今へと続く夢:再会、束の間の希望③
白い天井。
ファーレンに連れて来られた時、見た天井と同じだ。
唯架は靄のかかった頭で考える。記憶は火動を窓から投げたところで終わっている。というところでそっくりな天井。ひょっとして、無限ループというものにはまってしまったのでは?
そんな不安を抱えていると、視界に女性が映った。見たことのない若い女性だ。彼女は唯架を見るなり。
「ふくしれー! 唯架さんが起きましたー!!!」
心から嬉しそうに叫んだ。起き抜けの頭に大声はカンベンして欲しかったが、どことなく安心する響きがあった。
次いでやってきたのは、女性。目の細い、どことなく怪しい風貌だ。唯架は警戒レベルを上げ、彼女に尋ねた。
「ここは……どこなんですか」
声が掠れている。まるで長い間声を出さなかったかの如く。
「アマテルです」
「アマテル……」
身を固くする。ファティアから聞かされた名前の一つだ。ファーレンと長い間敵対している組織。ということは。
「私を……どうするつもり!?」
唯架は布団を掴んだ。捕虜にされた身の行き先は、明るいものではないだろう。尋問されるのか、それとも再び洗脳されるのか。
「落ち着いて下さい。私達は、貴方をファーレンから保護したのです」
「保護?」
「ふむ。目を見ればわかる。マリーゼ君、この人は悪人ではない」
更に別の男性が入ってきた。目の優しい、ごつい人。
「君はファーレンの要塞から発見された。だが、詳しいことは私達にも不明なのだ。辛いだろうが、貴方の知っていることを話して欲しい」
眉を寄せる。信じていいのだろうか。ファーレンと敵対していた組織とはいえ、唯架を丁重に扱う信頼はない。
と、先ほどの女性が入ってきた。
「しれー! 頼まれていたお茶を持って来ました!」
「まずは飲み物からだ! といっても白湯だがな!」
「……いえ、お茶は、いいです」
また、何か洗脳薬が入っているに違いない。断る。よほど鋭い目つきをしていたのか、お茶を持ってきた女性も司令も、少し悲しそうな顔をしていた。
余った白湯は女性……夏井が飲んでいた。
それを見ながら、これまでのことを話した。
よく分からないままファーレンに連れて来られ、自分の細胞をクローンに使われたこと。しかし存在を消すことはできず、赤ん坊を逃がしたこと。
「ありがとう。辛いことを話させてしまったな」
「私はどうなるんですか?」
唯架の問いに、マリーゼが答える。
「2、3日。問題なく生活が送れれば帰宅できます。しかし、貴方は生体電池に使われていた身です。しばらくこちらの監視下に置かれることになりますが」
「……監視下……」
「信じてもらえませんか?」
唯架は頷いた。ファーレンにいた時と同じ扱いだ、了承できるわけがない。
「それに、出されたものも食べません。食べ物に洗脳薬を混ぜるなんて、常套手段だもの」
「えっ!? それじゃあお腹空きますよ!?」
夏井が叫ぶ。その通り。その通りなのだが……唯架は唇を噛んだ。このままだと栄養失調が待っているが、信用できないのは変えられない。
もう2度と、洗脳されたくない。
「無理もありません。唯架さんにとって、私達は会って1日も経たない怪しい組織の人間。すぐに信用は出来ないでしょう、夏井さんであっても」
「……ええと」
「できないでしょう?」
「は、はい!」
どうやら、夏井という女性は能天気が服を着ていて歩いているような女性らしい。親しみは湧くが……。
「最後に聞くが、君は火ノ原唯架さんで間違いないな?」
「えぇ。でも、どうして私の名前を?」
ファーレンの名簿に載っていたのか。しかし誘拐同然で連れて来た女性だ、悠長に名簿をつけている暇があるだろうか。
「君が眠っている間、火動君に確認してもらった」
「火動が……!?」
思いもしなかった名前に勢いよく起き上がる。だが、体はまだ固まっていて、節々の痛みにうずくまる。
「君はずっと眠っていた。まだあまり動かない方がいい」
「でも、火動は……あの子は、生きてるんですか……!?」
聞くと、司令は穏やかな笑顔を浮かべた。
「あぁ。火ノ原夫妻の元で、何も問題なく成長している」
身体の力が抜けた。くったりとベッドに倒れ込む。
けれど。
まだ、だめだ。
「そうだな。ファーレンの扱いは、非人道的に過ぎた。我々が信頼を得るには、もうこの手しかない」
司令は立ち上がり、部屋から出ていく。しかし、すぐに戻ってきた。
そして。
「ということで、本人を連れて来た」
「えぇっ!?」
思わず大声を出し、肺が痛んで咳き込む。だが、驚きの方が強い。
いきなりの本人、とは……!?
入ってきたのは、男の子。少し癖毛で、少年そのものの背丈。顔立ちには見覚えがある。唯架の記憶でほんの数時間前、この手で抱き上げた……。
「火動……火動なの……!?」
彼は、嬉しそうな、驚いたような、困惑したような顔をして。「……あぁ」と、頷いた。
その表情はごく普通の少年のもので、凶悪さの欠片もない。涙が頬を伝う。私の、私達のやったことは間違いじゃなかった。やっと、やっと報われたんだ。
しかし、どうして自分を母と分かったのだろう。その疑問はすぐに解けた。
「唯架!」
「ばあちゃん?! じいちゃん!?」
両親が入ってきた。唯架は掠れる声で呟いた。
「だ、誰が呼んだんです?」
「わたしが呼びましたー! 唯架さんが起きたんなら、ご両親も会いたいに決まってます!」
「夏井君! 久々のファインプレイだ!」
副指令の顔は引きつっていた。
しかし、そんなことはどうでもいい。
唯架はもう会えないと思っていた両親に、再び涙を流した。
次回に続きます!




