第37話:迎撃戦、そして「恐怖」の形
「与作とエリアスは観測状況教えて! 時子は迎撃開始!」
開いたハッチから吹き込む風で髪を揺らしながら、ソフィアは前に立つ三人に無線で呼びかけた。与作とエリアスがハッチの外の理素魔像に目を向けた。
「緑色のでっかいドラゴンだ。おっかねえ顔で睨みながら追ってきてる」
「僕には大鷲が飛んで見えてる。きっと風の理素魔像だ」
ソフィアが理術戦闘補助HMDの音響解析モードで捉えた像は、風や機体のエンジン音が発するノイズ情報が多く、その視野には、理素暴走の様相を特定するにはあまりにも雑多な情報があふれていた。
時子は胸の前で三角形を作るように手を合わせ、その手の間で火が渦巻くように球状になって集まった。そして、迫る暴風の気配に照準を合わせるように、火球を暴風に重ねた。
――勢いよく火球は時子の手から宙に飛び出した。
与作は、時子の放った火球がドラゴンの翼に命中したのを見た。火球は爆ぜるように消滅し、ドラゴンは変わらず翼を広げて滑空している。
「当たったけど、なんかあんまり効いてなさそうだぜ?」
「……理素をうまく捕まえられない。その……動きが速くて」
与作が聞いた無線越しの時子の声の調子は、言葉を迷いながら探している節を感じさせた。与作は、あの時子が苦戦をしているのだと理解した。
「……そうか。いつもは地上で止まった状態で理術を使っているから、高速移動する航空機の中だと勝手が違うんだ」
エリアスの冷静な声が無線から飛んだ。ソフィアが振り返りながら背中方向――機体前方に視線を送りながら無線に手をかけた。
「コックピット! 速度を今よりも落とせる?」
ソフィアの言葉に続いて、すぐにザザッと音声が入った。
『調査官! こちら操縦士。無茶言わないでくれ! 気流も不安定だ。これ以上落としたら墜落するぞ!』
切迫する様相を伴った男の声が、無線を介して返ってきた。
与作はドラゴンの口の中で、何かが光り出しているのを見た。バチバチと紫色の光が弾けている。
「おいおいおい! なんか来る! ドラゴンブレスか?! アイツの口の中で電気バチバチ溜めてるぞ!」
時子がすぐさま両手を前につき出した。意識の届く周辺の火の理素へ意識を巡らせ、ハッチ入り口に掻き集める。
ドラゴンが口を大きく開くと、紫電の束が開いたハッチの中にいる与作達に向かってきた。
ハッチ開口部すぐ手前のところで、電気の束は、バチバチと音を立てながら、その向き先をあちこちに発散させた。うっすら火が宙に点在して浮いている。時子が集めた火の理素による防御層が迫る紫電に干渉した痕跡だった。
溜めた分の電気を吐き出しきったのか、ドラゴンが口を閉じた。そして高度を上げて、与作達を見下ろす位置取りで輸送機の追尾を始めた。
時子は力いっぱいに突き出していた両腕をおろした。右腕が震えている。鎮めるように反対の左手で肘を押さえるように体に抱き寄せた。
「攻撃しながら、防御するのは……ちょっと無理かも」
エリアスが時子の背に回り、背中に手を当てた。
手のひらから感じた理素の流れに違和感を覚えた。
(オーストラリアで――ウルマンを治癒する時に感じた波長は……もっと整っていたはずだ)
熟練の理術士ならば、理術の実践中であったとしても、その波長を乱さないものだというのは、先のオーストラリアでの理素暴走戦で、エリアスが実践の中で得た学びだった。
時子もまた、手練れの理術士であることは間違いないはずだったが、今の状態は本来そうであったろう状態から少しずれているような感覚を覚えた。
自然な循環になるように、波打ち蛇行する流れに手をそっと添えて支えるようなイメージで整える。エリアスは自らの力を時子の中を流れる理素の流れに差し向けた。――ぶれは、徐々に小さくなり、本来そうであったであろう、整った循環を取り戻した。
時子は、少し乱れていた呼吸が整う感覚を覚えた。
「ありがとう、エリアス。だいぶ楽になってきた」
時子の右腕の震えも収まっていた。「どういたしまして」と言ってエリアスは手をそっと離した。
「多分、時子を攻撃に集中させないと勝機がない」
エリアスは無線で呼びかけながらソフィアを見た。
ハッチの外で大鷲が翼をバサバサと振るうのをエリアスは見た。嫌な予感を覚えた直後、大鷲と目があった。大鷲が広げていた翼を後ろに流れるように体勢を変えた。速度を上げてこちらに向かってきた。
「今度は体当たりだ! こっちに突っ込んでくる!」
エリアスの声が強く無線から響いた。
ソフィアが腰にぶら下げていたホルダーから緑色の線の入った球を取り出した。
