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第27話:沈む流れ、そして魂のかけら

「あった。あれだね」


 ミリナが後ろに続く時子とエリアスに指で指し示した。

 一本の木の棒が不自然に立っている。先端の方に赤い布が結ばれていて、ふらっと風に揺れた。近づくと二枚の長方形の木の板が床に転がっていた。端の方を見ると、その下には金網のフェンスが敷かれているのが分かった。

 エリアスが木の板をどかすと、フェンスの下には径が一メートルはあるだろう穴が掘られていて、深さは人間の背丈よりもあるようだった。


「ソーケージってやつだね。地面下の地層を水が流れているのか」


 エリアスがそう言うと、ミリナが頷いた。目印になっていた木の棒からロープが穴の中に伸びていた。フェンスを全員でどかすと、ミリナがそのロープを少し踏ん張りながら引き上げる。ロープの終端が地上に上がってきた。先端にはバケツが括り付けられていて、中には水が入っていた。


「私たちは『沈む流れ』って言って、昔からこの水場を歌で語り継いでる」

「その歌、まるで旅の地図みたいだね」


 そのやりとりを聞いていた時子がぽつんと言った。


「地図か……。それ、面白いたとえだね。部族の記憶や出来事はみんな歌で覚えてる。他の部族との挨拶でも歌うから、プロフィールみたいな面もあるよ」


 ミリナは笑った。


「さ、汲めるだけ持っていこう。調理には水が必要だからね」


 ミリナは持ってきていたカゴの中から皮の水袋を取り出した。エリアスと時子もリュックサックの中から、ソフィアと与作から預かった分も含めてありったけの水筒を取り出した。


 *


「薪、集めてきたわよ。これで足りるかしら」


 ソフィアは抱えていた材木をバラバラと下ろした。


「ご苦労。十分だろう」

「ここで今からバーベキュー始めたら、今日の移動時間はほとんど無くなりそうね」


 腕をまくり、出した右手の腕時計を見ながらソフィアはウルマンに問いかけた。時刻はもうすぐ午後の一時になろうかというところだ。これから火起こしから始めて煮炊きをすれば、それだけで今日はもう日没を迎えることになるだろう。


「今日はここまでだ。ミリナもああ見えて疲れが溜まっているようだ」

「賛成。うちの連中もボロッボロだったから助かるわ」

「おいおい、誰がボロボロだって? こちとらまだピンピンしてるぜ!」


 ソフィアとウルマンの会話に聞き耳を立てていた与作が声を張った。両手はすっかり、血でベッタリと赤く汚れている。ときたま汗を拭ったのか、右頬の辺りにも血の付いた手で擦ったようなあとが見えた。


「主にあんたよ、与作。フラッフラになって虚ろな目でトボトボ歩いてたじゃない」

「うるせえやい」


 ボロボロになりながらもこの小さい男が、真摯に大地に帰るべき魂に祈りを捧げ、自らの手で重労働である動物の解体を買って出た。今声を張り上げているのも案外虚勢ではないのかもしれないなと思うと――ウルマンはフッと小さく笑った。


「お、しっかり解体できてるじゃん。やるねぇ」


 そういったのは、エリアスと時子を引き連れて水汲みから戻ってきたミリナだった。与作の横に、肩にかけていた荷物を下ろすと、しゃがみ込んで、その仕事ぶりの精査をするべく、ゴザのような敷物にのった肉の塊の数々に目を見やった。皮は剥ぎ取られ、四肢は分けられている。この場で処置しきれないと判断された臓物類は、埋められ処分された結果、そこにはなかった。肋肉など、ある程度焼けば食べられる部位の肉が切り分けられていた。


「……解体したことあるってのはホントだったみたいね。しょっちゅうやってたの?」

「地元のじいちゃんの畑をしつこく荒らす害獣が出て、それを締めたときにな。時々手伝わされてたんだよ」


 身の上話で口を動かしながら、与作は目線を落とし、最後の作業を仕上げた。


「よし、これで終わり! こんなもんでどうだい?」


 与作からのアイコンタクトを受け取ったウルマンは頷いた。


「よし、火を起こそう。全員しっかり食べて鋭気を養え」


 *


 どこからかミリナが拾ってきた棒と持っていたロープで、同じく持参の正方形の布幕を四方の一角だ張り上げ、その両隣にあたる二角に岩を置いて幕にテンションをかけると、簡単な三角屋根の日除けが出来上がった。

 エリアスが近くから拾ってきた小さい岩や石を組み上げ、火の上に棒を渡すことができる、簡易的なバーベキューコンロが出来上がった。ソフィアが適度な大きさの枝を焚べ、時子が理術で火をつけた。

 与作が解体した肉をミリナが棒に刺し、ウルマンがコンロに掛けた。

 程なくして、脂がシュワシュワと音を立て、肉の焼ける匂いが漂い始めた。全員で火を囲み、静かなバーベキュー大会が始まった。


「……祈ってる時の与作って、まるで別人みたいな雰囲気だったよね」


 話の口火を切ったのは時子だった。


「私も同じこと思った。なかなか、堂に入った祈りだったよ」


 時子の言葉にミリナが追随した。


「そんなバカな。何してようと俺は俺だろうよ」


 与作は肉の様子を伺うべく、火にかけられている棒に触れようとした。ウルマンが「まだだ」と一言放って、与作は手を引っ込めた。その様子を見て、ミリナはくすりと小さく笑った。


