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始まりの村の少年

この物語は過去作、

伝説の勇者の息子なんだけどちょっとヤバい奴だった

の23年前、

兄姉が立派すぎて影が薄い末弟は、ただ恋がしたい

の42年前のお話です。

過去作を読んでなくてもお楽しみいただけますが、興味を持って頂けたら過去作も宜しくお願いします。 


約2ヶ月ぶりの投稿になります。

ある程度書き溜めができたので投稿し始めようと思いました。満を持して普通過ぎてお蔵入りだった話を公開します。大分リメイクを重ねてきたので是非読んでいって下さい本編と同時進行でキャラのビジュアルも公開予定ですのでどうぞ宜しくお願いします。

かつて、この世界には“魔王”と呼ばれる存在がいた。

それは災厄そのもの。大地を焦がし、海を濁し、空をも黒く染めた。


人類はただ、滅びぬために剣を取り、祈りを捧げ、生き延びることしかできなかった。

王国は砦となり、村は防壁に囲まれ、街道は命を賭して守られる。

それでも、夜には森が人を喰らい、風が魔を運んでくる。


魔族との戦争が終わったと呼べる日は、一度も訪れていない。

人々は“防衛線”を維持しながら、細々と生を繋ぐ。

人の手が及ばぬ“未開の地”は、未だ大地の大半を占めていた。


そんな混沌の時代。

人々は“勇者”という言葉を、希望ではなく夢物語として語っていた。


だが――

この時代の片隅に、一人の少年がいた。

彼の名はノーザン・クレイン。

のちに“伝説の勇者”と呼ばれる男が、まだ見習いと呼ばれていた頃の物語である。


大陸中部、防衛線のさらに内側――

そこに、地図にも載らぬほどの小さな村があった。


戦火の届かぬ安息地と呼ばれるその村には、

麦畑と林が広がり、朝には煙の上がる竈と、子どもたちの笑い声があった。

人々は、畑を耕し、森で木を伐り、王都へ出稼ぎに行くことで細々と暮らしている。


魔物が徘徊する外の世界に比べれば、ここは比較的平和な村だった。

だが、誰もが知っている。

防衛線が一度破られれば、この村も他の土地と同じ運命を辿ることを。


それでも、人は耕す。

春を信じ、麦を植え、帰らぬ誰かのために祈る。

そんな、かすかな希望だけが、この地を今日まで支えていた。


朝の光が村の丘を照らし、露に濡れた草がきらきらと輝いていた。

村はもうすっかり目を覚まし、家々の煙突からは朝食を告げる煙が立ちのぼっている。


その少し離れた丘の上。

一本の木を前に、木刀を構える少年がいた。


ノーザン・クレイン、十七歳。

この村で生まれ、この村で育った勇者見習い


「……いち、にっ……さん!」


息を合わせ、同じ型を何度も繰り返す。

道場などない村では、彼の剣術はすべて独学。

剣の構えも、足さばきも、旅人が残していった話や書きかけの古書を真似したものだった。


汗が額を流れ、木刀が風を切るたび、掌に新しい豆ができていく。

それでもノーザは笑った。


「今日も少しだけ速くなったな……よし、あと十回!」


誰に褒められるでもなく、ただ己の理想を追い続ける少年。

その背にはまだ、勇者の影などひとつもない。

けれど村の誰もが知っていた。

彼ほどまっすぐに人を思い、努力を惜しまぬ者はいないと。


木刀を振る音が、風の流れる音に溶けていく。

太陽が少し傾きはじめ、丘の上にも昼の柔らかな光が差していた。


「ノーザ、お疲れ様。お茶持ってきたよ。少し休んだら?」


声の主はスミ。

木工職人の娘で、ノーザとは物心ついた頃からの付き合いだ。

