二つ名…?えっ!決定なの?
# 日記:地球歴 残存記録 第192日
# 場所:不明
「ブリッジ聞こえますか?兵装、及び燃料が限界間近のため帰投します。許可願います。」
既に敵も降伏したようでこちらの護衛艦が敵の逮捕に向かっているようだ。
俺も疲れたし…早く戻りたい。
「エドワード伍長。こちら格納庫内管制室。ガルガンティア総司令である。よくやってくれた。帰投を許可する。滑走路2番を使用したまえ。」
「は…はっ!畏まりました。帰投致します!」
なんで?なんで、総司令閣下が格納庫にいんの?どういうこと?まぁ…ならとにかく余計に早く戻るか。
飛行甲板に白く2番と書かれた滑走路に減速して進入しようとすると、俺の前にドロイド?というのかな。ロボットが俺の機体の先端を掴むとそのまま機体に表示が出た。
『エンジンを停止し、操縦桿から手を離してください。おかえりなさい。エドワード伍長。』
凄いな…
そのまま俺はそのドロイドによって格納庫内に案内された。
俺がコックピットから降りるとそこには、
総司令閣下を筆頭に、ザビーダ少尉、ルーク先任曹長、エルド特務大尉が立っている。彼らの顔には、疲労の影よりも、何かしら達成感に近い、しかし複雑な表情があった。特にザビーダ少尉の目は、いつも以上に鋭く、同時にどこか憐憫にも見えた。
「彼奴等は敢えて出撃させなかった。」
少尉の言葉が、冷えた格納庫の空気を切り裂く。そうか…。結局、誰も来なかった理由は、そういうことだったのか。出撃要請を無視したわけでも、通信が届かなかったわけでもない。最初から、計画されていたことだったのか。
「彼奴等には今、君と俺達がやったシュミレーションを全て確認させて自分達と何が異なり、それを補うためにどのような訓練が必要なのか…反省文を書かせている。」
「何故ですか?」
口から出た質問は、単純すぎた。自分でもそう思った。だが、知りたかった。
ザビーダ少尉は一歩前に出た。その動きに、エルド特務大尉がそっとうなずく。
「君には敢えて言っていなかったが、ケルベロス中隊というか…それ以上にファントム大隊全体を通して、君に対して自分達よりも格下と侮る者達ばかりだった。」
…ああ。それは、感じていた。新人の伍長が、なぜ「赤い彗星」などという二つ名で呼ばれるのか。視線の先には、侮蔑と嫉妬が混ざったものがあった。
「そこで俺達は第一戦闘部隊全体の意識改革と共に戦力強化の一環として、彼奴らの思考そのものを一新させることにした。今日の『戦闘』は、そのためのデモンストレーションにもなったな。君には、負担をかけてしまったが、見事にやり遂げてくれたな。」
総司令閣下が、微かに頷かれた。その重い承認が、肩にのしかかる。俺は…ただ、早く帰りたかっただけなのに。
「大変そうですね…。そこで隊長を務めるなんて、不安です…」
本音だ。部下を持てば、その命の重さに押し潰されそうで。自分一人で飛んでいる方が、よほど気が楽だった。
「そのことだけどな。」
今度はルーク先任曹長が口を開いた。
「総司令閣下と協議の上で、君は直接的な部下を持たない方向で考えている。」
…え?
「どういうことです?」
「正直…"赤い彗星"に見合う部下達が今の南部方面軍には居ないんだ。」
ザビーダ少尉が続ける。その言葉は、残酷なほどに率直だった。
「君の戦闘データは、既存の戦術理論を無効化するレベルだ。あの機動、索敵能力、状況判断…それをリアルタイムで追従し、連携できるパイロットは、現状、俺を含めても数えるほどしかいない。無理に小隊を組ませれば、君の足を引っ張り、君に危険が及ぶ。」
格納庫の奥から、大型リフトが動作する低い唸りが聞こえる。その音が、少尉の言葉をより現実的なものに感じさせた。
「今後、そういう隊員の教育機関も作っていきたいとは思っているんだがな。だが、それまでは…君には単機で最前線のキーマンとなてもらおうと考えている。必要に応じて、俺やルーク、あるいは他のエースが臨時にサポートに入る。それが現実解だ。」
んっ!?あれれ~? 頭が追いつかない。単機で…? キーマン?
そして、もう一つ気になることが。
「あの…その二つ名って決定なんですか?」
【赤い彗星】。あの伝説アニメの…いや、神話の領域にまで達したと言われる、あの異名が。
ザビーダ少尉の口元が、わずかに緩んだ。エルド特務大尉も、ふっと鼻で笑った。
「さっき、総司令閣下が認めていたからな。少なくとも南部方面軍では珍しいネームドになったな。おめでとう!!」
…全然嬉しくない!
むしろ、重荷でしかない。その名前にふさわしい戦果を、これからずっと上げ続けなければならない。期待の視線が、これまで以上に集まる。失敗が許されなくなる。
「今後の活躍も期待しているよ。"赤い彗星"エドワード伍長!」
総司令閣下が、初めて直接声をかけられた。その声は低く、静かだが、鉄の意思を感じさせるものだった。
「…畏まりました。」
それ以外に、何と言えばいいのかわからなかった。頭を下げるしかなかった。
式典のようなものは一切なく、その場は解散となった。ザビーダ少尉とルーク曹長は、今後の作戦の概要データを俺の端末に転送すると、それぞれ去っていった。エルド特務大尉は、「明日から本格的なカスタム整備に入る。よく休め」とだけ言い、整備班のもとへ戻った。
最後に残った総司令閣下は、一言、「よくやった」と繰り返され、ゆっくりと管制室の方へ歩いて行かれた。
帰投したはずなのに、なぜか、また別の戦場に立たされたような気分だ。目に見えない、もっと大きな、重い戦いが始まったのだ。
疲れた。本当に、心底疲れた。
明日から、俺は誰なんだろう。「エドワード伍長」なのか、「赤い彗星」なのか。それとも、その両方なのか。
わからない。ただ、コックピットに座り、操縦桿を握る時だけは、いつも通りの自分でいられるような気がする。それだけが、今の唯一の救いだ。
…明日も、飛ばなければ。