「全員! 耳塞ぎなさい!」
ハッチ外に向かってソフィアがそれを思いっきり放り投げた。ソフィアは片膝を付いてその場にしゃがみこみ、ヘッドセットの隙間からねじ込むように手を入れて耳を塞ぐ。
――キーン! と高い鈴の音のようなものが響いた。
与作はドラゴンがハッチ手前で怯み、前傾姿勢から急ブレーキをかけるように体を起こしたのを見た。
慌てて耳に手を当てたものの、隙間から侵入してきた高周波の音が耳の奥にこびりつくように木霊する。
「ソフィアさん! 今の何?」
「対風理素の音響榴弾よ! あれしかないから、もう使えない!」
理素の塊が形を歪ませたのを時子は見逃さなかった。右手を伸ばした。意識を集中し、身の回りの火の気配をありったけ空中で暴れている歪んだ塊の回りに集める。流れる気流で集めた理素がバラバラになりそうなのを無理やり押し込める。手に乗せた見えない砂の粒を、推し固めるように右手の上に左手を重ねた。
エリアスの視界に写った大鷲は炎に包まれた。翼をバサバサと震わせもがいている。
「よし! 効いてる!」
その直後、大鷲の目の前に雷の糸がもつれ合い始めた。まずい! と思ったその瞬間に糸の球は大きく膨れ上がり、収束した。
時子の意識は暴走した理素の周囲に向かっていた。意識を切り替えて、再びハッチの防御層を構成するには、時間があまりにも無かった。
風の理素が物理干渉を始めた結果の電気の束は時子の目にも写っていた。形を変えたその紫電の塊の向き先は、自分だと反射的に分かった。
「時子!」
エリアスの叫ぶ声が聞こえたと同時に、時子の視界が大きく振れた。
――右肩を強く押された。体が無理やり宙に少し浮いていた。腰から床に着地するような体勢になっていた。
自分が立っていたその位置には――エリアスが立っていた。
エリアスが口をキュッと結び、迫る紫電の方を向くその瞬間までの一連の動作がくっきりと時子の目に見えていた。
――そして、エリアスの体が光りに包まれる。
「ぐわあああああああ!」
悲痛な叫びが響いた。
バチバチと電気の音が耳に聞こえてくる。
光が晴れると同時に、エリアスは両膝を床についてその場に崩れ落ちた。
「――エリアス!」
与作とソフィアが倒れたエリアスのもとへ駆け寄った。
――理素の塊が、こちらに迫っている。
時子には、目に映る光景がゆっくり移ろうように見えた。
胸の鼓動は締め付けるように早まり、胃袋をギュッと鷲掴みにされるような不快感が襲った。
(……怖い)
その不快感を認識するや否や、スローモーションの光景のなかで、暴走した理素の集合としか感知できなかった「それ」が、形を変えるような感覚を覚えた。山羊のような頭から太い角を生やし、コウモリのような両翼、人型の四肢は太い。――何かの本で見た「悪魔」の挿絵の姿。その太い腕を振り上げながら、その手には紫電の塊を掲げ、こちらに飛びかかろうとしていた。
(――駄目。……全滅する)
絶望が迫る時子の視界の縁で何かが動いた。
「うらああああああああああああッ!」
――与作だ。
与作が刀を振り上げ、空への桟橋となったハッチ壁の上をカンカンカンカンと駆ける。
ダンッと踏切り、――空へ跳んだ。
こちらに飛びかかってくる悪魔の前に、与作が空中で立ち塞がった。
「与作ッ!」
時子が大声で叫んだ。それと同時に――与作が刀を振り下ろした。その太刀筋は悪魔を頭から両断した。
与作の体は刀と共に全身を振り下ろしたかのように、空中で前のめりに倒れた。
悪魔の体には一本の白い線が走り――虹色の光を放ちながら、発散するように、消滅した。
時子の視界には、蒼の背景に、与作の放り出された身体だけが映った。
――ハッチから吹き込む風が一瞬止まった。
◆◇◆あとがき◆◇◆
ムチソウ開発室―無知との遭遇 制作裏話
今回は、この話としてどこまで書いて終わらせるか? というのを実はギリギリまで迷っておりました。
① 時子が「全滅する」と実感したところで終わる。
② 与作が理素魔像を消滅させて終わる。
結果、②を採用することになりました。
もし①で終わらせて、②から次回始まると構成としてはキレイになり、読後感としても、「この状況、どうなっちゃうの?!」という印象を引き出せそうではあります。一方で、②のシーンのインパクトは次回冒頭での描写になると、多少落ちると予感がしました。
ただまぁ、②が与作視点だとどうだったか、という点を書きたい側面もあり、ここを次回冒頭に回す予定です。
まぁ、若干の次回冒頭のネタバレっぽい裏話になりましたが、次回予告ってことでご容赦ください。




