帝国軍南部方面軍整備責任者
#日記:地球歴 残存記録 第189日
#場所:南部方面軍旗艦インペリアル・シールド 艦内通路
「会わせたい方ってどなたなんですか?」
「我々南部方面軍における整備責任者だよ。今、君の機体はこの艦の格納庫にあるんだけど、状態をみてもらってる。」
「直せるんですか?」
「今の若い技師たちには無理だな。今の連中は自動式やドロイド支援型の戦闘曲の整備に特化している。だが、あの人ならたぶん直せるだろう。まだ、マニュアル操作だったときから整備士をしているからな。航空機の整備に関して帝国広しと言えど、あの人の右に出る人は居ない。」
「そんなすごい人なんですね。」
「まぁ、正体は頑固爺だけどな。」
「だ…大丈夫でしょうか?」
「問題ない。あのじいさんが最も重要視するのはパイロットの腕だけだ。未熟者の整備は決して行わない。」
「…」
「まぁ、心配しなくていい。ほら、格納庫に着いたぞ。」
ザビーダ少尉が自動扉を開けると、大きい…広いという言葉では表せない途轍なく巨大な空間があった。
「ここに搭載されていた機体は全て撃墜されてしまったからな。今の護衛機は旗艦を護衛している戦艦や巡洋艦に搭載されているものでカバーしている。今に南部方面軍の本部に到着する。そこで搭載機の補充とパイロットの増員を行う予定だ。」
俺は少尉に従って階段を降りていった。
座って喋っていた整備員達は俺達を見ると直立不動の姿勢になって敬礼しだした。
「彼らにとって君はパイロット達の仇を取ってくれた恩人であり、旧式の機体で敵を殲滅した逸材だ。困ったことがあったら整備員を、頼ってもいいぞ。彼らも必ず守ってくれるはずだ。」
俺は敬礼を返した後、少尉の後を追った。
格納庫の一番奥の扉を開けると、部品がバラバラに置かれた機体があった。
俺が乗っていた機体だ。
やはり相当な損傷を負っている。
「エルド爺。少しいいか?」
「ザビーダか?ちょっとまっとれ。」
機体の下から出てきたのは、ドワーフのように小柄で筋肉質な老人だった。
「エルド爺。紹介するよ。この機体のパイロットで俺たちの恩人であるエドワード伍長だ。エドワード伍長、彼が帝国軍南部方面軍整備責任者であり空軍整備特務大尉のエルド爺だ。」
「エルドじゃ。お前さんがこの機体のパイロットじゃな?」
「はい!エドワード伍長です。よろしくお願い致します!」
「ほほほ。良い良い。そんな堅苦しいのは。お前の戦闘記録はその機体と報告書から確認しておる。見事なもんじゃ。」
「ありがとうございます。」
「この機体は儂に任せておけ。今の技術を運用してより高性能な機体に仕上げてやろう。」
エルド爺と呼ばれる老人は、油まみれの作業服を着て、まるで彫刻家が大理石を見つめるように、俺の機体を眺めていた。彼の目は、無数の傷や歪んだ装甲板の一つ一つを、愛情と鋭い分析力でなぞっているように見えた。
「ザビーダ、お前は用が済んだら帰ってよい。儂とこの若造と少し話がしたい。」
エルド爺はそう言うと、手に持っていた多機能スキャナーをそっと作業台に置いた。
ザビーダ少尉は少し心配そうに俺を見たが、エルド爺の言葉に逆らう気はないようで、「では、エドワード伍長をよろしく」と言い残し、踵を返して去っていった。
広大でがらんとした格納庫に、エンジンの残響と遠くで作業するドロイドの駆動音だけが響く。エルド爺は機体の主翼付け根に手を当て、深くため息をついた。
「…久しぶりに見たわい、この機体を。F-77『ストームフェザー』。最後の純粋なマニュアル操縦型戦闘機の一つだ。生産ラインが止まってから、もう30年は経つだろう。今では記念館ぐらいでしか見られん。こんな姿で相見えるとは…感慨深いものだ。」
彼の言葉に、俺は思わず背筋を伸ばした。「ご存知だったんですか?」
「知らんわけがあるか。」
エルド爺はくすりと笑い、機体のコクピットハッチを優しく撫でた。
「儂はな…こいつの計画に関わったの一人だ。当時はまだ若かったがな。最新の神経接続インターフェースやAI補助操縦システムを一切排し、パイロットの直感と技量だけに全てを委ねる――そんなコンセプトに惚れ込んで、三日三晩、設計チームと議論したものだ。」
彼は振り返り、鋭い目で俺を見据えた。
「だが、時代は我々を見限った。戦争の様相が変わり、無人ドローンとAI管制ネットワークや支援ドロイド搭載型の最新鋭機が戦場を支配するようになった。人間の反応速度など、もはや冗談同然だ。ザビーダが作成したお前さんの報告書を目にしたとき、儂は驚愕した。戦闘――旧式機単機で最新鋭の自律型戦闘機部隊を殲滅したというのは、確率的に0.0003%以下の奇跡だ。いや…」