風に揺れる茶髪、手に残る木の香り。村の誰よりも働き者の少女だった。


「スミ、ありがとう」


ノーザは木刀を地面に突き立て、受け取った湯飲みを両手で包み込む。

草の匂いと温かい茶の香りが鼻をくすぐった。


「また豆できてるよ。そんなに無理してどうするの?」

「強くならないと、この村を守れないからな」


ノーザの声は、どこまでも素直だった。

スミは小さくため息をつく。

「まったく、昔からそう言ってるね。でも、そういうとこ……嫌いじゃないよ」


彼は照れたように笑い、空を見上げた。

どこまでも青く、穏やかで、戦の影など届かない空。

けれど、その静けさの裏で、確かに“何か”が動き始めていた。


スミはノーザの横に腰を下ろし、空を見上げた。

「今日もいい天気だね。……風が気持ちいいや」


彼女の言葉に、ノーザは頷きながら茶を飲む。

「うん、剣を振るにはちょうどいい気候だ」


その答えに、スミは少しだけ苦笑する。

ほんと、この人は剣のことばっかり。


風が二人の髪を揺らし、どこからか木槌の音が響く。

村の日常の音が、まるで音楽みたいに心地よかった。


スミは膝に手を置き、そっとノーザの横顔を見つめた。

真っすぐな瞳。

泥に汚れた手。

どんなに報われなくても努力をやめない背中。


「……ノーザは、ほんとに優しいね」

「え? なんだよ、いきなり」

「ううん、なんでもない」


彼が照れくさそうに笑ったのを見て、スミもふわりと微笑む。

言えない気持ちは胸の奥にそっとしまった。

――彼が夢を追うその背中を、これからもずっと見ていられればいい。

今は、それだけで十分だった。


こうして太陽がゆっくりと森の向こうに沈んでいく。

畑の麦が赤く染まり、村の屋根が一つ、また一つと影に溶けていった。


「そろそろ帰るよ、スミ。今日もありがとうな」

「うん、気をつけて。……ラヴズも、ノーザをちゃんと送ってあげてね」


丘の下で、スミが笑いながら手を振る。

ノーザは頷き、そばにいた一頭の牝馬に軽く手を置いた。


艶やかな青鹿毛の馬――ドラグーンラヴズ。

気性が荒く、誰にも懐かないと言われたが、

なぜかノーザにだけは心を許していた。


「今日もよく付き合ってくれたな、ラヴズ。帰ろうか」


ノーザが鞍に跨がると、ラヴズは一度だけ鼻を鳴らし、

ゆっくりと歩き出した。


夕暮れの風が心地よく、村の遠くから夕餉の匂いが流れてくる。

ノーザは木刀を背に、穏やかな笑みを浮かべた。

剣も名もまだ無い見習いの少年。

だがその背に、確かに“伝説の勇者”の片鱗が宿っていた。


ラヴズの蹄音が、茜色の丘に小さく響く。

今日もまた、静かな一日が暮れていった。


家に戻ると、窓からこぼれる灯りと、煮込みの匂いがノーザを迎えてくれた。

木の扉を開けると、土間の向こうで母が鍋をかき回している。

父はすでに席に着き、腕を組んで待っていた。


「おかえり、ノーザ。今日も遅かったねぇ」

「ちょっと稽古してたんだ。……父さん、ただいま」

「おう。今日も木刀か。スミの親が作ってくれたんだ、大事にしろよ」


苦笑しながら靴を脱ぎ、椅子に腰を下ろす。

食卓には温かいスープと焼きたてのパン、そして香ばしく焼かれた野菜。

それだけのことなのに、ノーザにはこの時間が一番好きだった。


母が皿を配りながらふと思い出したように言う。


「そういえばね、ノーザ。王都からギルドの封書が届いてたわよ」

「ギルドの……?」


母は壁際の棚から一通の封筒を手に取る。

