第4話:混乱、そして遭遇
火災現場は、大学からそれほど離れていない古い商店街の一角だった。
すでに消防車が到着しており、赤色灯が通りを染めていた。だが、現場の騒ぎは尋常ではない。
「火が……消えねえぞ!」「出火元がわかんねえんだよ!」
怒号と混乱のなか、明らかに不自然な発火が次々に起きていた。
金物屋の屋根、空の真ん中、さらには濡れた地面すら、いきなり燃え上がっている。
与作とエリアスが人混みをかき分けて近づいたそのときだった。
「……あれ、見えるか?」
与作が立ち止まり、虚空を見上げて声を漏らす。
煙の中、燃え上がる熱気の向こう──火の粉をまとった“何か”が、そこにいた。
「鳥、か……?」
羽ばたくような形。炎の尾を引き、ゆっくりと宙を漂っている。
しかしそれは、焔が生んだ幻影とは思えなかった。はっきりと輪郭があり、意志を持ったように彼らを見下ろしていた。
「与作、君には鳥に見えるのか……?」
隣で、エリアスが呟いた。
「……なんだよ、他に何が見えるってんだ」
「僕には、狼みたいなものが浮いてるように見える。宙を……歩いてる」
お互いに確かに“何か”を見ている。だが、その像は食い違っていた。
それは──理素魔像。混乱の理素が人間の感情と共鳴し、形を取る怪異。
まだ誰も、それを名付けてなどいなかったが。
次の瞬間、火の塊が弾け、そばの消防士が顔に火傷を負って倒れた。
「……チクショウ!」
与作は咄嗟に、現場の工事資材の山へと駆け寄った。
手に取ったのは、一本の鉄パイプ。
体が、勝手に動いていた。
「与作、待て!」
エリアスも後を追う。だがその背を止めることはできなかった。
「……こっち見てやがる」
火の鳥──あるいは狼──が、与作の動きを察知したように、ゆらりと舞い降りてくる。
与作は鉄パイプを構えた。
(……当たるか?)
渾身の力を込めて振りぬいたその一撃は──宙を切った。
たしかに命中しているはずの距離、角度だった。だが、手応えは何もなかった。
次の瞬間、左腕に熱が走る。
見えない炎が腕に触れ、火傷のような痛みが皮膚を焼いた。
「クソが……!」
与作は歯を食いしばり、構えを取り直す。