0話 喰い残し
白い神殿めいた部屋。中央に冷たい石の台。
その上に裸の少年が横たわる。黒い縄で縛られた細い手足。まだ五つにも満たぬ体が小刻みに震えている。
周囲を囲むのは白衣の“祭司”たち。
ひとりが口を開けば、他の者が唱和する。意味を持たぬ古語――歌とも祈りともつかぬ調べ。
『ナバリ……タギエ…… ナバリ……タギエ……』
潰した虫が掌に握られ、滲む体液が肌に擦りつけられる。
甘腐れた匂いが立ちのぼり、喉奥がひきつる。
顔、胸、腹、口元――。
異臭に満たされながら、幼い心は静かに悟る。
――これは“死”の儀式だ。
生温い息が空気を重くする。
目隠しの向こう、暗闇の底に“それ”がいる。
呼吸ではない。大地そのものが脈打つような低い拍動。
羽音。香の層を裂く一匹がいる
――逃げ切れたのか
バリッ。
四角く分厚い歯が、薄い皮膚を貫く。
皮が裂け、脂が鳴り、腹壁の下から温いものがほどけ出す。
縛られた足が反射でのけぞり、縄が肉を噛む。踵が石を叩き、乾いた衝撃が返る。
肺は風を掴み損ね、喉は開いたまま乾く。音は出ない。鉄の匂いだけが鼻へ昇る。
背骨が、芯から砕けた。
巨大な口が顔へ迫る。
刃のような歯列が頬骨を割り、眼窩の縁が潰れる。湿った破裂。白が瞬き、闇が沈む。
指は空を掻こうとして届かない。縄に縫い留められた掌の内側で、爪が自分の皮を裂いた。
その瞬間、彼の命は――絶たれた。
……はずだった。
なぜか、生きていた。
脳は砕け、心臓は止まった。それでも目は開いた。
死の余韻の暗闇に、ひとつだけ視界が灯る。
祭司たちはまだ気づいていない。
神に喰われたその少年が、なお死んでいないことに。