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第24話:覚悟の宣誓、そして導の星の下


 立っているワリムの視線は、座っている一同を上から押さえつけるように向けられていた。


「久作はウルルへの立ち入りを許された。だが、それ故に縁者であるお前たちも同様に許されるということにはならん」


 与作たちの表情が、これが重大な問題だと受け止めたのが分かる程度に引き締まったのを見ると、ワリムは視線を外した。その途端、与作は幾ばくか呼吸がしやすくなった気がした。


「元の魂は大いなる大地のもとにひとつであったとしても、今は異なる魂の存在だからだ。故に久作とお前たちは異なる」


 威圧感に押されて呼吸が小さくなっていたところ、与作は意識的に息を吐き、思いっきりし直した。それで腹のあたりに力が入ったことを実感すると意を決してワリムに尋ねた。


「教えてほしい。親父は、どうやって大地への敬意を示したんだ?」


 ワリムは少しばかり沈黙した。そして、与作の目を射抜くように見た。与作は強い圧がかかるのを全身でひしひしと感じたが、その圧を押し返すように、全身に力を入れ、ワリムの視線を真っ向から受け続けた。


「久作は我らとともに、ウルルに至る我が部族が伝承する歌の記憶の旅路ソングラインをその足で辿った。それによって大地と対話し、ウルルに登るに値する魂の強さを証明したのだ」

「だったら……俺達も、そのソングラインの旅をして禊を済ませれば、ウルルに入るだけの強さがあるって証明できるか?」


 与作の表情が、決して安直な思いつきではなく、覚悟を伴った真剣なものであるとワリムは悟った。キュッと結ばれた口元がわずかにほころんだ。


「……そうだな。それができれば、私としてはお前たちを認める理由にはなる。少なくとも、そうでなければ聖地を治めるアナング族への申し訳も立たない」


(ここから歩いてって、どれだけ歩くことになるのかしら……)


 ソフィアはスマートフォンを取り出し、体の影で操作をした。――現在地から、ブックマークに入れていたウルル・カタジュタ公園への徒歩ルート探索。……直線距離にして二百キロを超える結果が出た。


(休息込みで考えて……片道六日間)


 ソフィアはその結果を見て、別案を模索するべきか躊躇いを覚えた。軍人上がりの自分自身はともかく、特別な訓練を受けていない他の三人がそんな旅路を全うできるのか……。


「分かった……。歩く」


 ――ソフィアの逡巡を脇に、与作は力強く答えた。


(ちょっと、なに勝手に決めてるのよ!)


 ソフィアはすぐさま与作の背後に回り込んで、小声で与作を窘めた。はたして、どれだけ過酷な行程になるのか、想定して言っているのか……。


(他に方法ねえだろ。腹くくってやるしかねえよ)


 そう言われれば、ソフィアは反論する術もなかった。久作との接点があった、このワリムを説得するほかにアボリジニの協力を得てウルルに立ち入ることができそうな手段は、実際に想像できない。

 ソフィアはちらっと時子とエリアスを見た。時子は頷き、エリアスは静かに笑っている。


(……まぁ、やってダメなら、その時考えましょうか)


 二人の表情を見て、ソフィアも決心がついた。


「……いいわ。行きましょうか、そのソングラインの旅ってやつ」


「ウルマン、ミリナを連れてきなさい」


 ワリムがそう言うと、先程、与作たちの前で立ちふさがっていた男が頷き、テントの外へ出ていった。その男が出ていくのを見ると、ワリムは視線を与作達に再び向けた。


「ちょうど、私の孫娘がウルルへの巡礼を行おうとしていた。それに最後まで付いていき、ウルルへ到達できるか……。それがお前たちの試練だ」


 外から出て行った男が、声を出して誰かを呼んでいるのが聞こえた。程なくして、男が一人の少女を連れて入ってきた。与作よりは年下のように見えた。おそらくは十五〜六くらいの年くらいではないか。


「呼んだ? おじいちゃん」


 少女はテントの入口から、ワリムに声をかけた。


「孫娘のミリナだ、そしてその男が私の息子のウルマン。ミリナの父親だ」


 ワリムがミリナと呼んだその少女は、与作たちを見ながら、その脇を通り、ワリムの側に立った。


「ウルマン、ミリナ。この者たちがお前たちの旅についていく。途中で音を上げるようなら放っておいて構わん。先導だけしてやれ」

「長老、儀式巡礼に見ず知らずの連中を同行させるのか」


 ウルマンが、大きな声で驚いたように発言した。


「我らの友人の縁者だ。覚悟だけは買う価値がある。それに、導の星の時期もある。それを逃すわけにもいくまい。ウルルに足を踏み入れるに値するか否か、最終的な判断はお前に任せる」