「堂に入ったというか、一回二回のお祈りじゃ身につかないくらい、ちゃんとしたやつだったよ」


 ミリナと時子の顔を見た与作は、彼女達が決して茶化すような意図で言葉を使っている様子がないことを悟った。再び視線を火に落とした。 


「……こっちの都合で命もらって、生かさせてもらうんだ。そのくらいしなきゃバチが当たる。ってうちの田舎じゃ怒られるからな。いつだって気合入れて祈ってたよ」

「そういう経験を経て、お前たちも精霊の声に耳を傾け、応えられる力を得たのかもしれないな。我々の中でも数はだいぶ少なくなってしまったが……」


 そう言いながらウルマンは細い枝を一本だけ火に焚べた。パチっと音がして少し火の粉が散った。柔らかく吹き込んだ風が火を小さく揺らした。そこは原野のど真ん中であることには変わらないはずなのに、日よけの影の中は周りと隔たれた別の空間になっているような感覚を与作は覚えた。


「私たちの組織じゃ、そういう力をもった人間を『理術士』って呼ぶようになった。でも、それって元々あったものに名前を付けただけなのよね」


 ソフィアは腕をくんでいたところから、考えるように右手を口元に当ててつぶやいた。木戸久作の掲げた「理素理論」自体も、各種の民族神話から導き出された話だったということを改めて目の当たりにしたようだった。


「昔から私たちは変わらないんだけど……。まるで、最近になって知られたって感じね」


 ソフィアが呟いた言葉に、ミリナが応えた。そのやり取りを聞いていたエリアスも、ふと考えが湧き上がり、それを言葉にしようと口を開いた。


「現代社会の人間が忘れてて、知らなかった。……ただ『無知』だっただけってことか」

「なるほど、『無知との遭遇』ってわけだな」


 エリアスの言葉から、与作がひらめいたように話した。


「……なんか、SF映画のタイトルみたいな言い回しになったわね」


 ソフィアが一拍の間をおいて与作の言葉にツッコミを入れた。

 ウルマンは火を見つめ、ただ静かに頷いた。


「……これ、もう食べて大丈夫そうだよ。頑張って解体した肉、食べてみなよ」


 ミリナは肉の刺さった棒を一本だけ火から取り上げると、手元に出してあった岩塩の砕いたものをパラパラと肉にふりかけ、与作に棒ごと手渡した。しっかり焼けた肉のほんのり甘い匂いが与作の鼻腔に走った。脂の照りが火の赤色をうっすら灯している。

 全員の視線が、与作に集中した。


「……じゃあ、いただきます」


 与作は肉の束で出来た塊の真ん中にかぶりついた。じわっと、肉汁が口の中に流れてきた。ほんのりと塩味が肉の旨味を増長させた。体の中に何かが染み込んでいくような感覚を覚えながら、与作は口の中を飲み込んだ。


「……んまいな」


 *


 ――原野を進む旅は五日目を迎えた。


「……なんか、遠くにあるよな」


 与作は立ち止まった。日が昇って、あたりが明るくなってきている。その中で、前方の風景にいつもと違う変化があったことに気が付いた。進行方向の前方に岩のような形のシルエットが見える。


「あれがウルルだ」


 ウルマンがただ一言だけ添えた。


「やったね。見えるとこまで来たじゃん」


 ミリナが与作の肩をポンと叩いた。元から笑っていることが多いような印象だったが、そのミリナの表情も、このときばかりはどこか安堵しているように与作には見えた。

 あたりには背丈よりかは小さいくらいだが、比較的大きな岩がゴロゴロと広がっているような場所だった。


「ここが、歌にある『魂のかけら』ってところかな」

「ウルルが見えるとこまで来たんだし、これなら、もう迷うこともないだろ」


 与作は再び歩みを始めようと、右足を一歩前へ踏み出し――


「待って!」


 時子がふいに、短く、そして強く声を張り上げた。


 普段は静かな時子の様子を考えれば、異質な行動であった。不思議に思って全員が彼女を見た。――時子は、立ち止まって、あたりを見渡し……


「理素の流れがおかしくなってる」と、告げた。


「理素って……精霊の気配の事だよね」

「そう言われれば、確かに違和感はある」


 ミリナとウルマンも、時子と同様に周囲を見渡した。穏やかだったあたりの空気が、急にざわつき始めたような感覚――。与作とエリアスも、同じく異変に気付き始めた。


「――来る!」


 時子がそう言った、直後、与作は顔に熱風が吹き付けるのを感じた。目の前にぶわっと、ちょうど人の頭一つくらいの炎が立ち上がった。見えているのは炎で間違いない。しかし、同時に頭ではそれを「トカゲのような生物」として知覚している。その「生物」がまさに今、自分に飛びかかろうとしていた。


「なっ! くそっ!」


 与作は袋に入ったままの状態で刀を、剣先の方を右手で掴み、鍔のあたりを乗せて肩に担いでいた。それをとっさに左手で鍔の下あたり掴み、両手でつかんだ状態で前に突き出し、飛びかかって来る敵をガツンとぶつけた。


 ――突然のことで、十分に「気合」を練りこむような余裕は無かった。


 刀はトカゲの体にぬるっとやや食い込み、伸びたトカゲの左前足が引っ掻くように与作の右頬を掠めた。その状態になって、刀がまるでゴムボールか何かをはじき返すような感触を手に伝えた。トカゲは後ろに跳び返っていき、地に足をつけると距離を取るように離れ、五、六メートルは離れたあたりを位置取り、こちらを睨むように静止した。

 与作は右頬のあたりに痛みを感じ始めた。まるで、焚火に顔を近づけすぎたような、「火傷」に近いような痛みだった。トカゲが通った跡は小さな火が点々と落とされたように連なっていた。


「挟まれた!」


 そう叫んだのはエリアスだった。与作は背の方に目を向けた。十メートル程度先あたりに、地面から岩の柱が隆起したようなものが見えた。そして、やはり「生物」のような何か――与作には岩石の甲羅を背負った人間より大きな亀が立ちふさがっているように見えた。


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