第5話:気合、そして手応え
炎の“それ”が、ゆらりと揺れながら与作に狙いを定めた。
まるで意志を持った獣のように、熱を帯びた気配が迫ってくる。
鉄パイプを構えながら、与作の頭の中に、ざわざわと何かが蠢いた。
(ダメだ……通らない。あんなもん、どうやって殴りゃいい)
常識が、筋肉を止めようとする。
だが、そのとき、体の奥底から、耳の奥をつんざくような怒号が蘇った。
――気合が足んねえ! 気を練れ、気を!
――腹の底から力を引きずり出せ!
父・久作の声だ。
凍える冬の朝。吐く息すら凍る稽古場で叩き込まれた呼吸法。
腹に力を沈め、巡らせ、吐きながらそれを押し上げる──理屈ではなかった。ただ「そうすれば力が出る」と、信じてきた。
(……あのときの、やり方で)
与作は、ひとつ深く息を吸い込んだ。
胸の奥に吸い込まれた空気が、丹田に沈む。
そこに火が灯るように、じわりと熱が生まれた。
それを腹で練る。かき回し、ふくらませ、熱を背骨に通して──右腕へと伝える。
鉄パイプの柄に、その力を叩き込むように握り込んだ。
叫ぶように、息を吐きながら──踏み込む。
「うおおおおおおっ!」
振りぬいた一撃が、炎の塊を捕らえた。
──手応えが、あった。
金属がきしむような重み。熱が裂けるような抵抗。
それまで何度も空を切った鉄パイプが、今度は確かに“何か”を打ち払った。
炎の姿が一瞬、ぶれる。
輪郭が歪み、火花が空中に散り、熱の塊がばらける。
「……やったのか?」
思わず声が漏れた。
だが、それはまだ消えなかった。
火の塊はわずかに後退しながら、空中を漂いはじめる。まるで、こちらの力を測っているかのように。
与作は荒い呼吸を整え、ちらりと左腕を見る。火傷の痕が赤く腫れ、じんじんと熱を持っていた。
何の理屈もない。ただ、命を燃やして振るった一撃が、確かに届いたという感覚だけが、そこにあった。