 ワリムは動じず、静かにウルマンの問いに答えた。ウルマンも表情こそ変わらないのだが、その目には不信感が強く表れている。


「なんか、よくわかんないけど、大変ね。よろしく」


 ミリナは手をひらひらと振った。彼女もまたワリムと同じく動じている様子が無い。父親と対象的にあっさりとした受け止めだ。


「その、聖地巡礼の出発はいつなわけ?」と、ソフィアがウルマンを見て尋ねた。


「明日の夜明け前だ。歌に表れるしるべの星の位置が揃うのが明日だからだ」

「……はぁ、めちゃくちゃ急な試練の旅の始まりね」


 時計を見るソフィア。ここから元いた街に引き返して二時間ほど。日が落ちてからの車の運転はリスクが高い。日没までにここに戻ってくる事を考えると、街での準備時間はあって二時間といったところ……。


「速攻で引き返して支度するわよ」


 *


 夜空にまだ星は瞬いている。遠くの空の色が漆黒から変わって、ほんの少し青みを帯び始めている。

 与作はあくびが出そうなのをかみ殺した。

 目の前には火が焚かれていて、横並んだソフィアに時子、そしてエリアスの顔を照らし、明滅させている。パチパチと気の燃える音が空に消えていくような感触。ウルマンとミリナは火を挟んで反対側に立っていた。空気はひんやりとしているが、火の光の当たる顔や腕だけは熱を感じていた。


 長老ワリムがテントから出てきた。手には一本の槍を持っていた。

 ワリムは与作達とミリナ達の間の位置に立ち、火に背を向けると、槍ではるか遠く前方の空を指し示すように突き出した。


「あれが導の星だ」


 向かっての方向――西の空の低い位置、赤く瞬く星を示した。


「あれは……、さそり座のアンタレスかな……。北半球と見え方が逆だけど」エリアスが解説した。


「あの方角を目指し、我らが歌で大地の記憶に刻まれた地を巡るのだ」


 ワリムは槍を下ろし、ミリナの方へ向き直った。そして、持っていた長物を両手で持ち、ミリナに差し出した。


「これを持っていきなさい。無事に戻ってくる事を願っている」

「ありがと、おじいちゃん」


 ミリナは槍を受け取ると、ワリムに軽くハグをした。ワリムも孫娘の背中をポンポンと叩いて激励の意を示した。そして


()()()()()()()()()()()()


 ワリムが独特の抑揚を付けながら部族の言葉を唱え始めた。それは言葉の語りというより、「歌」のように思われた。そこにミリナが音を重ねるように続いて歌い出した。


『『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』』


 ――空気の流れが、変わったような気がした。ひんやり肌包んでいた冷気が、西の方向にわずかに流れている。まるで、目的地へ続く道に沿って流れ出したかのように……。


「風の理素が……二人の歌に応えてる」


 時子が静かに呟いた。


 ワリムとミリナの歌声が止み、わずかに空気の流れる音が耳をかすめるようになった。焚火の火の粉も風に運ばれ、西の方角をめがけて流れ出した。場の流れが時子の言葉通りに変わったことがソフィアの目で見ても分かった。


「出発するぞ」


 ワリム低く力のある声が号令として響いた。


「……お前ら、ちゃんと無事帰って来いよ」

 与作たちの背後に立っていたその男、デイビッドは声をかけた。揺れる火に照らされ、表情は瞬間的にしか見えなかったが、彼も覚悟を決めたような顔をしているように与作は思った。


「わざわざ見送りありがとう。世話かけたわね」


 ソフィアが労いの言葉を口にした。


「ちゃんと『仕事』はさせてもらったぜ。ここまで振り切った文化体験ツアーになるとは、さすがに思ってなかったがな」


 フッと少し笑うようにデイビッドはこぼした。


「イリアのばあちゃんにもよろしくな」

「おう、与作。うまくやれよ!」


 デイビッドが拳を突き出したので、与作は応じるように拳をガツッとぶつけて応えた。


 全員、歩みを始め導の赤い星の全く方角へ進み始めた。ザッザッと複数の足音が夜の闇に響き始める。

 ――まだ晴れない漆黒の中へ、一同が深く飲み込まれていったのをワリムとデイビッドは見送った。



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