蝋印には、王都冒険者ギルドの紋章。


「それ、例の“受託認定試験”の結果でしょ? ほら、前に受けたでしょ?」

「……まさか」


ノーザは息を呑み、手を伸ばす。

指先が少し震えた。


封を切ると、中には一枚の羊皮紙。

丁寧な筆跡で、こう記されていた。


> ――ギルド認定:ノーザン・クレイン殿

貴殿を王都冒険者ギルド・準所属者として認可する。

今後、正式な依頼への参加を許可する。




「……受かった」


思わずこぼれた言葉に、母が目を丸くし、父がニッと笑う。

「はは、やったじゃねぇか、ノーザ!」

「おめでとう、ノーザ。ほんとによく頑張ったわね」


胸の奥がじんわり熱くなった。

長年の努力が、ようやく形になった。

けれどノーザは、静かに笑うだけだった。


「ありがとう。でも、ここからが本番だ」


母は優しく頷き、湯気の立つ皿を差し出した。

「じゃあ、今日はお祝いね。いっぱい食べて、力をつけなさい」


その夜の食卓には、

あたたかな灯と、これからの未来を照らす希望の光が、確かに揺れていた。


朝の空は雲ひとつなく澄み渡っていた。

村の外れの丘で、ノーザは軽装の旅支度を整え、木刀を腰に差した。

足もとには、つややかな青鹿毛の牝馬――ドラグーンラヴズ。


鞍を締めながら、ノーザはまるで初めて遠足に行く少年のように目を輝かせていた。

「よし、これで準備完了だ!」


その背後から、スミが小さな包みを抱えてやってくる。

「お弁当、持ってきたよ。……いよいよ初仕事なんだね、頑張ってね」


ノーザは振り向き、眩しい笑顔で答えた。

「ありがとうスミ! あ、そうだ。なんか欲しい物ある? 帰りに買ってくるよ?」


その調子にスミは思わず眉をひそめる。

「調子乗らない! とにかく気をつけなよ!」


ノーザは照れ笑いを浮かべて頭をかいた。

「ははっ、分かってるって。大丈夫、俺はすぐ帰ってくるから」


彼がラヴズの背にまたがると、馬はひとつ鼻を鳴らし、蹄を踏み鳴らした。

太陽の光が二人の影を長く伸ばしていく。


「じゃあ、行ってくる!」

「……うん、行ってらっしゃい」


ノーザが手を振り、ラヴズが駆け出す。

風を切る音、土を蹴る蹄。

その背中が見えなくなるまで、スミはずっと丘の上に立っていた。


胸の奥が少しだけ痛い。

それでも、笑顔で見送りたかった。

――だって彼は、自分の夢へ向かって走り出したのだから。


石畳の道に、馬の蹄が小気味よく響く。

高い城壁と白い塔が並ぶその都市――王都リンウス。

戦乱の時代においてなお、人々が夢と富を求めて集う、人類最大の拠点だった。


「……試験の時以来だな」


ノーザはラヴズの手綱を引きながら、ゆっくりと街の大通りを見渡した。

活気に満ちた声、屋台の香ばしい匂い、行き交う商人や冒険者たち。

数週間前の試験で訪れた時よりも、ずっと世界が広く感じた。


「よし……まずはギルドに行ってみるか」


ラヴズを厩舎に預け、ノーザは王都冒険者ギルドの扉を押し開けた。

重い扉の向こうから、賑やかな声と紙の匂いが溢れ出す。

依頼票が壁いっぱいに貼られ、受付には冒険者たちの列。


カウンターの奥で、若い受付嬢が笑顔を向けた。

「いらっしゃいませ。……あら、ノーザン・クレインさんですね?」

「はい、昨日、合格通知を受け取って。今日から正式に登録を……」

「おめでとうございます!」


受付嬢は柔らかく頭を下げ、手元の帳簿を確認した。

「では、こちらが新任の冒険者としての初期登録書類です。

 それと――最初の“新任用クエスト”を選択してくださいね」


