第23話:接触、そして長老との対話
デイビッドが運転する車は、見渡す限り地平線が見えるアウトバックの中の道を進んでいた。呪術師のいる集落に向かって、周りには他の車はなく、ポツンと1台だけが漂っているようだった。
「あなた、呪術師のこと知ってたみたいだけど。……隠してたの?パブであったアレフもそうだけど……」
助手席に座ったソフィアはデイビッドに横目を送りながら尋ねた。
「……イリアのばあちゃん筆頭に昔っからかかわるなって言われてたからよ。それはもう、すごい脅かしっぷりさ。……でも、年寄りのいうことは馬鹿にできねえのよ。少なくとも、俺らの身内じゃな」
陽気なデイビッドがシュンとしたような、幾ばくか元気のなさそうな調子で答えた。
「……それにだ。まさか、あんたらの探し人が本当に関わってるとは思わなかったんだよ」
心なしか、ハンドルを握るその太いデイビッドの腕が、緊張で強張っているように、ソフィアは感じた。
寂れた雰囲気の住宅地を前は停まった。赤いアウトバックのど真ん中に、異質に浮いたような白い住宅が数軒集まった区画になっていた。
「……このあたりのハズだ」
デイビッドの言葉を皮切りに、与作達は車外の様子をキョロキョロと見渡した。
「……人の気配……しないね」と、時子は呟いた。
「こっちから出向かないとダメそうだね」とエリアスは言った。
同調するように、全員車から降り、一番近くにあった家の玄関に向かった。白い壁は、よく見ればアウトバックから風で運ばれた砂に塗れ、白いキャンバスに赤錆色のスプレーを薄っすら吹き付けたような色味を出していた。
エリアスがインターフォンを鳴らした。
――ピンポンと鐘の音のようなチャイム音が家の中で響くのがわかった。……しかし、応答が返ってくる様子は無く、中で誰かが動いているような気配も感じられなかった。
「……いないみたいだ」
ソフィアがドアの取っ手に指をなぞらせた。赤い土埃が妙に積もっている。
「玄関のドアでさえ出入りした痕跡が無い……。人が住んでないわね」
――ふと、鼻腔に独特の刺激のある空気が漂ってくるのを感じた。
「……なぁ、煙の臭いしねえか? 焚火みたいな……」
気付いて最初に声を上げたのは与作だった。ソフィアがくんくんと意識を鼻に集めながら、周囲の様子を伺った。
「……確かにするわね」
同意の言を返したソフィアが辺りを見た。煙が道の終端を超えた先の原野の方で立ち上っていた。
「あー、あれだな。あいつら向こうでテント張って暮らしてるみたいだ」
デイビッドは額に手をかざして、遠くを見やるように目を細めながら言った。
「それじゃあ、この家は?」とエリアスが訪ねた。
「……多分、国の政策でよ、文明的な生活をって、アボリジニに家持たせようとしてさ、税金で家建てたことがあったのよ。……だけど、あいつら自然の中で暮らすことをあえて選んでるんだろうな。ばあちゃん、よく言ってたよ。あいつらは、良くも悪くも自然の教えに忠実だって」
「いきましょう」と言って、ソフィアは車の方へ体を翻し歩き始めた。
「……俺も、行かなきゃダメ? だよね」と、デイビッドがおずおずとソフィアに尋ねた。
「あなたの車しか足がないもの。ちゃんと、お仕事してちょうだい」
「分かってるよ、ったく」
――道路を外れ、デイビッドの運転する車は煙の立つ地点をめがけてテントに近づいた。焚き火を中心にして、円を描くように数基のテントが張られている。
デイビッドはその、数十メートル手前で車を停めた。そして全員降車して、テントの群れに歩いて近づいた。
中央で、火を焚いて、その周りに座った女性が煮炊きをしているようだった。
女性陣がこちらに気づくと、テントの中に声をかけたようだ。すると槍を持った男性が二人が、ぬっと入り口をくぐるように出てきた。
二人の男は警戒しているのか、険しい顔つきでやってきて、一行の前を立ちふさがった。
槍こそ異質ではあるが、来ている衣服は普通に量販店で売っていそうなTシャツだ。
「なんの用だ」
一人の男が言った。
背が高く、その鋭い眼光にはとても威圧感があった。
『怪しいものじゃねえさ、俺はあんたらの身内だ。ちょっと話を聞いてもらいたいんだけどよ』
デイビッドが部族の言葉で、説明を試みた。
『おまえは、いい。その他の連中に聞きたい』
男はデイビッドを一瞥すると、すぐさま視線を見慣れない4人の異邦人の方へ戻した。
『父の友人に会いに来た。通してほしい』
あごを気持ち引いて、鋭い視線に真っ向からぶつかるように、一歩前に出た。
「お前、我々の言葉が分かるのか……」
男が発した言葉は、部族の言葉ではなくソフィアにも聞き取れる普通の英語だった。男の表情がすこし変わったのをソフィアは見逃さなかった。
「あなた達と無縁ってわけではないのよ。悪いんだけど、ここに一番長く住んでる人と話をさせてもらえないかしら?」
鋭い視線を与作たちに向け応対していた男は、共にやって来た隣の男とヤクチャラの言葉で、何かをやり取りを始めた。
すると、隣の男はその場を離れ、先程のテントに向かっていき、背を眺めて中へ入っていった。
