夏井さんとしれー①
爆夏のレッドグロウA・A、始まりました!
今後ともよろしくお願いします!
「君の笑顔が素敵だ」
なんて、気障な台詞。髭面コワモテから発される台詞とは思えない。
甘い紅茶の香り。冬のミルクティー。屈強な男性とは似つかわしくないアイテム。
それが、夏井紅のはじまりだった。
◆◇◆
「これからどーすればいいの……」
紅は途方に暮れていた。指先がかじかみ、ストッキングは冷えに冷えて感覚がない。それでも尚、温まれる場所はなかった。
財布の残金は50円。定期は忘れ、行きの金額しかなかった。クレジットカードがあるから大丈夫と思っていたら、それも家に忘れていた。
それでも、いつもの紅ならばまだまだポジティブシンキングを貫けただろう。警察に言えば家までの交通費を貸してくれることくらい知っている。けれど、そんな気分にもなれなかったのは。
会社から、クビを言い渡された。
理由を要約すると「ドジすぎる」。
ドジ。それが夏井紅のコンプレックスだった。書類は無くすどころか破き、消しゴムを取ろうとすれば部屋の隅まで転がっていき、何もないところで転ぶ。計算機を一列間違える、A4とB5を間違えるなど日常茶飯事。
『ドジっ子でかわいいねー』と学生時代は学友から可愛がられたが、社会と学校は違う。分かっていたのに、それでもドジは治らなかった。
「はっくしゅん!」
大きなくしゃみをした途端、凍った水たまりに足を取られる。どさりと地面に倒れ込む。A4が入るカバンがクッションになってくれたが、それでも痛い。
地面が冷たい。
痛い。
惨めさが浮かんできて、すぐに立ち上がれない。
と。
「君、大丈夫か?」
声をかけてきたのは、40代くらいの男の人だった。顎鬚が生えていて、どことなくコワモテだ。優しめの声とギャップがある。
「は、はい……だいじょーぶ、です……」
大丈夫といったものの、痛くて動けない。すっ転ぶのは年を取るほど痛くなるというのは本当だったらしい。滲んだ視界に、大きな手が差し伸べられた。
「良かったら、手を貸そう」
「……ありがとう、ございますぅ……!」
手はカイロのごとく暖かった。ぬくさが目に沁みて、涙が出てくる。呆れられるかと思ったが、男は微笑んだ。
「これも何かの縁だ。向こうに喫茶店があるから、温かいものでもおごってあげよう」
「いいんですか!?」
「500円くらい何でもない。それに、寒がる女性を置いて帰るのは、番匠千荻の主義じゃないからな!」
主義。ちょっとヘンな人だ。
(でも、手があったかかった……)
手の温かい人に悪い人はいない。祖母の口癖だった。




