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第36話:降下、そして防衛戦

「なあ! 今すっげえ揺れたよな!」

「ああ! 僕もすっかり目が覚めた!」


 与作が落ちた刀袋を拾いながら、声を張って横にいるエリアスと言葉を交わした。拾った刀を抱きかかえると、向かい側に座っているソフィアと時子の方を見た。


 ザザッと、無線が鳴った。

 

『こちら機長。突発的な乱気流の影響か、エンジン一基が停止した。あと一時間半でパールハーバーへの着陸予定だが支障はない。飛行計画通りに航行する』


 時子は機体の天井へ目を向けたままだった。機体に迫る気配から目を離さなかった。そっと無線に手をかけた。


「追いかけてきてるみたい。この機体よりは少し小さいくらい……でも暴走の規模としては大きい」

「こっちは今、最高巡航速度のはずだけど、振り切れてないってこと?」


 ソフィアの言葉に時子は頷いた。

 ソフィアは髪を掻き上げて、天井を見上げた。


(あと一時間半、逃げ切れば、基地に降りるけど……。収束現象が起きたら、どうなるか分かったもんじゃない。運よく着陸したとして、基地に大規模暴走を連れ込むのは不味い)


 三十秒。一通り思考を逡巡しきったところで額にあった手を下ろした。

 交信回線を機内インターコムへ切り替え、無線の発信ボタンを押した。


「当機全クルーへ。こちらアンダート調査官のソフィア・オドネル。当機周囲に特殊災害の発生を検知した。アンダート条約九条事案として当機のオペレーション権限を私の管理下に置く」


 ソフィアは話し終わると、発信スイッチから指を外した。

 数秒の沈黙の後に、再びザザッとノイズが走った。


『当機のコマンダーである、合衆国空軍第一四空挺部隊のアレン・パウエル少尉だ。オドネル調査官へ、アンダート条約九条事案の宣誓を了解した。当機は貴官の指揮下に入る』


 与作が耳の無線を抑えながら、袋から取り出した刀を持って、ソフィアと時子のもとへ寄ってきた。


「どうやって対処するんだ? 相手は機体の外だろ?」


 エリアスも皆のもとにやってきた。理術士全員が集まったのを確認するとソフィアは無線をプライベート回線に切り替えた。通知音に反応して与作、エリアス、時子の手が同時に各自の無線へと伸びた。ソフィアは、それぞれの目を見ながら喋り始めた。


「鎮圧するわよ! ぶっちゃけ、地上の戦闘と違って逃げ場もないし、かなり不利な局面よ。与圧無しで機体の後部ハッチを開けられる高度まで降下する! そこまではひたすら耐えるわよ!」


 ソフィアは時子の方へ目を向けた。


「時子! 機体の外側の理素を操作できる? 理素暴走から機体への干渉をできるだけ防御して!」


 時子はその呼びかけに、黙って頷いた。

 ソフィアは「機内回線で話す!」と言って、無線の回線を機内インターコムへ切り替えた。


「パイロットへ。高度を一万フィートまで降下。降下完了まではリアルタイムで高度を報告して。クルーは全員座席について安全確保!」

『――パイロット、了解。これより降下を開始する』


 全員が急いで、元の席に座り、シートベルトで体を固定した。

 時子は天井を見上げ、理素の気配の出どころを探り始めた。エリアスもまた、状況を探るべく周囲を見渡し、与作は鞘におさまったままの刀をグッと握りしめた。


『――高度二万七千フィート』


 無線からパイロットの声が響いた。

 エリアスが訝しげな表情で後方ハッチの方を見ている。


「この理素暴走、まるでふらふらと飛んでるみたいに動いている?」


 その直後、急激になにかが近づいてくるのをエリアスは感じ取った。


「……! 何か来るぞ!」


 エリアスが叫ぶと同時に、時子が後方ハッチの方へ手を伸ばした。

 直後、バチバチバチッ! と、まるで爆竹か何かが弾けるような音がハッチの方から聞こえた。


『――高度二万五千フィート』


 時子は手を伸ばし続け、ハッチの方向に意識を貼り続けていたが、その表情はだいぶ険しい様子を浮かべていた。


「……機体全体をまんべんなく守るのは難しい。干渉されそうなタイミングに合わせて防御層を厚くするようにしたら、なんとかなりそうだけど……」

「防御と、探知の両立はかなり厳しいってこと?」


 ソフィアの問いかけに時子は「うん」と返した。

 向かい側に座っているソフィアがエリアスに向かって手を振ってアピールすると、無線に手をかけた。


「エリアス! 時子の横で探知のフォロー入って!」


 エリアスはシートベルトを外すと、傾く機体に沿うように体の重心を傾けながら、反対側の座席の並びまで飛び出すように渡ってきた。

 空いていた時子の左隣の座席に座って、ベルトで体を固定した。


「僕は理素の気配のする方を指し示す! それで大丈夫かい?」

「ええ、ありがとう。そうしたら、私は防御層の形成に専念できるね」


 エリアスは時子と同じようにハッチの方向に手を伸ばした。その手は、一箇所に留まらず、与作の座っている座席側の壁に向かったり、傾いて眼の前正面にせり上がっている機体の床面に向かったりした。


