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今へと続く夢:埋まらない溝①

「首後ろのボタンだけは取り外せませんでした」


 首の後ろを触る。小さなでっぱりがあった。あの黒い女性……マリーゼ曰く、そこから生体コアへと繋がっていたらしい。


 ファーレンの所業は、相変わらず人を人とも思っていない。しかし、そのせいで唯架は助かり、今こうして家族と会えている。複雑なものだ。


「……いえ、帰れるのなら、何も」


 唯架は答えた。未だに実感が湧かない。間違いなくしんだと思ったのに、こうして生きて、誰かと話している。そして、両親と、何よりあの子と暮らすことが出来る。


 火動は、唯架達の願い通り、ごく普通に成長している。両親から、「火ノ原唯架はずっとお前の母親だ」と教えてもらっていたらしい。


 金子には、最後の手段として両親に預けることを提案していた。児童施設に預けることも考えたが、ファーレンの手にかかる可能性がある。一番信頼できるのが親だった。両親を危険な目に遭わせてしまうかもしれなかったが、苦肉の策だった。


 金子は唯架の提案を、ちゃんと形にしてくれていたらしい。彼女にも会いたかったが、どこからも音信不通になっていた。寂しいが、敵組織から逃れるためには当然だろう。


 こうして生まれた町、生まれた家に帰って、家族に囲まれる。あの研究室での出来事が、悪い夢のようだ。


 けれど。


 火動にどう接すればいいのか分からない。話しかける、その一言がどうしても言えない。


 唯架本人の意志ではないとはいえ、とんでもない存在の細胞を入れてしまった。事実、そのことで苦しめてしまった。敵組織が壊滅するまでの出来事は、味方組織から聞かされていた。彼らが敵組織を倒してくれたことも、……強襲されて一時的に捕まり、隠したかった事実を聞かされてしまったことも。


 戻りたいと願っても、敵組織に丸め込まれる未来しか見えない。例え唯架が製薬会社の就職を止めたとしても、別の女性が選ばれるだけだ。無力感だけが募っていく。……それに、経緯がどうあっても、火動が生まれたことは間違いではない。唯架がいてこそ、火動は火動として生まれたのだ。


 これまでのことを知りたい。ほんの些細な日常のこと、学校はどうだとか、毎日どんなふうに過ごしているか。両親は聞かなくても教えてくれたが、やはり本人の口から聞きたい。


◆◇◆


 襖を閉める。重い溜息が出た。


「……」


 再会して数日。今日も、母親と話せなかった。


 初めて顔を見た時は嬉しかった。それは間違いないのだけれど、あっという間に困惑の方が上回ってしまった。


 写真でしか見たことがない母親と、どんな顔で話せばいいのか。祖母と同じ態度でいいのか。そればかりがぐるぐる回ってしまって、言葉を交わすどころか表情すら暗くなっていく。祖母たちは静観する方向で行くのか、何も言わない。それはいい、それはいいのだが。


 ……ただ生まれてすぐ引き離されただけではない。他とは違う関係なのも知っている。


 火動を見る母の表情は少し硬いが、拒否しているものではない。出会った時の涙は嘘ではない。そう分かっても不安になる。……ひょっとして、複製人間として不気味に思われているのではないか。そんなことまで考えが及んでしまう。


 そんなことを陽給に話した。


 それが運の尽きだった。


「じゃー本人に聞いてみよう!」


「待っ!?」


 陽給は火動が答える間もなく、火ノ原家へと叫ぶ。


「火動のママー! 火動が聞きたいことあるってー!」


「待ちやがれ!!!」


 しかし、母は素直に1階から上がってきた。隣の部屋から顔を出してくる。陽給のハイテンションさに驚いたのか、キョトンとした顔だ。


「火動ママ、火動のことどう思ってるの?」


「……だから、待てって……」


 そう言ってももう遅い。


「……あのね、火動」


 母の顔に、影が差した。


 それを見た途端、思わず窓を閉めていた。いわゆる逃げ出した、その選択である。あー! と叫ぶ陽給の声を、聞こえないふり。


(……何やってるんだ)


 それ以上に、恐怖が勝ってしまった。


 次の日の朝食は気まずかったが、祖母に捕獲された。


 味のしない塩鮭を噛み、白米を機械的にかき込む。夏休みなのが逆に憎い。学校があったならば家族と顔を合わせずに済んだのに。一言も喋らず、火動は部屋へと戻った。

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