ノーザの胸が高鳴った。

ずっと夢見てきた“冒険者としての第一歩”。

壁一面に貼られた依頼票を見つめるその瞳は、まっすぐに輝いていた。


ノーザは依頼掲示板の前に立ち、ずらりと並ぶ紙を食い入るように眺めた。

魔物討伐、素材採取、護衛、調査──どれも見慣れぬ文字と数字ばかりだ。


「うーん……どれがいいんだろ」


腕を組んで悩んでいると、ひときわ大きな文字が目に入った。


> 【急募】物資輸送の依頼

王都~東部防衛線間の荷物運搬

※馬を保有している方優遇

報酬:2,000ダスト




ノーザは目を輝かせた。

「……あ、これ! 高収入!」


受付嬢が思わずくすっと笑う。

「ふふっ、最初から運搬ですか? でも馬をお持ちなら、ちょうどいいかもしれませんね」


「はい! 俺、ラヴズって馬がいるんです!」

「まあ、それは心強いですね。ではこの依頼、受理しておきますね」


ノーザは書類にサインをして、ギルドカードを受け取った。

掌に収まる金属製の小さな証。

それを見つめる少年の瞳には、憧れと決意が宿っていた。


外に出ると、陽光が眩しく彼の顔を照らす。

ラヴズのもとへ駆け寄り、ノーザは軽く手綱を撫でた。

「行くぞ、ラヴズ。初仕事だ!」


ラヴズが小さく嘶き、蹄を鳴らす。

その音が、まるで祝福の鐘のように王都の石畳に響いた。


依頼書に書かれていた住所を頼りに、ノーザは王都の商業区の外れへ向かった。

煉瓦造りの小さな倉庫の前で、夫婦らしき二人が忙しなく荷物を積み上げている。


「すみません、ギルドからの依頼で来ました! ノーザン・クレインです!」


男は顔を上げ、ほっとしたように笑った。

「おお、助かった! バイトの兄ちゃんが風邪で倒れちまってな。頼むよ、若いの」

「はい! 了解です!」


隣で妻が木箱を抱えながら微笑む。

「荷物はこの三つね。東の防衛線までお願い。途中に見張りの砦があるから、そこで受け渡ししてもらえれば大丈夫よ」


ノーザは頷き、荷物を丁寧に積み直した。

「任せてください。俺のラヴズならあっという間です!」


青鹿毛の牝馬・ドラグーンラヴズが鼻を鳴らす。

荷車を繋ぐと、その身をわずかに沈め、すぐに引く体勢をとった。


「おお、立派な馬だなぁ。こりゃ頼もしい!」

「ふふ、怪我だけはしないでね、坊や」


ノーザは笑って敬礼のように手を挙げた。

「任務、完了してみせます!」


――それから数時間後。


夕暮れ時、ノーザは無事に荷物を届け、再び王都の門をくぐっていた。

ラヴズの息も乱れず、荷台の木箱は一つも傷ついていない。


「ふぅ……初仕事、完了!」


達成報告の紙をギルドに提出すると、受付嬢が目を丸くした。

「えっ、もう終わったんですか? すごいですね!」

「ラヴズが速いんです!」


少年の笑顔に、受付嬢もつられて笑った。

「ふふっ、立派なパートナーですね。報酬の2,000ダスト、こちらになります」


ノーザは銀貨の詰まった袋を受け取り、思わず拳を握る。

「よしっ! これで俺も立派な冒険者だ!」


――そうしてノーザの初めての任務は、

何事もなく、あっけないほど順調に終わった。


ギルドを後にし、ラヴズの手綱を引きながら王都の門を出たころ。

夕日が街道を黄金色に染め、行き交う人や荷車の影が長く伸びていた。


その時だった。

前方の丘のふもと、何やら揉み合う人影が見えた。

数人の粗末な服の男たちに囲まれ、ひとりの商人風の男性が倒れ込んでいる。


ノーザは思わず息を呑んだ。

「……野盗?」


