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悪戯な風邪:白衣の悪夢

※本エピソードは「爆夏のレッドグロウ」の回想を含みます!

 その3日後。明日は夏休みに入るという時。神薙に事件が起こった。


「火動は風邪! ミコちゃんトラちゃんも部活! 頼れるのは棗君とかんちゃんしかいないの!!!」


 2年生の扉を開くなり、陽給は言った。


「勉強教えて!!! 補習なの!!!」


「……」


 棗は目の前の少女を見つめた。何の感情もない。なんなら「明日肉屋に並ぶんだな」くらいの温度しかない。


 いや、少しだけある。


 あの時、腹をぶち抜くという目に遭わせたのに、勉学を教えろという豪胆さが。


「……学年が下という事は理解しているのか」


「してるよー! その上でお願いします、数学だけでいいから教えて下さいっ!」


「……年嵩が上というのも知っているのか」


「え??? 棗君、2年生でしょ?」


「……」


 まぁ、知る由もないか。棗と神薙が、少年少女の姿をした大人ということは。しかし、素直に教える義理もない。ということで。


「神薙」


「はいっ! 棗様のいうことなら、例え火の中水の中! 神薙がご教授します!」


「やったー! ありがとうね、棗君、かんちゃん!」


 棗は「用事がある」と先に帰った。実際は用などなく、陽御崎の茶番には付き合えないということだったが。神薙は彼女のコミュニケーション能力で、なんとかするだろう……という予測だ。


 神薙は陽給に遠慮することなく、数学を教えていく。


「陽給様、この単元、私の記憶通りならば1年生の頃合いでは」


「ひ……人には色んな事情があるの! 聞かないでー!!!」


 しばらくすると。


「神薙ちゃん、様付けなくてもいーよ! 先輩後輩の関係もなんならナシでオッケー! ひたりんって呼んで!」


「陽給様、5分で飽きないで下さい……」


「だって方程式むつかしいんだしさー! まだまだ呼び方カタいよー!」


◆◇◆


 体がだるい。節々が痛い。


 薬と、祖母特製のすり下ろしりんごを食べて、大人しく寝ておく。


(……クローンでも、破壊者とか言われても。風邪って引くんだな)


 最強過ぎないか、風邪のウイルス。


 こうやって寝転んでいると、夏の出来事が思い起こされる。まるで夢のような記憶。けれど夢ではない。確かに火動の中に、実感として残っている。


 体の軋みが、あの実験室、あの研究者を思い起こさせる。名前も知らぬ、しかし、表情だけは簡単に忘れられない。


 狂気。


 ただ、それだけがあった。


 ファーレンから救出された後、陽給と会話する事で、暗闇は平気になった。だが、こうして体調が悪くなると、悪夢が思い起こされる。


 ……少し、寒くなってきた。火動は布団を引き寄せ、寒さに耐えた。


 いつしか、夢を見ていた。


 ただ、回想するだけの夢。


 けれど、感情は生々しく……。



 目を開けると、暗い空間だった。黒い天井に、赤い光だろうか。まるで都会の夜空のようなインテリア。だが綺麗さというものはなく、反射的に嫌な気分になる。腹はまだ鈍痛が残っていて、体を動かすほどの力は回復していない。


 ……そうだ、陽給。彼女はどうなったのか。ちゃんと逃げ延びられたのか……!


「起きたか」


 顔を向けると、白衣の男が目に入った。誰だか分からないが、アマテルの職員ではない。敵だ。


「そう睨むな。治療してやったのは私だぞ、ヴァース」


「……、ヴァース?」


 どうして父の名前で呼ばれるのだろう。何か誤解している。訝しんでいると、男は凶悪な笑顔を火動に向けた。


「……知りたいか?」


 罠だ。けれど、ここがファーレンならば、より父親のことを知っているに違いない。深い情報を知りたいならば、危機を回避してはならない。動かない体に力を込める。


 意図しないうちに、火動は男の策に乗っていた。何があるか分からないうちに。


「知らないなら教えてやろう。……君は、彼の細胞を投与されて生まれたクローンなんだよ」


「クロー、ン?」


 嘘だ、という前に、男は言う。


「本当さ。同じ棺に乗ることができるのが何よりもの証拠じゃないか。1人につき棺は1つと、アマテルから教えられなかったのか?」


「……父親だから、と……」


 言うと、男は大笑した。心底可笑しそうに。


「そんな嘘を信じていたのか! 父親、父親ねぇ? まぁそんな関係とも言えなくもないか?」


 ……いや、まだ母がいる。火ノ原唯架という母と、祖父母がいる。祖父母の証言が何よりもの証拠だ。


 だが、それすらも男は嗤う。


「その顔だと、お前、親とか両親がいたんだな? それも嘘さ、試験管から生まれたんだから血が繋がるはずがない!」


「……火ノ原唯架は……」


「誰だその女は。あぁ、そんな名前の研究者がいたな? だが、それがなんだと言うんだい。君の母親という証拠は?」


「……」


「ほら、そんな偽りの家族なんてどうでもいいだろ。我々が君を迎えてやろう。君のあるべき姿だ」


 男の声が反響する。体がベッドに重く沈み込む。信じてきたものが崩れていく。


 目蓋が沈み始める。反抗する気力も無く、何かが右腕に刺さる。冷たさはない。ぬるま湯のような、温かい液体が広がっていく。ショックで固まった脳が、それは良いものだと判断する。


 ここに来た理由は。戦ってきた理由は。


 何も縋るものはなく、沈んでいった。


 ◆


「お帰り、ヴァース。君の望んでいた戦場だぞ」


 彼の言うとおり、火ノ原唯架という研究者はいた。だが、出来上がったクローンを急成長ポッドに入れる直前になって赤子を盗み出した。その行方は知れないが、火ノ原唯架は捕らえられ処刑された。


 けれど、もう関係ない。この少年に教える理由もないだろう。ファーレンへの復讐に走っては元も子もない。そして、既に実用化ができる年齢にまで育っている。本来は身体が完成する20歳の出撃を目論んでいたが、この肉体年齢ならば今すぐ戦場に出せる。


 あの男のように、全てを滅ぼし、そして。


 これも運命だろうか?


 ◆


 夢を見た。


 銃声、血の海、慟哭。


 地獄のような風景の中、男が笑っている。腹の底から楽しそうに。


 健気にも突貫してきた兵器を、男の創り出した神は踏み潰す。


 それが、ヴァース・ハイアットという男だった。

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