赤い悪魔
# 日記:地球歴 残存記録 第192日
# 場所:不明
宇宙の闇に浮かぶ小惑星帯の影で、宇宙海賊
の大規模艦隊は息を潜めていた。艦橋のスクリーンに映るのは、無数の破片が漂う戦場の残骸。生き残りは獣のように獲物を求めて彷徨う。
「大将!狙いの獲物が網にかかりましたぜ?」
若い通信士の声が、重苦しい沈黙を破った。艦長のヴァルガは、ひげ面を撫でながら監視画面を睨む。
「ようやくか…情報屋からネタ引き出してここに網を張って一週間。ガセネタかと思ったけど、本当だったみたいだな。」
スクリーンには、帝国軍の大型戦艦が小惑星の陰に隠れるように停泊している。外装は傷だらけだが、エンジンからかすかな熱信号が漏れていた。
「明らかに戦争終結後って感じっすね。装甲も酷い状況っすよ。」
「聞くところによれば、航空部隊が壊滅状態らしい。護衛機はゼロに等しい。」
「そりゃお気の毒様(笑)」
艦橋に薄い笑いが広がる。ヴァルガは拳を掲げた。
「おい!パイロット諸君!やつらを血祭りにあげて、帝国南部方面軍の総司令閣下を俺のもとに無傷で連れてこい!あの艦にはまだ価値あるデータが眠ってるはずだ!」
「やってやらぁ!」
パイロットたちの歓声が通信チャンネルに響く。40機の戦闘機が我先にと一斉に発進口から飛び立つ。
「彼奴等、一気に行きましたね。」
「早けりゃ早いほうがいい。奴等が援軍を呼ばないとも限らねぇからな。戦争は終わったが、油断は死を意味する。」
ヴァルガはそう呟くと、戦闘機群が敵艦に接近する光景を見つめた。
最初の数分は順調だった。敵艦はわずかな対空砲火を放つだけ。戦闘機の一団が包囲網を狭める――その時、異変が起きた。
「いぎゃぁ!!」
突然の悲鳴が通信を切り裂く。スクリーンに、真っ赤な機影が映った。それは旧連邦軍の機体とも、帝国の最新鋭機とも違う。流線形の機体は、物理法則を無視するように小惑星の間を滑り、戦闘機の群れに突っ込む。
「こいつ一体!!」
「真っ赤な機体…嘘だろ、この俺が…」
「嫌だぁ…死にたくねぇ!助けてくれぇ!」
「喰われる…喰われちまう!!」
パイロットたちの声は恐怖に歪む。赤い機体はミサイルもビームもかわし、戦闘機に触れると――文字通り「喰らう」ように機体を分解していく。金属が引き裂かれ、エネルギーが吸い取られる音が通信に混じる。
「彼奴等…何を騒いでる?喰われる?」
ヴァルガが眉をひそめた瞬間、通信士の声が震えた。
「大将…ギャス小隊全滅です。」
「何だと!?」
「他の機体も…次々に喰われてます!あの赤い奴は化け物です!!どうして…あんな軌道で飛べるんだ!?」
スクリーン上、赤い機影は残像を引きずりながら戦闘機を狩り尽くす。10分も経たないうちに、40機の信号は一つまた一つと消えていった。 その機体は、小惑星とこちらをまるでワルツでも踊ってるかのように華麗に舞っている。
「赤い悪魔…」
誰かが呟く。艦橋は水を打ったように静かになった。
「10分?たった10分でこちらの40機の戦闘機部隊が全滅だと…?」
ヴァルガの声には怒りよりも驚きが滲んでいた。その時、警報が鳴り響く。
「敵機そのままこちらに向かってきます!」
「くそっ!全艦対空ミサイル、対空砲撃始め!奴をとりつかせるな!根城に連絡!提督に報告を上げろ!急げっ!!」
命令は遅すぎた。赤い機体はミサイルの雨をすり抜け、艦隊の旗艦へ一直線。その動きは機械のようでもあり、生き物のようでもあった。対空砲火が命中しても、機体は一瞬で離脱し、こちらの攻撃は全く当たらない。30分後――ヴァルガの艦隊は無力化されていた。
「大将…」副官が俯きながら報告する。
「くっ…ここまでか。」
「全艦スラスター及び主砲が大破。その他、対空防御も中破多数。艦内の至る所で消火活動が行われています。死傷者も多数!戦闘続行は不可能かと…。敵軍旗艦から降伏勧告が入っています。」
「提督に報告は済んだか?」
「連絡済みです。…返信はありませんが。」
ヴァルガは深く息を吸い、スクリーンに映る赤い機体を見つめた。それは敵艦の周囲を静かに跳んでいた。まるで獲物を待つ捕食者のようだった。
「…仕方ない。降伏する。」
彼は拳を握りしめ、歯を食いしばった。
「まさか…たった30分で俺の艦隊を壊滅に追い込むほどのパイロットが残っているとはな。あれは…人間なのか?」
赤い機体のコクピットは、誰も見ていない。だがヴァルガには感じられた――あの中にいるのは、戦争が生み出した何かであり、終わらない憎悪の化身なのだと。