――この時代、魔物だけが人を脅かす存在ではなかった。


魔物の襲撃によって多くの村が滅び、

食料も、資源も、そして働き口も足りていない。

家族を失い、住む場所を失った者たちは、

やがて“人を襲う側”へと変わっていった。


嗜好品はもちろん、薪一本、布一枚さえも貴重な世の中。

それを奪わねば生きられない者たちが、野に溢れていた。


ノーザは木刀を握りしめ、馬上で息を整える。

「……見過ごせないな」


彼の中の“勇者見習い”としての理想が、

この瞬間、初めて現実とぶつかり合おうとしていた。


ラヴズが蹄を踏み鳴らす。

ノーザは深く息を吸い、前を見据えた。


「行くぞ、ラヴズ!」


青鹿毛の影が、夕陽を裂くように駆け出した。


ノーザは馬上から野盗たちを見下ろした。

粗末な剣と鎖帷子。焦ったような目。

明らかに素人崩れだが、数は五人。油断すればやられる。


「おい、なんだあのガキは!」

「構うな、先に商人の荷を取れ!」


男たちが叫ぶ。

ノーザは木刀を抜き、ラヴズの首筋を軽く叩いた。


「ラヴズ、いくぞ――っ!」


青鹿毛の馬が地を蹴る。

轟、と風が鳴った。

一瞬で距離を詰め、先頭の野盗の目前に躍り出る。


「うおっ!?」


その叫びと同時に、ノーザの木刀が閃いた。

鈍い音とともに相手の手から剣が弾き飛び、野盗は地面に転がる。


「は、速ぇ……!」


もう一人が怯えながら斬りかかってくる。

ノーザは馬上から身をひねり、刃をかわすと、

木刀の柄で男の肩口を叩きつけた。


「ぐっ……!?」


ラヴズが旋回する。

その蹄が土を巻き上げ、残る三人を一気に威圧する。

ノーザの動きに合わせ、馬もまた正確に反応していた。

まるで人と馬が一つの意志を持つように。


「ラヴズ、もう一度!」


再び駆け抜けざまに木刀を振る。

鈍い音とともに、男たちの武器が次々と弾かれていく。


「ひ、引けっ! あいつただ者じゃねぇ!」


野盗たちは武器を投げ捨て、森の中へ逃げ去った。

ラヴズが鼻を鳴らし、静まり返った街道に風が吹く。


ノーザは木刀を下ろし、深く息を吐いた。

「……ふぅ。少しは鍛錬の成果、出せたかな」


商人の男が震える声で礼を言う。

「た、助かったよ、若者。あんた、王都の兵かい?」

「いえ、自分はただの冒険者です」


ノーザは照れくさそうに笑い、木刀を背に戻した。


――まだ“勇者”ではない。

けれど確かにこの瞬間、ひとりの少年が“戦う力”を得たのだった。


夜の帳が下りる頃、ノーザはラヴズの手綱を引きながら村の道を進んでいた。

風が涼しく、遠くからはかすかに炊事の煙の匂いがする。


「ふぅ……やっぱり、村の空気が一番だな」


街道の土埃を浴びた木刀を背に、ノーザは小さく笑った。

ラヴズが鼻を鳴らす。まるで「お疲れさま」とでも言うように。


丘の上で待っていたスミが、彼の姿を見つけて駆け寄ってくる。

「お帰り、ノーザ――って、ちょっと!? 木刀、血着いてるよ!? 何したの!?」


ノーザは一瞬ぎくりとし、すぐに手を振って笑った。

「あ、いや! だいじょうぶ! 命は奪ってない!」

「えぇ!? ちょっと、“奪ってない”って何!?」


スミの声が少し震える。

ノーザは苦笑して、ラヴズのたてがみを撫でた。

「道で野盗に出くわしてさ。襲われてた人を助けただけだよ。ほんとに、軽く叩いただけ!」


スミは胸に手を当てて大きく息をついた。

「……もう。心配させないでよ。あなた、無茶するんだから」

「はは、でもな。放っとけなかったんだ」


