未来へと続く夢:抗う者達②
アマテルの寮は狭いが、贅沢なことは言えない身分だ。命があるだけましと思い、こうして生活している。当然だが、自由な外出は不可。料理と本だけは、一日3回マリーゼが持ってくる。精神だけは自由、ということか。
だから「その時」も、アノニは部屋にいた。
(外が騒がしいわね)
ただ賑やかということではなく、警戒、危機、怯えが伝わってくる。かつて一つの組織を束ねていた者だ、環境の変化には敏感でいる。
何か事件が起こったのだ。外を覗こうとした時、玄関ドアが乱暴にノックされた。
「アノニ君、いるか!」
番匠だ。うるさい音と声に、アノニは顔をしかめる。
「あまり騒がないで。居ないわけが……」
「詳しい事情は後で話すが、唯架君が危険なのだ! 今すぐ手伝ってくれ!」
「唯架……火ノ原唯架が?」
十数年前、アノニが自らの手で花のお茶……洗脳薬を飲ませたあの女性。そして、生体コアとして改造を施した女性。
彼女が危険にさらされている、ということは。唯架は解放されたのだ。何らかの事情で。
「えっ、あの人が……、…………気まずいわ……」
思わず内心が口に出ていた。
玄関ドアを開けると、すぐさま番匠に連れられ、本部へと向かった。
火ノ原唯架は再びコアにされている。このままだとファーレンの要塞は復活し、総帥としてディールが君臨する。
「え、ディールはまだしんでないの……? まじで……?」
「まじで、だ」
やはり漏れ出た本音に、番匠は真面目な顔で相槌を打った。ディールはあの時、確かに薬を注射したはずなのに。やはり腐っても幹部、しぶといということか。世界の実権を握るのも秒読み。癪な事だ。あんな男に、世界は任せられない。
「番匠。監視をつけて。本部のシステムを少し見せてもらうわ」
番匠はちらりとアノニの目を見た。
「信用してもらえるとは思わないけど、「いや、緊急事態だ。君の知恵を貸してくれ」
「……かつての敵組織だってのに、猪突猛進な人ね」
「あの「アノニ」さんだ。あらゆる事があったが、信じない訳がない」
一つ溜息。そんな簡単に信じて、どうやってファーレンに勝利したのか。
しかし、この愚直なまでの真っ直ぐさが、可能にさせたのだ。
◆
指揮を取るため、番匠はアノニと離れた。ひとりきりでシステムを見る。……さすがに無警戒すぎないか。集中しようとした時、甲高い声が聞こえた。
「アノニさんっ! お茶入れましたっ!」
夏井だ。おぼんの上に、湯飲みを乗せている。
「砂糖たっぷり、カフェインたっぷりに濃く濃く淹れましたっ。集中できますよ!」
「……私と貴方は初対面なのよ。警戒しないのかしら」
よりにもよって、自分にお茶を出してくるとは。目の前の女性は何も知らないだろうが……。夏井はこてんと首を傾げた。
「え? 司令部の中にいるなら、みんな味方ですよ! だから、私は精一杯応援するんです! しれーの教えてくれた、この笑顔で! です!」
……やはりこの組織は、純粋真っ直ぐバカばかりなのだ。アノニは一つだけ息を吐くと、湯飲みを受け取った。ほどよく熱く、手の平を温めていた。微かに濁った緑色が、何処か心を落ち着かせてくれる。
「……いただくわ」
「はい! 悪い奴をばしっとやっつけちゃいましょー!」
夏井は無邪気に片手を上げる。これから集中する、と伝え、システムから「棺」を新しく作りあげるための模索を始める。
「……変わってないわね」
システムはファーレンのものとよく似ていた。
アマテルとファーレンは、元は同一の組織だった。詳しく回想している暇は無いが。
最初の棺の発掘に関わったのがアノニ、ヴァース。そしてカオシードという女性。だった3人で棺・空想・巨神というシステムを確立させた。平和も戦争も志していた訳では無い。ただ、単に作れるから作った、それだけだ。ヴァースとカオシードは違っていたようだが……。
3人だけのチームは、組織へと拡大していった。やがて番匠が、ディールが来て。ディールが来た辺りから、棺システムは軍事利用されるようになった。番匠はレジスタンスとしてアマテルを設立。アノニは、カオシード絡みの事情からファーレンの総帥となり……思い出話が過ぎた。
既に、要塞は元の町1個を飲み込めるまで復元している。恐らく、後はメインシステムが復活するだけ。
アノニはアマテルが独自に発展させたシステムを浚い続ける。元総帥としての意地、カオシードへの反抗心、ディールへの危機感。全てを乗せ、「もう一度棺を生み出すため」集中し続ける。
夏井の持ってきた緑茶を飲む。
砂糖と塩が入れ間違えられていた。