エルド爺の目が細くなった。
「奇跡ではないな。儂はお前さんの操縦記録データを解析した。あの戦闘で、お前は機体の設計限界を127%も上回るG負荷をかけ、同時に3方向からの攻撃を予測し、回避している。これはマニュアル操縦では理論上不可能な数値だ。」
格納庫の空気が急に冷たくなったように感じた。俺は無意識に拳を握りしめ、乾いた口を湿そうとした。
「どうやってやった?」
エルド爺の声は低く、しかし重く響いた。
「この機体には、最新の予測アルゴリズムも戦術AIも搭載されていない。お前がやったことは、単なる優れた操縦技術の域を超えている。」
長い沈黙が流れた。遠くで、何かの部品が床に落ちる音がした。
「…わかりません。」俺は正直に答えた。
「ただ、操縦桿を握ると、まるで機体が呼吸しているのが感じられるんです。次にどのように動くべきか、どこに危険が潜んでいるかが…直感として浮かんでくる。子供の頃から、機械とはそういうふうに『会話』できたような気がします。」
エルド爺はじっと俺を見つめ、やがて深くうなずいた。
「なるほど。シンクロナイズ現象か。稀だが、記録はある。特定の人間が、特定の機械系と異常に高い親和性を示す現象だ。通常は神経接続型機体でしか起こりえないが…お前の場合は、この旧式機でそれを起こした。」
彼は再び機体の方に向き直り、傷ついた装甲板を叩いた。
「面白い。とても面白い。ザビーダは、この機体を修理してくれと言ったが、儂はそうは思わん。」
エルド爺の目が、技術者特有の熱意に輝いた。
「修理などでは、もったいない。お前とこの機体の可能性を考えるならば…アップグレードするべきだ。こいつの基本フレームはそのままに、現代技術で限界までチューンする。だが、一つだけ条件がある。」
「条件…ですか?」
「お前が、儂のテストパイロットになることだ。」
エルド爺の口元に、いたずらっぽい笑みが浮かんだ。
「帝国軍はもう、こんな旧式機に予算を割かない。だが、特務大尉としての個人的な研究プロジェクトならば、ある程度の資源を動かせる。お前とこの機体で、人間のパイロットがまだAIや機械にに勝てる可能性があることを証明してほしい。」
彼は近づき、油まみれの手を俺の肩に置いた。
「戦場は変わった。だが、戦う理由は変わっていない。我々は機械の奴隷になるために生まれたわけではない。お前の直感が本当なら、それは人間の可能性がまだ終わっていない証拠だ。」
格納庫の天井から、淡い作業灯の光が差し込み、バラバラになった機体の部品に影を落としていた。その光の中、エルド爺の目は、長い軍歴で培われた確信に満ちていた。
「どうだ、エドワード伍長?時代に忘れ去られようとしている技術で、もう一度、空を切り裂いてみないか?」
俺は壊れ驚愕してやを見つめ、そしてエルド爺の熱い眼差しに目を戻した。心の奥底で、何かが確信に変わっていくのを感じた。これは単なる修理依頼ではない。ある種の運命――いや、挑戦だった。
「承知しました、エルド大尉。」
俺は敬礼、はっきりと言った。
「この機体と共に、人間のパイロットとしての誇りを示してみせます。」
エルド爺の笑顔が、深い皺の間でさらに広がった。「よかろう!ではまず、この子を完全に分解するとしよう。一つ一つの部品から、お前との『会話』の痕跡を読み取らねばならんからな。」
彼は工具を手に取り、再び機体の下にもぐり込もうとしたが、途中で止まって俺を振り返った。
「そうそう、一つ忠告しておく。これからお前が経験する訓練と改造は、軍の標準的なものとは比べ物にならんほど過酷で危険なものになる。覚悟はできているか?」
俺は壊れたコクピットの窓に映る自分の顔を見つめ、ゆっくりとうなずいた。
「はい。望むところですよ。俺は元々、死に場所を探してこいつを見つけ出したんです。今は生きてこいつを操縦できるんです。帝国には恨みしかないけど、俺が何かを変えるには力がいる。その力を手にするためなら、俺は何だってやってやるんです!」
その言葉と共に、広大な格納庫に、新しいプロジェクトの始まりを告げる、微かな興奮が走ったように感じた。古い技術と新しい可能性、老練な整備士と若きパイロット――この出会いが、やがて戦場の常識どころか、帝国すらも変えることになろうとは、この時、まだ誰も知る由もなかった。




