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「ごめんね」より言いたいこと。

作者: 千秋 颯

 ごめんねって、大切な言葉だけどあんまり好きじゃない。


 ごめんねって言おうとする度、酷く気持ちが重くなる。

 謝ったって何か変わるわけでもないだろうに。

 相手が許してくれても、突っぱねられてもきっと心にはモヤモヤが残る。


 でも謝ってしまう。

 私は特にそういう癖が他の人より強かった。


 自分に自信が持てなかったからだと思う。

 私には常に後ろめたさが付き纏っていた。




「ごめんね」


 小さく丸まる母の背中に私は声を掛ける。

 震える肩を見て、ああ泣いているんだなと思った。


 私は知っている。

 お母さんが泣いている理由は私のせいだと。

 こういう時、上手く言葉が出ない。


 何を言うのが正解なのかわからなくて、でも申し訳ないとは思っていて、だから漠然とした罪悪感だけで謝罪を呟いてしまう。


 すると母も嗚咽混じりの小さな声で呟いた。


「ごめんねぇ……ごめんねぇ……」


 それを聞いて胸が締め付けられるような痛みを訴える。

 目頭がカッと熱くなって、私は唇を噛み締めて堪えた。


 母を責めるような気持ちなど微塵もない。

 けれど母は私へ強い罪悪を覚えていた。


「謝らないでよ、お母さん」


 私はふと、母が持っているものに気付いた。

 額縁に入れられた私の写真を、彼女は愛おしそうに撫でていた。


「ごめんねぇ。あんたはこんなこと言われても、きっと困ってしまうだろうに、こんな言葉ばっかり」


 そして彼女は泣きながらも歪な笑みを浮かべて呟いた。


「……ありがとうねぇ」

「……っ!」


 震えて、掠れていたけど、とても優しい声だった。


「生まれてきてくれて、ありがとうねぇ。優しい子に育ってくれて、ありがとうねぇ」


 ありがとう、ありがとうと繰り返される言葉が酷く温かい。

 心が満たされて、ついに涙となって溢れて、そこで私は漸く気付いた。


 ああ、私が言わなきゃいけなかったのはこういう言葉だったんだと。


「……『ありがとう』」


 その声が、母の耳に直接届くことはないけれど。

 私は拙い感謝の言葉を繰り返して泣きじゃくった。


 最後に大切なことを知れた。

 私は、ごめんなさいよりも伝えたかった言葉を言えないまま消えてしまうところだった。

 母は、それに気付かせてくれたのだ。


「ありがとう、お母さん。……愛してる」


 私はそっと、母の背中を抱きしめた。



***



「……由香(ゆか)?」


 一人、啜り泣いていた女性はふと振り返る。

 背中に確かな温もりを感じたのだ。


 しかし振り返った先には誰もいない。

 感じた温度も消えていた。


 暫く呆然としていた女性は静かに涙を流したまま、柔らかい微笑みを浮かべた。


「…………どういたしまして」


 そう呟くべきだと。

 その言葉選びこそ正しいのだと。

 何故だか、そう思えたのだった。

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