第42話:作戦会議、そして『頼み事』
ソフィアに続いて、与作、エリアス、そして時子がパールハーバー空軍基地司令部の一角にある会議室に入った。
開放的なハワイの風土とは打って変わって、部屋は外の光を含めた外部からの情報の一切を遮断している。どこか重苦しい雰囲気を与作は感じていた。
十数人は収容できそうな部屋の中、ソフィアは部屋の正面にあるモニタの前の講壇の上に、持参したノートパソコンを置くと、手際よく配線し、前面モニタを起動した。
「適当に座ってちょうだい」
ソフィアのその呼びかけに、講壇近くで正面モニタに向かっている席へ、三人は与作を中央にして並んで座った。
ソフィアは手元の端末の時計を確認した。時刻は午前八時五十七分をデジタル表記で示していた。
「それじゃ、今日からまたしっかりお仕事よろしく。ちょっと早いけど前振りだけ始めるわ」
重たい空気を感じさせる会議室の中にあっても、最初の言葉を発したソフィアはいつもと変わらない調子であるように与作は思った。
「議題はずばり、次の目的地の特定」
ソフィアが手元のマウスをかちりとクリック操作すると、モニタにはハワイの主要八島を示す地図が投影された。
「オーストラリアじゃ、『ウルル』っていう場所のキーワードが分かってたけど、今回は『カナロア』って神様の名前しか分かってねえもんな」
両の手を後頭部に当てて、椅子へ寄りかかるようにしながら、与作が口を出した。かけている眼鏡は正面のモニタが発する光をうっすらと反射させていた。
「その通りよ。ただオーストラリアのケースを踏まえれば、目的の理素密集ポイント……、便宜上、『聖地』って呼んでみるけど、聖地に近づけば理術士が何らか違和感を覚えるはず」
「確かに、ウルルで覚えた違和感は、ただ理素密度が高いだけだと感じなかったかも」
モニタに映る地図を見ながらソフィアの解説に時子が補足を加えた。
「……だとしたら、大勢の理術士を展開してハワイ全体に配置して検索網を構築、っていうのが理屈上は確実なアプローチってことになるのかな」
エリアスの言葉にソフィアが頷いた。
「私も同じ見解よ。だから、オーストラリアにいる間に調整して、八つあるハワイの島々の自然スポットを中心に、複数名の理力執行官で構成した探索ユニットを展開したわ。かれこれ一週間は動いてる」
――ピロンという通知音と共に、会議室前面のモニタに、ウェブカメラの越しの女性の顔が投影された。
「おはよう、クリス。入ってもらったとこ早速だけど、例のハワイの調査状況、どうなってる?」
「おはようございます。ああ、お布団が恋しい……」
画面に映ったクリスタルは目をこすり、眼鏡をかけ直した。「Crystal Fitzgerald」の名前表示の横には日本時間表記のラベルと午前五時という時刻が表示されている。
ソフィアがはたと何かに気付いたように、与作とエリアスの方を見た。
「そういえば、与作とエリアスは初めてよね。彼女はクリスタル・フィッツジェラルド。表向きはアンダートの事務スタッフ。実体はフィオナの情報分析官。久作先生の暗号ノートの初期解析も彼女に手伝ってもらったわ」
「はじめまして、お二方。情報分析官、という名のなんでも屋、フィッツジェラルドです」
視線をカメラに一瞬向けて、手をひらひらと振ると、クリスタルは視線を手元のPCに戻して、キーボードをカタカタと叩き続ける。与作とエリアスが、モニタを見つつ会釈をした。
「調査状況ですが……進捗率は現時点で八十パーセント程にまで達しています。皆さんがウルルで覚えたような、違和感を訴える報告は上がってきてませんね。そちらの時間で十八時には百パーセントに到達して完了予定です。」
クリスタルの言葉と共に、投影されていた地図上にいくつものチェックマークがプロットされた。
「……そうなると、何か追加の手がかりが欲しいよね」
エリアスが腕を組みながら考え始めた。
「……陸地じゃなくて、海上なのかも」
時子の言葉に、会議室の、そしてウェブカメラ越しの視線が集まった。
「一昨日、与作と出かけてた時に声が聞こえた気がしたの。最初は博物館で、それから海辺で……」
「ああ、そういや、そんなこと言ってたな。急に何でもないとこでキョロキョロしだすから、不思議に思ってたんだわ」
ソフィアが、腕を組み、口に手を当てて、少し俯くように視線を落として考え始めた。
「なるほど……。海に聖地があったら、いくら陸の上を探したとて、探知されないわね」
ソフィアが顔を上げて、会議室前面に置かれている集音マイクに話しかけた。
「クリス、探索ユニットの活動ルートを追加するわ。変更案は後ですぐ送るから、指示伝達してちょうだい」
「うぐぐ、追加タスクですね。……分かりました。今の調査ユニットを明日から継続動かせるように手配しときます」
スピーカー越しのクリスタルの声は、困ったような間を含ませながらも、ソフィアの指示に反発素振りを見せなかった。きっと、いつもこんな感じなんだろうなと、与作は思いつつ、ふと横に座る時子の表情を伺った。時子はいつもどおりに平生とした表情で、与作の視線に気づくと「どうしたの?」と返した。その様子から、やはり、このやりとりがいつもの調子なのだろうと察した。
「海辺で聞いた声ってのは、なんとなく理屈はわかるんだが、博物館で声が聞こえたのはなんでなんだろうな」