その言葉に、スミは何も言えなくなって、ただ苦笑いを返した。

そのままノーザは家へ向かい、戸を開ける。


「ただいま!」

「おかえり、ノーザ!」


母の明るい声が迎える。

父が椅子から立ち上がり、にやりと笑った。

「どうだった、初仕事?」


ノーザは照れたように頭をかきながら答える。

「ばっちり! 依頼も無事にこなしたし……ちょっとだけ、戦いもあったけど」

「戦い?」

「野盗を退けたんだ。ちゃんと命は奪ってない」


父がうなり声を漏らし、母は驚きと誇らしさが混ざった目で息子を見た。

「そうか……お前も、もう“人を守れる男”になったんだな」


ノーザは少し照れくさそうに笑った。

「まだまださ。でも、少しは“勇者見習い”らしくなれたかな」


母は湯気の立つスープを差し出しながら、柔らかく言った。

「無事で帰ってきてくれて、それが一番よ」


ノーザは頷き、ラヴズの嘶きを背に、

静かな村の夜へと溶け込んでいった。


それからの一週間、ノーザの毎日は慌ただしくも充実していた。


朝はラヴズの世話と鍛錬、昼にはギルドからの依頼をこなし、

夜は村に戻って報告書を書き、スミや家族に笑顔を見せる――そんな日々。


鉱山では鉱夫たちに混じって鉱石を掘り、

薬草採集では森で薬屋の娘に感謝され、

市長の公演会では警備として立ち回り、

些細な事件にも手を貸して村人を助けた。


最初は緊張してばかりだったが、

仕事を重ねるごとに、剣も、心も、少しずつ強くなっていく。


丘の上で夕日を背に、ラヴズのたてがみを撫でながら、

ノーザはぽつりと呟いた。


「村の外の仕事が、こんなに楽しいとはね……」


ラヴズが静かに鼻を鳴らす。

その音が、まるで「これからが本当の始まりだ」と告げるようだった。


その日もノーザは、朝から依頼をいくつも片付けていた。

薬草の納品、伐採の手伝い、遺跡の巡回。

どの仕事も地味ではあるが、どこか楽しくて仕方がなかった。


夕方、報告を済ませてギルドのカウンターへ向かうと、

いつもの受付嬢が明るく笑いかけてきた。


「ノーザさん、絶好調ですね!」

「ありがとうございます!」


ノーザは少し照れながらも胸を張る。

手は傷だらけ、服は泥だらけ。

けれど、その姿は立派な“働く冒険者”だった。


受付嬢は書類を片づけながら、ふと思い出したように言った。

「あ、そうだ! ノーザさん、組合長がお呼びでしたよ」

「えっ、組合長が?」


ノーザが目を瞬かせると、受付嬢はにこりと頷く。

「“次に来た時、事務室まで来てほしい”って伝言です。たぶん、何か大事な話だと思いますよ」


ノーザは思わず背筋を伸ばした。

「だ、大事な話……?なんかしたっけ?」


受付嬢はくすっと笑う。

「さぁ、どうでしょう? でも、組合長が直々に呼ぶなんて珍しいですよ」


ノーザは少し緊張しながらも、

胸の奥で高鳴る鼓動を押さえきれなかった。


ギルドの受付奥、重厚な扉をノックすると、

「入っていいよ」と穏やかな声が返ってきた。


ノーザが中に入ると、壁一面に地図と書類が貼られた部屋の中央で、

恰幅のいい男が椅子から立ち上がった。

口髭をたくわえ、どこか人の良さそうな笑みを浮かべている。


「よく来てくれたね。――期待のスーパールーキー君」


「えっ……?」


どこか聞き覚えのある声に、ノーザは思わず固まった。

次の瞬間、男の顔を見て目を見開く。


「! あ、あなたは……!」


「はは、覚えててくれたか。

 先週、街道で野盗に囲まれてた商人だよ。あのときは命を救われた」