『――現在高度二万フィート!』

「半分下がった! もう少しよ!」


 ソフィアが時子とエリアスに声をかけた。与作は三人のいるシート列の反対側で傾く床面に足を踏ん張り、鞘に収まったままの刀を握りしめていた。

 エリアスの手が床を指し示した。一瞬のうちに気配が遠ざかった。――その直後、猛スピードでその気配が距離を詰め大きくなった。


「――ッ! 突っ込んでくる!」


 時子は力いっぱい足元の方向へ両手を伸ばした。意識を集中させ、向かってくる何かを遮るように壁を作り出すイメージで……。

 しかし、迫る理素の塊はその壁を物ともせず――突き破った。


 ――ガクンッ!と再び大きな揺れが機体を襲った。


 与作の身体は、ベルトを介して固定されているシート諸共、大きく上下に振れた。


『――現在高度一万五千フィート! エンジンがもう一機止まった! 高度の復帰は出来ないぞ!』


 無線から響くパイロットの声は、焦りと緊迫感が伴っていた。


「そのまま高度を下げ続けて。基地まで持たない可能性もある。クルーは全員、機体離脱に備えて」


 ソフィアが耳元の無線を抑えながら声を張り上げる。


「なあソフィアさん! 俺なんかやれること無い?」


 与作が無線越しに声をかけた。向かいの席で不安そうな表情で座っている与作と、ソフィアは目があった。


「与作は待機! 接近干渉のアンタじゃ、今はどうしようのないわ!」


 眼の前に迫る危機を前にしても、今の自分には何もできることが無い。与作は刀をさらに握りしめ、強く抱え込んだ。


『――高度一万フィートに到達!』


 無線からパイロットの声が短く響いた。


「与圧解除! 後方ハッチを開いて!」


 ソフィアが無線で指示を飛ばし、機体前方の座席に控えていた兵士にアイコンタクトで合図した。機内の何処かから、プシューと空気が抜けていく音がした。

 前方にいた兵士が後方ハッチ手前に駆け寄って来た。ボタンを押して、壁についている鉄製のレバーハンドルを一気に下げた。

 赤色の警告灯が明滅しだし、ヴィーン、ヴィーンとアラーム音が響き出した。


「時子! エリアス! 与作! ハッチが開いたら、迎撃戦に移行するわよ!」


 ガコンッ!という音とともにハッチが動き始める。出来た隙間から空気が抜けていく。貨物室内の空気が動いていくのが分かる。開いたハッチの隙間から空の蒼色が映り込んだ。ハッチの開口部はゴウンゴウンとどんどん開き、次第に切り取られた海の碧色が見え始める。

 ガコンッ! とハッチ完全に展開しきって動きを止めた。

 ソフィアはシートベルトを外して座席を立ち、HMDを装着しながらハッチ開口部の手前に飛び出した。時子とエリアスがそれに続き、与作も刀を握りしめ席を立った。

 機体のエンジン音に加えて、外の激しい風の音がノイズに加わった。吹き込む風で目を開いているのが辛くなってくる。

 青色で埋められたハッチ開口部の視界の上側から、違う色味が降りてきたのを与作は感じた。

 緑色の鱗に覆われた体は陽の光で輝いている。鋭い鳥類に似た鉤爪持った腕を下げ、大きなコウモリのような両翼を広げて空を滑るようにこちらを追いかけている。それが持つ、鋭く光る黄色い眼と目があった。


「――おいおい……ドラゴンが出てきやがった」




◆◇◆あとがき◆◇◆


ムチソウ開発室―無知との遭遇 制作裏話


本章は、前の章と違って、早めのバトルシーン突入となりました。


構想段階で、「空中戦書きたいな」と思ってたんですよね。

よくあるRPGの空中戦って、ファンタジー世界なら、飛空艇の上での戦闘とか、空飛ぶ生物の背に乗ってとか、飛行魔法を使って、といった感じでセットアップできるわけなのですが、ムチソウは「現代社会でRPGをやる」のがコンセプトですので、前述の手法は採用しづらい……。


とか、考えていたら、こんな感じで始まりました、ハイ。


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