与作が疑問を口にした。
「……確か、『航海のお守り』だった。それを見てたら聞こえた」
「……ちょうどいいわ。クリス、学術データベースからビショップ博物館の収蔵物情報、引っ張り出せる?」
「話向き、そんな展開になるだろうと思ってアクセス始めましたよ。ちょっと待ってください」
スピーカーからカタカタとキーボードを叩く音が響いてくる。
「ありました。これですね」
クリスタルが、タンッとエンターキーを叩いた音が会議室に響くと、画面を切り替わった。会議室の前面モニタには、データベースの検索結果が表示されていた。収蔵物の写真と、その横には詳細な概要、収蔵年月、寄贈者の情報といった情報が記述されている。
「うん。このお守りで間違いない」
時子がモニタから視線をソフィアに移し、目で訴えた。
「ヒントは多いほうがいいわ。この収蔵物にアプローチする算段もつけましょう」
ソフィアの方針宣告に、対して最初に反応したのは与作だった。
「んじゃ、博物館に行って、貸してくれってお願いするか?」
「正直、アンダートの看板で行っても、理素災害の事情を知らない学芸員じゃ、かえって怪しまれるんじゃないかな」
与作の言葉にエリアスが続いた。エリアスは与作の方を見た後で、正面の講壇に立つソフィアの方を見た。
「正攻法でいくなら、相手は公共機関だし、身内の関連する権威者の口添えをもらうのが早いわね」
「ハワイ、ポリネシア関連の専門家として、フィオナに関与している学者は三人いますが……、皆さんスケジュールが詰まってそうです。むこう一ヶ月は融通利かなそうですね……」
クリスタルがカタカタとキーボードの打鍵音を響かせながら、説明した。
「……寄贈者を尋ねてみるのは?」
時子が画面の寄贈者欄に名前があることに気付いて声を発した。画面上では、クリスタルが寄贈者名にカーソルを当てて情報をコピーし、また違うデータベース上に入力する様子が投影されている。すぐさま、その人物の戸籍情報と思しき内容が出てきた。
「ハワイ在住の方だったみたいですが、……残念ながら、故人のようですね。だいぶ昔の話のようです」
クリスタルは「一九五八年 死去」の文字列を強調するようにカーソルドラッグした。
一瞬、会議室を沈黙が支配した。――それを打破したのはソフィアの声だった。
「……よし。模造品とすり替えて、拝借しましょうか」
ソフィアの言葉に、与作とエリアスは、視線の向かう先を二人そろって一瞬でモニタからソフィアに切り替えた。
「おいおい、それはありなのかよ」
与作が、眉を細めながら言った。
「……ぶっちゃけ、フィオナでは、こういう諜報的活動は日常茶飯事よ。相手が政府関連施設なら、ウルルの時よりも強引な手段は取りやすいのよ」
ソフィアは両手を頭頂部の延長で結んで軽く伸びをすると、手元のパソコンのキーボードを触り始めた。
「ただまぁ、違和感ない程度には話をでっち上げないといけないわ。……駆け出し研究者が収蔵品を見たいって言ってきたら、多少は話聞いてくれると思わない?」
ソフィアは手を止めて、エリアスを見ると、わずかに口角を引き上げ、にこりと微笑んだ。
「なるほど……。僕がその、駆け出し研究者ってわけだね」
「察しが良くて助かるわ、エリアス先生。相手の学芸員に話を合わせられるように、少し知識を詰め込んでもらうわ」
「そうしたら、インプットとして、ハワイ含めたポリネシア地域の民俗史のサマリを用意できるだけ準備しておきます。……追加の割り込みタスクですけどね」
間髪無く、クリスタルが応じた。「追加」という言葉を、やや強調するように、ゆっくりと、はっきりと、発していた。
「与作はエリアスのインプットのフォローに入って。年齢的に、エリアスの方が説得力ありそうだから、今回は正面に立ってもらうけど……。あんた、民俗史なら、多少は心得あるでしょ?」
「ああ、詰め込むだけなら散々やったわ。任せとけ」
エリアスは「よろしく」と、すぐ横に座る与作に声をかけると、与作は「ん」と一言だけ返した。
「時子は、私の作業フォローしてちょうだい。博物館側のアポを取り付け次第、現地調査開始」
時子は「分かった」と、一言だけ発して、静かに頷いた。
「活動目標が定まったところで当会議は終了。各自よろしく頼んだわ」
モニタに映るクリスタルは「失礼します」と言って、瞬時に画面から消えた。ソフィアは手元の端末を、カタカタと少し操作すると、ぱたんと画面を閉じた。
「悪いけど、作業は各自の部屋で進めましょう。すぐに必要な機材を持っていくわ」
エリアスと時子は席を立つと、ソフィアの指示通りに持ち場につくべく会議室から退出していった。
……与作は、その場に座ったままだった。
「あら、どうかした?」
ソフィアは、ノートパソコンを脇に抱えながら講壇を離れ、与作の席の前に立った。
「あのさ、まったく別件案だけど、ソフィアさんにちょっと頼みたいことがあってよ……」
与作の声の調子はいつもと変りないが、その視線は鋭くソフィアに向かっていた。
「へえ、何かしら?」
ソフィアは空いている方の手を腰に当て、少し足を開いた。
与作は机の上に置いていた手を、ぐっと握りこんだ。
「ちょっとばかり、……俺に稽古つけてくれねえか?」