ノーザは驚きと照れの入り混じったような顔で頭を下げた。

「い、いえ! あれはただ通りかかっただけで……!」


組合長は笑って手を振る。

「いやいや、君がいなきゃ今ここにはいなかったさ。

 で、あれから話を聞いてみたら、王都でも評判の新米冒険者らしいじゃないか。

 どうにも気になってね、直接話してみたくなったんだ」


ノーザは背筋を伸ばし、

「そんな……恐縮です!」と慌てて頭を下げた。


「ふふ、緊張しなくていい。

 実はね、君にひとつ頼みたい仕事があるんだ――少し、特別な依頼をね」


ノーザの瞳がわずかに揺れた。

その瞬間、少年の物語は“新人冒険者”の段階を越え、

新しい扉の前に立っていた。


ノーザは思わず言葉を詰まらせた。

「俺が……そんな特別な仕事なんて、務まるんですか?」


組合長は口髭を撫でながら、にやりと笑う。

「君のような、初級ながら単身でクエスト完遂率100%の冒険者は、そう多くないんだよ」


「そ、そんな……運が良かっただけです」

「はは、謙遜するな。運も実力のうちさ」


男は机の上から一枚の書類を取り上げ、ノーザの前に滑らせた。

羊皮紙には金色の印章と、見慣れぬ任務名が刻まれている。


「これは正式な依頼ではあるが――君にとっては試験でもある。

 ギルドとして、君がどこまで通用するのかを見たいんだ」


ノーザはごくりと唾を飲み込み、羊皮紙を見つめた。

「試験……ですか」


「うむ。内容は、王都東方の“レイドリッジ峡谷”で起きている荷馬車襲撃事件の調査だ。

 依頼主は王都の商業組合。野盗か魔物か、はっきりしないが、

 被害が立て続けに出ていてね。通常の新人には任せられない案件だ」


ノーザは一瞬、逡巡したが――

すぐに顔を上げた。

「……やります」


組合長は満足げに頷き、机越しに手を差し出す。

「いい返事だ。期待しているよ、ノーザン・クレイン君」


ノーザはその手をしっかりと握り返した。

胸の奥が熱くなる。

恐れよりも、挑戦できる喜びの方が大きかった。


「ありがとうございます。必ず結果を出してみせます!」


組合長の笑みが深まる。

「ふふ、そうこなくちゃ。――君の旅が、本当の意味で始まるのはこれからだ」


ラヴズが外で短く嘶いた。

まるで、「準備はできている」と答えるかのように。


王都からの帰り道、ノーザの胸はずっと高鳴っていた。

ラヴズの背の上で受け取った依頼書を見つめながら、

信じられないような気持ちで、何度も文字を読み返していた。


「……俺が、ギルドの試験任務か……」


ラヴズが小さく嘶く。

その声が、「お前ならできる」と言っているように聞こえた。


──そして、夜。

村の灯りが見え始めたころ、ノーザはいつものように「ただいま」と扉を開けた。


母が鍋をかき混ぜる手を止め、父が椅子から立ち上がる。

二人の顔が、いつもより少し明るく見えた。


「おかえり、ノーザ。今日はまたいい顔してるじゃない」

「どうした、何かあったか?」


ノーザは照れくさそうに笑いながら、

腰に下げた木刀の柄を軽く叩いた。


「うん、実はね……組合長から、特別な依頼を任されたんだ」


「特別な……?」

「ギルドの試験を兼ねた依頼らしい。王都の外で、ちょっと大きな仕事をするんだ」


母が目を丸くし、父はゆっくりと腕を組む。

やがて二人の顔に、誇らしげな笑みが浮かんだ。


「まぁ……うちの息子がそんな大役を!」

「ははっ、やるじゃねぇか、ノーザ。もう立派な一人前の冒険者だな」


ノーザは頬を掻きながら、笑った。