――残った男は、変わらず与作をじっと見ている。与作は、思わず手に力が入り、ぐっと拳を握った。
テントに入っていった男が出てきた。
「こっちに来てくれ。俺達の長老と話をして欲しい」
一同は、促されるままテントの中に入る。テントはそこそこ広く、中央の1本の支柱が支えとなる、いわゆるワンポールテントだった。
奥の中央に、1人の老人が広げた動物の毛皮の上にあぐらをかいて座っている。
先程テントに入るよう促した男が長い絨毯をその老人の前に広げ、「座ってくれ」と促した。
与作を先頭に、他の4人は後ろに並んで、その老人と向かって対峙した。目を細めているが、その視線は不思議な力を放っていると錯覚させるような鋭さがあった。先程の男二人と比べれば少しばかり小柄そうに見えたが、それでも与作よりは背が高そうなのが座っていても分かる。
場の空気は静かに静まり返っていて、まるで空気自体が自分達を捕縛しようとしている――そんな妙な威圧感を与作は覚えた。
『木戸久作の縁者と聞いたが……本当か』
その老人は静かに尋ねた。
『お目通り感謝する。久作の息子、与作だ』
馴染みある言葉がその目の前の若造から発せられた言葉だとわかると、長老は目をすこし見開いた。
「……なるほど。その言葉は、久作に仕込まれたということか」
次の老人が紡いだ言葉は英語だったので、与作とデイビッドに以外の三人にも理解ができた。
「ああ。ここでこうして使うことになるとは皆目思ってもなかったけどな」
与作が老人の問いかけに答える横で、時子がリュックに手を入れながら前に出た。
「あの、このブーメラン。昔、久作先生にもらったんです。あなた達に関係ありますか?」
と言ってブーメランを取り出して差し出した。老人は変わらず細い目で表の絵図を眺めると、ひっくり返して今度は裏面を吟味した。
「……これは、確かに私が久作に贈ったものだ」
老人はブーメランを時子に返した。
「なるほど、お前たちが久作の息子と縁者たちであるというのは本当らしい」
場の威圧感が緩んだように与作は感じた。相変わらず目を細めながらこちらを見ているが、矢で射抜くような鋭さは消え、単純に対話のためにこちらを見ているような様子に変わった。老人は胸に手を当てて、再び口を開いた。
「疑ってすまなかった。私はワリム。この部族の長に当たるものだ。友人の縁者を歓迎しよう」
ワリムと名乗ったその老人は、表情こそ大きく変わらないものの、両手を広げて、歓迎の意を示した。
「久作は大地に敬意を示し、我らの良き友人となった。太古のことでもあるようし、数年前のことでもあるようで、昨日のことのようでもある」
妙に要領を得ないワリムの言葉に与作は、少し困惑した。その様子を察知したデイビッドは与作の後ろにサッと回った。デイビッドがポンポンと与作の肩を叩いて合図をした。
「あれが、『ジュクルパ』ってやつだ。神話の出来事も、昔の出来事も、全部を今の出来事として捉える。時間の感覚があいまいなんだ。イリアばあちゃんが言ってたぜ」
デイビッドは小声で与作にフォローを入れた。
「……なるほど、そういうことか」
デイビッドは再びポンと与作の肩を叩いて、補足は以上だと合図した。顔を正面に向けつつ、上体をデイビッドのいる後ろ側にひねらせていた与作は、体勢を元に戻し、再びワリムと真正面から向き合った。
「して、お前たちは何故ここにきたのだ? 久作はどうした」
「……親父はここ三年間、行方不明になってる。ただ、最近になってウルルへ行けとだけ連絡を寄越してきた。今日はその助けをもらいたくてここに来た。親父もウルルへ行ってたんじゃないか?」
ワリムは、ゆっくりと立ち上がると、与作の左手の方向に体を向けた。その視線は、テントの幕を見ているが、実のところははるか遠くにある何かを見据えようとしているようにも感じられた。
「我々は、確かに久作をウルルに入れた。大地の記憶として刻まれた揺るぎない事実だ」
それを聞いた与作は、確かな手応えを得た。追いかけていたウルルへの道筋が、今まさに目の前に開かれたのを感じた。
「それなら、俺達にもその許しをもらえないだろうか」
ワリムは深く息を吸い、深く息を吐き出した。一呼吸間をあけて、再び口を開いた。
「――それはならない」
一度は緩んだ場の空気が、再びズシリと重く、与作たちにのしかかった。
◆◇◆あとがき◆◇◆
ムチソウ開発室 ―無知との遭遇、制作裏話
異世界モノって、よく「向こうの世界の言葉が分かるスキル」みたいなものが転生・転移時にセットされることって多いじゃないですか。
本作でも、異文化圏での言語問題というのを解消する必要性が生じる場面になっているわけですが、現代社会で「便利翻訳スキル」というのを使うのはご都合が過ぎるので、その役割を与作という主人公が必要な言葉を叩きこまれた、という設定で吸収する具合になっています。
頑張って生の言語を扱えたらかっこいいですけど、読むのが難解になりそうですし、執筆コストも跳ね上がっちゃうので、現実的な落としどころは今の書き方かな、と思っています。




