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第39話:夕暮れの病室、そして種明かし

 ――パールハーバー空軍基地


 エリアスを乗せた担架は、輸送機から降ろされると真っ先に、待ち構えていた軍病院の車両に乗せられた。時子もまた付き添ってその車に乗り込んだ。救急隊員の男も、無線でエリアスの容体に関する情報をやりとりしながら、担架の横に構えていた。


 ――無線での会話を終えると、男は時子の方を見た。


「お疲れ様です。トキコ・カンザキ理力執行官」


 UN―DERT(おもてむき)の調査官補ではなく、FIONA(うらのかお)の肩書で、男は時子を呼んだ。その言葉で時子は相手の正体を悟った。


「……あなたはフィオナの方ですね」


 救急隊員の男は時子の言葉に頷いた。


「はい。合衆国空軍内で九条事案の報告とともに、『理素災害』による負傷者発生の報告をキャッチしました。あなた方をこれから軍病院に移送し、フィオナの管理下でケアします」


 運転席に別の男が乗り込んできて、バタンと扉を閉めた。時子の目の前の男は運転席に向かって合図すると、車は動き出した。


「あの……、他の二人の事……何か知りませんか? ソフィア・オドネル特別捜査官とよさく……」


 与作の名前を呼びかけて、時子は口をつぐんだ。「木戸与作」という名前は組織に対しては隠蔽していたことを思い出した。


「……じゃなくて、ヨウスケ・ヒノ氏の状況について。理素暴走への対応中に、二人とも乗ってた輸送機から空中降下したんです」


 時子は、目の前の男の表情を注視した。エリアスの様子を伺いながら険しい顔をしていた男は、一瞬、穏やかに笑いかけるような表情を見せた。


「はい。その二人の件は海軍の方で動きがあったようです。訓練航海からちょうど戻ってきた軍籍船が、漂流者二名を保護したそうですよ」


 男のその言葉を聞いて、時子は、止まっていた息を一気に吐き出した。こわばっていた肩の力が抜け、すとんと落ちた。


「……そうですか」


 手をギュッと握りしめた。


 車両はサイレンを鳴動させながら、小高い丘の上にある病院を目掛けて、道をこじ開け進んでいった。


 *


 ――トリプラー陸軍病院


 エリアスを診察する医師は不思議そうな顔をしていた。聴診器を当てて、心音を取りながら、「ん?」といった声を漏らした。


「あの……彼の具合は、どうなんでしょうか」


 その様子を横で伺っていた時子が、医師に問いかけた。医師は聴診器を当てたまま、口を開いた。


「報告によると……彼は、理素暴走による電撃の直撃をうけたとか」

「はい。……私を庇って」


 医師は「ふむ」と、言いながら顎に手を当てた。


「理素暴走が物理干渉して発現した電気ということで、まぁ『感電』というのが実態なわけだ……。そうなれば、内臓部……特に心臓部へのダメージは深刻なはずで、体表には熱性外傷……つまり火傷が起こるはず」


 医師が聴診器を外し、エリアスの体につけられた電極パッチの先の伸びている心電図モニタを見た。そして、くるりと椅子を回転させ、時子の方へ向いた。


「……その割には、あまりにも状態が安定している。バイタルはほぼ正常と言って差し支えない。体表の外傷も……火傷はありつつも限定的だ」


 医師は眉間にしわを寄せ、目を細めるようにして、時子に語り掛ける。深刻さを物語る表情でありながら、話している言葉は随分と楽観的な状況を説明している。そのギャップに、時子は若干の混乱を覚えた。


「通常の医学的知見から見れば……良い意味で、あまり処置をすることが無い。外傷のケアは当然するがね。多分、程なくして目を覚ますだろう。意識障害が無いかどうかは気にはなる。目を覚ましたら知らせて欲しい」


 そう言って、医師は後ろに控えていたナースに合図をすると、エリアスの身体へ軟膏を塗り、衣服を整え終えると、担架を動かし始めた。

 時子は医師に一礼だけすると、ナースの後を追った。


 *


「おい! エリアスは無事か!」


 与作が病室の扉を勢いよく開けて流れ込んできた。ソフィアの姿も、すぐ後ろにあった。与作の肩は上下に揺れていた。


「やあ、二人とも。無事合流出来て良かったよ」


 エリアスはベッドの上で上体を起こして座っていた。時子がその前に、丸椅子を置いて腰掛けていた。

 与作とソフィアは、口をぽかんとあけながらエリアスを見た。


「……思ってたより、随分と元気そうじゃない?」


 ソフィアの声に、「おかげさまで」とエリアスは手をひらひらと振りながら応じた。


「お医者さんも驚いてた。感電にしては、状態が安定しているって」


 時子が驚いている二人に向かって補足しながら、部屋の脇に積まれている丸椅子を二脚取り出すと自分の席の横に並べた。そして、部屋の入り口すぐで立っている二人に着席を促した。

 部屋は個室で、他の人間はいなかった。エリアスのいるベッドの右手にある窓には、夕焼けの空の色が、ブラインドで切り取られていた。


「……まぁ、一か八の賭けがうまくいったって事なんだよ」


 エリアスはいつも通りの落ち着いた口調で語り始めた。


「あの大鷲――風の理素魔像の電撃を受ける直前に、自分で体内の理素バランスをいじってみたんだ。……僕の場合、人間の体内の理素は手が届くところだからね」


 エリアスは自らの胸に右の手を開いて当てた。そっと目を閉じた。


「イメージ的には……風に抵抗するために火の理素の配置を集めて、自分の身体自体を火属性に傾けるつもりで……。多分、それで内臓系のダメージが軽減されたんだ」


 エリアスは手を置き、目を開いた。


「とっさの思いつきだけど、うまくいってよかったよ。これならきっと、みんなの理素耐性を上げるのにも使えそうだ」


 自らの体を使った臨床試験の結果を、手応えたっぷりに語るエリアスの語りは、静かでありながら、嬉々として明るく話をしているようにも、与作には感じられた。

 ソフィアが自分の顔を左の掌を目一杯広げて掴むように覆い、目をぎゅっと閉じて、うなだれるように俯いた。


「……まったく! うちの野郎どもは、どいつもこいつも肝が据わってるわね!」


 その横の与作も脱力したように「ははは……」と笑った。


「無理矢理の理力行使の反動か、妙な疲労感はあるけど、これは二日も休めば治ると思う。医学的には、体表の火傷のケアさえできれば支障ない。診察した医師もそう言ったし、僕も同感だ」


 時子がソフィアの顔を覗き込んだ。


「その……ソフィアと与作は、体とか大丈夫なの? 空から海に落ちた訳だし……」


 ソフィアが顔から手を離して、膝を勢いよく叩いた。


「決めた! 明日、明後日は全員オフにしましょう! 三日後に調査再開! 私も溜まった事務作業をやっつけて休んでやる!」


 ソフィアは力強く立ち上がると、椅子がカランと音を立てて動いた。



 ◆◇◆あとがき◆◇◆


 ムチソウ開発室 ― 無知との遭遇、制作裏話


 皆が無事に合流出来たというところで

 気合入れてオフを取る! という流れで終わった今回。

 オフのソフィア班の様子を作者は気合入れて書かなければなりません。

 作者はオフじゃないです。これが現実です。

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