「まだ見習いですよ。でも……頑張ってみようと思う」


父が大きな手でノーザの肩を叩く。

「お前ならできる。誰かのために動ける奴は、必ず強くなる」


母は鍋を下ろし、湯気の立つ皿を差し出した。

「無理はしないでね。でも、誇りに思うわ、ノーザ」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がじんと温かくなった。

幼い頃から追いかけてきた夢が、ようやく現実の形になっていく。


「ありがとう、父さん、母さん。……行ってくるよ」


夜風が窓を揺らし、家の中の灯りがやさしく揺れた。

ノーザの旅立ちは、もう目前に迫っていた。


村の外れ、ノーザがいつも木刀を振っていた丘。

夕陽が畑を染め、風に麦の穂が揺れている。

その金色の中で、スミがラヴズの手綱を持つノーザを見つけて駆け寄った。


「ノーザ! 今日も王都まで行ってたの?」

「うん。実はさ――組合長から特別な依頼を任されたんだ。

 試験も兼ねてるらしい。だから、三日くらい空けるよ」


スミは一瞬、息をのんだ。

「三日も……。そう、なんだ。気を付けなよ……」


彼女の声は小さく、夕風にかき消されそうだった。

ノーザは照れくさそうに笑い、木刀の鞘を軽く叩いた。

「大丈夫だよ。これでも、最近は王都でも評判なんだってさ」


スミは少し下を向き、指先で麦の穂を撫でた。

「……やっぱ、ノーザは凄いね。優秀で……。

 ずっと努力してたもんね」


ノーザは笑って肩をすくめた。

「はは、凄いなんてことないよ。ただの村の見習いさ」


少しの沈黙。

やがて、スミが顔を上げて無理に明るく言った。


「ノーザ、帰ってきたらお祝いしてあげるよ!

 ……それでね、ちょっと前から言いたかったことがあるから……♡」


「え?」


スミは真っ赤になって首を振る。

「な、なんでもない! だから絶対に、無事に帰ってきてよね!」


ノーザは困ったように笑い、ラヴズのたてがみを撫でる。

「もちろん。約束だ」


沈む夕陽の下、ふたりの影が並んで長く伸びていた。

いつもの日常のはずなのに、

どこか胸の奥で、何かが静かに変わり始めていた。


朝の光が村を包み、風が麦の穂を揺らしていた。

ラヴズのたてがみが朝露にきらめき、ノーザは鞍に足をかける。


「行ってくるよ、ラヴズ!」


彼の声に、青鹿毛の牝馬が力強く嘶いた。

蹄が地を蹴り、乾いた音が響く。


ノーザは振り返らずに、手綱を握り直す。

王都の東――レイドリッジ峡谷へと続く街道。

彼にとって、それは“初めて自分の力で切り拓く道”だった。


朝の空気を裂くように、ラヴズが駆け出す。

ノーザは木刀を腰に、背筋を伸ばした。


「いざ、出発!」


丘の上、ひとり見送る少女がいた。

スミは袖で目をぬぐい、誰にも聞こえない声でつぶやく。


「……いってらっしゃい、ノーザ……」


風が頬を撫で、ラヴズの蹄音が遠ざかっていく。

笑顔で送り出したはずなのに、

胸の奥が、少しだけ痛かった。


金色の朝日が村を照らす。

こうして、のちに“伝説の勇者”と呼ばれる少年の最初の旅が――静かに始まった

今回の目標、王道RPGらしい事をしよう!

キャラビジュアル公開します。

第一回はもちろんノーザン・クレイン


なろうで新連載初めました。 | 福島ナガト #pixiv https://www.pixiv.net/artworks/138663441

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