遅れて爆笑する。
将校が腕を組み、短く息を吐いた。
勝敗は明白だった。
先鋒、決着。
――ラークナイツ側の空気が、わずかにざわついた。
アルベルトは冷静な表情で宣言する
「セラフィーナ、次は君が征け…」
ローブ姿の女魔法兵が、杖を肩に担いで一歩前へ出る。自信満々の笑みを浮かべ、胸を張った。
「アタシは足元なんてすくわれない!」
それを受け、ニーナが一瞬だけ視線を落とす。
自分の胸元を見て、ほんの少し困ったようにため息をついた。
「……あ、よく見えそうで羨ましいですね。私は立つと、自分の足元が見えなくて……」ドタプン
言いながら、無意識に腕を組む。
重力に逆らわない存在感が、ぶるんと主張した。
一瞬の沈黙。
「!!……貴様!!」ペタン
セラフィーナのこめかみに青筋が浮かぶ。
観衆のどこかから、堪えきれない笑い声が漏れた。
後方で様子を見ていたリコが、ボソッと呟く。
「……もう勝った気がする」
魔力が、じわりと広場に満ちていく。
魔法使い同士の対決――だが、すでに精神ダメージは入っていた。
号令も待たず、
先に動いたのは魔法兵セラフィーナ。
杖を振り抜くと、鋭い魔弾が連続して飛ぶ。
「どうした!防御に精一杯か!」
さらに詠唱を短縮、魔力を刃状に固める。
魔術で形作られた戦鎌が出現し、そのまま踏み込み――近接戦!
「貴様は肉薄されたら何も出来まい!」
だが、対するニーナは一歩も引かない。
静かに指を鳴らした。
人形魔法――ガーディアンマリオネット
空間が歪み、二本の剣を構えた人形が現れる。
顔立ち、体格、佇まい――どこかで見たような、見てないような…
「!?」
次の瞬間、人形が一気に踏み込み、剣を交差させて魔術戦鎌を叩き落とす。
間合いゼロ。完全な肉弾戦。
「ノーザ様と同等の近接戦闘が可能です」
淡々とした説明とは裏腹に、人形は容赦がない。
剣、蹴り、セラフィーナは為す術もなく吹き飛ばされた。
「貴様…!自分で戦え………!」
地面に転がるセラフィーナ。
勝負は、あっけなく決していた。
「すみません、ちょっと私達…今気が立ってるんです」
そんな中、後方で見ていたノーザ思わず叫ぶ。
「変な魔法編み出すな!!」
そう、肝心の本人は最初から一歩も前に出ていなかった。
アルベルトの表情に微かな苛立ちが見えた
「ブラム、次は君だ…余り俺を失望させるなよ?」
中堅として進み出た剣士が、静かに剣を構えた。
整えられた所作、無駄のない立ち姿。さっきまでの二人よりは、確かに“それらしい”。
「おのれ……神聖な決闘の場を侮辱するとは……」
吐き捨てるような声に、ヴィヴィが前へ
「アンタ達さぁ……戦いはスポーツじゃないんだよ!」
激昂するブラム…次の瞬間、剣士が踏み込む。
正面からの、教本通りの一撃。鋭く、速い。
――だが。
振り下ろされた刃を、素手で受け止めた。
観衆が息を呑む。
金属音すらしない。掴まれた剣が、そこで融解していた
「……なっ――」
驚愕が言葉になる前に、拳が振り抜かれた。
インフェルノナックル。
炎ではない。
熱そのものが叩き込まれる。
じゅ、と嫌な音がして、剣の刃が赤く染まり――
次の瞬間、ぐにゃりと歪んだ。
鉄の融解温度、1538℃。
剣は抵抗する間もなく、形を失う。
「なん……だと……!?」
ヴィヴィはニヤリと笑うと、融解した溶鉄を一滴、ブラムの顔に弾いた
「あぢぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!?????????」
火傷に悶えるブラムの後頭部にヴィヴィは紅蓮剣の鞘を振り下ろす!
陽炎樹製高級木材の鞘に殴られ、ブラムは失神
観衆のざわめきが、さっきよりも明らかに変わっていた。
――ラークナイツ、思ってたより弱くね?
そんな空気が、広場を支配し始めていた。
アルベルトは無言だった
副将として前に出たのは弓を携えた男、ルーカスだった。
背筋を伸ばし、視線は真っ直ぐ――だが、
その目には侮蔑が混じっている。
「調子に乗るのもここまでだ!」
それを受け、リーが一歩前に出る。
錫杖を軽く鳴らし、穏やかな表情のまま口を開いた。
「どうされた?そちらは訓練された騎士団では無かったのでは?」
挑発とも取れる一言。
弓兵の眉がぴくりと動いた。
「黙れ……!」
叫び、矢を番えようとして――止まる。
矢筒が、無い。
視線が落ちる先。
リーの手には、いつの間にか矢筒が収まっていた。
「お探しの物は、これか?」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、ルーカスが地を蹴る。
「返せ!!」
――遅い。
錫杖が一直線に伸び、急所を正確に突いた。
衝撃が体内を貫き、弓兵は息を詰まらせて膝をつく。
「この……卑怯者……」
倒れゆく相手を見下ろし、リーは静かに告げる。
「仲間の名誉の為なら……拙僧は、破戒僧にでもなろう」
錫杖が鳴る。
勝敗は、誰の目にも明らかだった。
観衆のどよめきが、さらに大きくなる。
整った顔立ちに、涼やかな眼差し――
その男がただの“穏やかな僧”ではないことを、誰もが理解した瞬間だった。
最後に残った二人が、ゆっくりと距離を詰める。
広場の喧騒が、嘘のように静まっていった。
背後から、柔らかな声が掛かる。
不安と期待が入り混じった表情で、ニーナが見上げていた。
「ノーザ様、いよいよですね」
その隣で、どこか申し訳なさそうに肩をすくめるリコ。
「ゴメンね、僕が戦えないから」
それを聞き、前に立つ剣士は小さく首を振る。
視線は真っ直ぐ、相手の大将から逸らさない。
「大丈夫だ。リコやミネルを悪く言われたんだ。俺だって、気持ちは同じだ」
一瞬の沈黙。
そして、向かい側に立つ騎士団長が、意外な行動に出た。
剣を下ろし、軽く一礼する。
「ノーザン・クレイン……」
その声には、先ほどまでの刺々しさは無い。
「先に謝罪させてもらおう。貴官達は階級以上の実力者だ。無礼を詫びる」
周囲がざわつく。
騎士団の面々も、驚いたように団長を見る。
それに対し、剣士は一瞬だけ目を見開き――すぐに、静かに頷いた。
「……分かった」
余計な言葉は無い。
ただ、互いの覚悟だけが、確かにそこにあった。
剣と剣が、ゆっくりと構えられる。
これは喧嘩でも、見世物でもない。
――互いの誇りを賭けた、一騎打ちだ。
大将戦、開幕。
ちょっと長いので大将戦は次回です




